第十三訓 真剣な話をしている時に笑ってはいけません。
高杉晋助という男。
孤児だった彼は幼い頃から乱暴者で有名だったらしい。
けれど、それは目を覆う程のものではなく、寂しい者特有の暴れ方だった。
そんな彼が少しずつ変わり始めたのは、高校二年になった春。
この高校の教師、吉田松陽に出会ったのだ。
その人に出会って何を感じたのか、高杉が暴れる回数は目に見えて減ったという。
誰もが高杉という男に安心を感じて、平穏が漂い始めた頃、その事件は起こった。
以前高杉が起こした些細な暴行を理由に、吉田は教師を解雇された。
それは、吉田がずっと訴え続けていた「正しい教育の有り方」「汚職の撤廃」を煙たがっていた、学校の理事達による裏工作によるものだった。
高杉は、吉田が学校を去る時も必死に自分を押さえているように見えた、という。
箍が外れたのは、吉田が事故でこの世を去った後。
その事故自体、本当に事故だったのか怪しまれる点は幾つかあったというが、証拠がなかった。
けれど、事故の前に吉田が残した理事達の汚職の証拠は残っていた。
彼等は一斉に検挙され、逮捕された。
今は新しい理事がこの学校を買い取り、穏やかに見える。
けれど、怒りの矛先を失った高杉の荒れ様はすごかったという。
逮捕された理事達が保釈金を払って出てくるのも恐らく、近い。
学校全体が高杉の動向を息を呑んで見守っている状態、らしかった。
「―――と、いう話しです。てか、何で知らないんです。こんな有名な話」
山崎は話し終えると、沖田を見た。放課後の理科室。
沖田はその時の事を思い出してみた。けれど、「そういや、学校の名前変わったのは変だなァ、と思ったような思わないような・・・」
程度の認識しかなかった。
「でもよォ、そりゃあ、確かな話しなんだろうな?適当な噂だったら絞めるぜィ」
「とんでもないです!!PTAから裏は取ってます!俺の情報網を侮らないで下さい!」
「・・・分かったよ、今度ミントンしてても見逃してやるよ」
沖田はそう言うと、教室を出ようとした。そんな沖田に山崎は声を掛ける。
「沖田さん、土方さんが探してましたよ」
「先帰ったって言っといてくれィ」
沖田は鞄を持って屋上へ向かった。
目当ては高杉だった。彼と、話がしたいと思った。
「懐いてんの手前じゃねぇか」
フェンスに向かって煙草を吸う高杉の隣に並んだ沖田に、彼はそう言った。
「そうかもしんねェ」
何故だろう、居心地がいいのとは違う。
ただ傍に居て、彼の言葉を聞きたい。自分の事も話したい。
それは、“好き”というものに似ているのだろうか?
「―――闇、ってのは、絶望に似てるのかィ・・・?」
「・・・絶望、か・・・」
沖田の言葉に、高杉は呟いた。
「お前は何がそんなに知りてぇんだ?ろくなもんじゃねぇぞ」
「復讐とか、考えてんのかィ?」
「――――そんなもんに意味はねぇって、銀八に言われたな・・・」
沖田が全て知っていると高杉は悟ったようだが、それについては特に何も言わず、ただ彼は皮肉な笑みを浮かべた。
「全部、ぶっ壊してやりてぇ」
「全部?」
「ああ、ぶっ壊れた世界、見てぇか?」
「・・・どうかなァ」
憎くて、彼はきっと全てが憎くて。大人も学校も、結局は人間を信じる事が出来なくて。
沖田はそんな風に周りを見た事などなかった。信じるも信じないも、当たり前のように存在する人間がそこに居るだけ。
「俺は・・・、羨ましいと思った。そんなに大事だと思える人間に、出会えたアンタが」
「――――」
「それって、どういう気持ちなんだ?」
隣の高杉を覗き込むと、意外そうな瞳が沖田を見返してきた。
「・・・好きなヤツとか、いねぇのか?」
「――――分かんねぇ。――――どんだけ考えても分かんねぇ〜」
沖田はそう言うと、頭を抱えて俯いた。
ほんの少しだけ忘れていた、問題の二人の顔が思い浮かんでくる。
「・・・好きかどうか、分かんねぇのか」
「―――ああ、そういう事になんのかな・・・?・・・嫌いじゃねぇのは確かなんだけどなァ」
「・・・相手はどんなヤツだ?」
「幼馴染と・・・、面白い人・・・、つか、何だコレ。悩み相談室かィ?」
眉を顰めて高杉を見ると、彼は真っ直ぐ前を向いていた。
包帯が巻かれたこちら側からは、その表情は読み取れない。
それになんだか安心して、沖田は口を開いた。
「・・・好きだって言われたら、返事しなきゃなんねぇんだよなァ?でも俺、自分はホモじゃねぇって思うんだけど、でも女にも興味ねぇし、キスされてイヤだって思わなかったって事はやっぱそうなのかなァ?」
今まで誰にも言えなくて思考がパンク寸前だったせいで、考えていた事がすらすらと口から出てきた。
「何でこんなくだらねー事で悩まなきゃいけねぇのか納得もできねェ」
高杉に聞かせるには恥ずかしいくらい下らない自分の悩み。けれど、沖田にとってこの問題は人生初めてと言っていいほどの難問だった。
高杉は何も言わず、沖田の言葉を聞いている。
この際、聞いてもらえるだけで良かったのかもしれない。
沖田は少しだけ胸の中が軽くなったのを感じた。
「―――そもそも、“好き”ってのがどんなんだか分かんねェ」
「教えてやろうか?」
え?と顔を上げた沖田の唇に、高杉のそれが触れた。
「――――高・・・っ!」
あまりに突然の事に驚いて顔を背けたが、頬を掴まれ、再び高杉へと向けられる。
「ん――――!」
それは、銀八のキスとは違う、荒々しいものだった。
思考が奪われ、抵抗する余裕すらなくなる。
沖田が気付いた時、制服のボタンも外されていた。
「―――待てよ、高杉・・・。何で・・・」
沖田には高杉の行動が全く理解出来ない。先程まで彼の瞳は穏やかな色をしていた筈だった。
―――だが、今は何かに飢えた獣のような瞳に変貌している。
沖田は初めて彼に恐怖を覚えた。
押し退けようとした手首を掴まれる。首筋に押し付けられる高杉の唇。胸を這い回る熱い手。
「――――――っ」
ぎゅっと目を閉じた時、高杉は口を開いた。
「誰だ?」
「・・・・え・・・?」
「今、頭に浮かんだのは誰だ?」
「・・・・・・・・」
沖田は目を見開いて高杉を見た。
「・・・それを、教える為にこんな事したのか?」
「言え」
「・・・言うから、手ェ、離せよ」
強く手を引いた筈だったが、高杉の手は外れない。
「離せよ」
「誰が止めるっつった?」
目の前の整った口元が、切れ長の目が、歪んだ。
「お前の大事な相手ってのを殺してやるよ。そうすりゃ、俺が見たものが見れるぜ?」
見てぇんだろ?
高杉の口がそう動いた。
背中を壁に押し付けられ、ぎり、と音がするくらい喉元を絞められる。沖田は急激に意識が遠のくのを感じた。
―――先生が心配してたのはこの事か・・・。
薄れる意識の中、沖田は思った。
俺ァ、馬鹿だ。
やっぱり・・・、馬鹿だ・・・。
終
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高杉出てきたら急にこんな展開に・・・!?
どうなってんの!?(お前の頭がな)
最初のくだりが自分でもイロイロと自信ない・・・。
あんま書きたくなかった・・・。(自業自得)
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