第十四訓   恋は下心、愛は真心、って誰かが言ってた気がする。






意識は薄らとあったが、気付いた時、沖田は大きな手に抱きかかえられていた。
「―――土方さん・・・?」
見上げた彼は、厳しい表情で前を見据えていた。
その視線の先に首を動かして見ると、銀八が高杉と激しく言い争いをしている。
「せ・・・っ」
声を出そうとした沖田は咳き込んだ。
首に手を触れると、じんじんと痛む。
絞められた感覚と、高杉の瞳を思い出し、沖田は頭を振った。
しっかりしろ、と自身に言い聞かせる。
「―――止めろよ、先生!」
「動くな、総悟」
土方は沖田の肩を強く掴んで、動きを止めた。
「離してくだせェ、土方さん」
「お前の言う事ぁ、二度と聞かねぇ!!」
その剣幕に沖田は驚いた。
「お前は俺の事を何だと思ってやがんだ!?近寄るなって、何度言った!?馬鹿にしてんのか!?」
「―――――」
沖田は土方を見つめた。
今までに見た事もない程興奮して、怒りに頬を紅潮させ、感情を吐露する姿。
沖田がふざけた時に見せる怒りの比ではなかった。
「・・・悪かった。俺が悪かったよ、土方さん・・・」
どう反応していいのか分からず、沖田は静かにそう言った。
土方はそんな沖田から視線を外した。
「そんなので許されるなんて思うな。・・・あの野郎、ぶっ殺してやる」
「・・・でも、何もなかった。高杉は・・・」
「何もなかった?」
沖田の言葉を遮り、土方は高杉を睨みつけた。
―――なかった、とは言えないが。
外された制服のボタンは元に戻っていた。土方がやったのだ。
キスはされたけど、それは銀八にもされた。
首を絞められたけど死んではいない。
何も、問題はない。
それを今の土方に言う勇気はないが、銀八なら聞いてくれるかもしれない。
そう思って掴み合う二人を見た。
「先生、・・・土方さんも。心配してくれるのは有り難ぇけど、これは俺達の問題だから、手ぇ引いてくだせェ」
「――――沖田、お前なぁ・・・」
銀八は高杉から目を離さないまま、深く溜息を吐き出した。
「お前等だけの問題なワケねーだろ。少なくとも俺達は手ぇ出す権利あるね。つか、こいつも止めて欲しかったの。」
分かるか?
その問いは高杉と沖田、二人に向けられたものだ。
「・・・勝手な事言ってんじゃねぇよ」
「図星だろ?」
銀八は笑って、ちらりと沖田を見た。
――――そうだ。
沖田は気付いた。きっと、銀八の言う通りだ。
この狂気は高杉の真実ではない。闇の、その奥にこそ本当の彼がいるような、そんな気がする。
沖田が彼を責めたくないと思うのは、それが分かるから。
「―――死ぬかぁ?」
突然、間延びした高杉の声がして、沖田ははっと顔を上げた。
「こいつらだろ?」
「―――違うっ!!」
沖田は土方を押し退けると、走り出した。
銀八に殴り掛かろうとする高杉の腕にしがみ付く。
「――――頼むから、止めてくれ・・・!」
「・・・無理だなぁ」
にやりと笑みを浮かべる高杉に、銀八も構える。
「引っ込んでろ、沖田」
「違う。違う、この人達じゃない」
人を傷付けて、更に傷付くのは高杉だ。同じ闇は沖田には見えない。ただ、彼がより深みに堕ちる行為にしかならない。
沖田には止める方法も、救う手立ても思い浮かばなかった。
けれど、
「―――お前だ、高杉」
気付くと、そう言っていた。
こんなに人に執着を感じたのは初めてだった。
彼の心が知りたくて、けれど分からなくて、それがこんなにも歯がゆいものだとは知らなかった。
「好きだ」
言葉にして、急にはっきりと自覚したような気がする。
その時沖田は、銀八と土方の前だという事も一瞬忘れていた。
「好きなんだ。・・・俺は高杉が、好きなんだ・・・」
その時の高杉の瞳は一生忘れられない。
見開いた目が、まるで恐ろしいものを見る様に沖田を見た。
「―――本当に頭悪いな、手前は」
言って、高杉は顔を背ける。
沖田は彼が吐き捨てた言葉よりも、それから自分を一度も見ようとしない態度の方に傷付いた。
それから二人は、二度と視線を合わせる事はなかった。
「頭悪いのはお前だ、高杉」
そんな高杉に銀八は言った。
「何がそんなに怖いの?」
「・・・・怖い?」
「お前は人を好きになるのが怖いだけなんだよ」
「・・・・・知った風な事言うな」
「先生だから、一応。―――なーんにも、出来なかったけどな」
「・・・・・」
高杉は何も言わず、屋上を後にした。
まるで、沖田から逃げるように。


――――好きなんだと、思う。
沖田は突っ立ったまま、そう思った。
けれど高杉に襲われた時、頭に浮かんだ人は確かに別にいた――――















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ハハハ。何処へ逝くんだろう、この話は・・・。


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