第十五訓 恋は大抵が誤解と勘違いから始まる。
高杉はそれから一度も学校に姿を見せないまま、退学した。
「俺、何か間違えたのかなァ」
沖田は銀八の隣で呟いた。
「どーして?」
その日は朝から雨が降り続いていた。
屋上の、かろうじて雨の被害を免れる狭いスペースで二人は肩を並べていた。
「高杉に近付いたのは間違いだったのかなァ」
「でも、近付きたいって思ったんだろ?」
「・・・・・うん」
「そんなモンはな、周りがいくら止めたって無駄なんだよ」
「・・・でも、先生に心配かけて・・・、土方さんもずっと怒ってる」
銀八は煙草を咥えたまま、がりがりと頭を掻いた。
「言うなって。ヘコんでんの俺なんだから。マジでなんにも出来なかった」
沖田は隣をちらりと見た。
眉を寄せ、苛立たしげな表情を浮かべる銀八に、沖田は更に落ち込みたくなる。
ずるずると壁に背を預けたまま座り込んだ。
「・・・・ごめん」
「だから、言うなって。本当はこうなる前に、何とかしようと思ってた。あの時ココ来たのはアイツと話そうと思ったからなんだよ。何でか土方も付いて来やがったけど。――――でも、間に合って良かった」
「間に合わなかったら、どうなってた?」
「誰かが犯罪者になってただろーな」
「・・・そっか」
そんな事にならなくて良かった。
「先生、ありがとう、な」
呟いた沖田に、銀八は素っ気無く言った。
「お前は間違ってねーよ」
「・・・・・」
「高杉、アイツ多分もう無茶はやらねーよ。目ぇ見たら分かる。じゃなかったら、少年院ぶち込んでも俺が止めてる」
「・・・何処行ったか知ってるのかィ?」
「・・・教えたら、追いかける?」
沖田は黙って首を振った。
そこまで、馬鹿じゃない。
こんなに中途半端な自分では何も出来ないと、分かっている。
「松陽先生の故郷を見て来るって、俺にはそう言ってた」
銀八は言って、煙草を雨の中に投げ捨てた。雫で、火の消える音がする。
「お前は間違ってねぇ」
繰り返した銀八の言葉に、沖田は涙が出そうになった。
「―――でも、二度と俺に会いたくねぇって事だろう?俺がまた、何か違う事言ったに決まってる」
「アイツは、虚勢が張れなくなったから逃げただけ。他人に認めてもらえて嬉しくない人間なんていねーの。・・・本当は、俺が認めてやらなきゃ駄目だったんだよなぁ・・・。所詮、松陽の真似なんて俺には出来ねーんだよ。」
銀八は自嘲するように笑った。
「先生は間違ってねぇよ」
本心から、沖田は言った。自分が引っ掻き回さなければ、きっと、もっと全てが上手く行った気がする。
彼を、好きだと思わなければ。
「・・・後悔、すんなよ」
沖田の心を見透かすように、不意に銀八は言った。
「――――でも・・・、でも・・・」
迷う。
銀八に、土方に、高杉に付けた傷の深さが分からない。
全てが自分の過ちに思えて仕方がない。
「好きだと思ったんだろ?だったら、それでいーんじゃねーの?」
「・・・・・・うん」
もっと、話したかった。
あの皮肉な笑みが、見たいと思った。
声が、目が、好きだった。
そう思うと、どうしようもなく悲しくなった。
沖田は膝に顔を伏せて、泣いた。
銀八は煙草を取り出す事もせず、沖田の隣に立ち続けてくれた。
雨の音だけが聞こえる静かな放課後だった。
「アイツも、怒ってねーから」
銀八が親指で差した先は門。
沖田は顔を上げると、フェンスの前で雨に濡れる銀八の元へ足を運んだ。
小さな黒い傘が見えた。
顔は見えない筈なのに、こんなに離れているのに、それが土方だと分かる。
「・・・俺の事、待ってると思うかィ?」
「ったりめーだろ。違ってたら俺が送ってくから安心して行って来い」
沖田は銀八を見上げた。
「どうして、アンタらはそんなに優しいんだ?俺なんてどうなってもいいんだよ。そんな価値のある人間じゃない。アンタらが好きなのは俺じゃねぇよ。きっと、何か別のモンと間違えてんだよ」
捲くし立てるように言う沖田に、銀八は笑った。
ただ、優しく。
「ばーか」
その声を背に、沖田は門へと向かって走り出していた。
終
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沖田君の初恋&失恋編終わりです。
(まだ続けるのか)
・・・いや、本当は迷ってるのですが、もう少し書きたい・・・。
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