第十六訓 今しかできない事をやるべし。



「え〜、本日は自習〜」
何時もの通り、その日もZ組の担任、坂田銀八は言った。
「先生」
それは、土方が挙手した事から始まった。
「何、土方君」
「俺達一応受験生なんですけど、こんなんで無事大学行けるんでしょうか?」
ざわ、と教室が騒がしくなる。
「つか、卒業も出来るのか?」
「つか、進路とか誰一人決まってるヤツいないっぽいんだけど・・・」
「つか、教師あんなんだからどーにかなるんじゃねー?」
「ぶっちゃけ、そんなん忘れてろよ、どーでもいーじゃん」
口々に好きなことを言い出す生徒達。
「・・・あー、静かに」
銀八はだるそうな姿勢は崩さず、口を開いた。
「じゃー、銀魂の5巻開いて・・・」
「自習はどうなったんですか?」
桂がすかさず突っ込む。
「忘れてたよ。あれは忘れてたよ。今更取り繕う気だよ」
長谷川が言う。
銀八はその言葉に、顔を上げた。
「・・・きっとお前等、卒業は無理。今から頑張ればなんとかなるかもしんねーから・・・、まあ、頑張って」
教室は一気にブーイングの嵐に包まれた。
「いいじゃん、ココはパラレルワールドだから。お前等一生高校三年やってりゃいいんだよ」
「そんな妄想の世界に逃げ込んでも仕方ないと思います」
食いつく土方を、沖田は肘を付いて眺めた。
「・・・どうしたんでィ?土方さん。急に将来が心配になったかィ?」
「心配じゃねぇお前等が心配だよ」
「あ、じゃあこーしよう」
急に銀八は、いい事を思いついた、という風ににやりと笑った。
「合宿だ。合宿。勉強合宿。いーじゃん、せーしゅんぽいじゃん」
「がっしゅくぅ〜?」
めずらしく生徒達の声が一つになる。
「・・・でも、先生。僕達寮にいるから、普段から合宿みたいなものなんですけど・・・」
新八はおずおずと口を開いた。
廊下に出るのはもうごめんだ、と思いながら。
「寮?」
銀八は目を見開いた。
「何?そんなんあるの?」
「知らないんですか・・・?」
新八の目が、怪しい人間を見るように細くなる。
「え?そこから登校してるヤツどんだけいるの?」
その問いに、ほぼ全員の手が上がる。
「マジでか」
腕を組んで、銀八はしばらく考え込んだ。
「じゃ、俺が行くわ。徹夜で勉強だ。女子も男子寮来い」
「絶対嫌です」
無敵の微笑を浮かべる志村妙がそう言うと、女子は一斉に頷く。
「・・・じゃー、いーです・・・。女子は比較的優秀だから自力で何とかしてくれ」
「・・・投げたよ、この人」
呟いた新八を一瞥して、銀八は廊下を指差した。
「私語したヤツ、廊下」
めちゃめちゃ皆私語だらけだったじゃねーか!
その叫びはとりあえず胸に仕舞い、新八は廊下へ向かった。
「んじゃ、男子諸君、待ってるよーに!」
銀八は言って、教室を出て行った。
「んで、この時間は結局自習なワケ?」
担任のいない教室内は一気に諦めの溜息で満ちた。




「うおおおおおお〜・・・・」
銀魂高校男子寮の中、銀八は声を上げた。
「・・・何だよ」
土方は腕を組んで、そんな銀八を冷たく見ている。
「何って、お前、沖田の隣の部屋じゃん」
「そんなの俺が決めたんじゃねぇよ」
「おま、ばっか!何してんの?いや、つか、馬鹿万歳」
「んだよ、何かムカつくな」
何故か憐れみの篭った目で自分を見る銀八に、土方は眉を吊り上げた。
「とりあえず私服でも拝むとすっか〜」
うきうきとした様子で、銀八は沖田の部屋のドアを開ける。
「・・・あ、せんせー、マジで来たのかィ」
「・・・・・」
綺麗とは言えない、木造の寮。けれど中は意外と広く、一人一部屋与えられている。
沖田の部屋はシンプルで、ベッドと机とテレビが置いてあるだけだった。しかし、壁の藁人形が銀八は気になった。
「まあ、何でもいーけど・・・、ジャージか・・・。ジャージ・・・。しかも学校のゼッケン付き・・・」
がっかりする銀八を見て、沖田は首を傾げる。
「何ぶつぶつ言ってんでィ?」
「・・・いや、待てよ、ジャージ。意外とマニアで新鮮なカンジがするよーな・・・」
「何しに来たんだよ、テメーはよ!?」
土方に言われ、銀八はぽん、と手を叩く。
「そうだった。よし、まずは買出しだ」
近藤や長谷川に声を掛け、銀八は外へ出て行った。
「・・・ありゃ、やっぱ勉強なんか無理だな」
土方は溜息を吐いて、沖田の部屋へ上がり込んだ。
ベッドに寄り掛かって雑誌を眺める彼の隣に座る。
「俺ァ、べんきょー嫌いでさァ〜」
「俺だって好きじゃねぇよ」
「じゃー、どーして急に?」
少し考えて、土方はちらりと雑誌から目を離さない沖田を見た。
「・・・今のままじゃ、駄目なんじゃないかって・・・、思って。少しは成長しなきゃな・・・」
「俺は今のままがいい・・・」
何も変わらないで、皆そのままで。
呟いた沖田に土方は口を開いた。
「そんなの無理だろ」
以前の様に容赦ない悪戯をしなくなった沖田。
土方と近藤しか一緒にいる人間がいなかった彼が、銀八に出会って変わった。
少しずつ他人と触れ合う事を怖がらなくなって、彼の世界が広がっている。
大切な存在を作れる程に。
それは沖田の不変を信じていた土方にとって衝撃だった。
沖田はいつまでもこのままだと、知らない内に思い込んでいた。
それを寂しいと思う自分こそ、変わらなくてはならないと土方は気付いた。
銀八の様に、有りのままを受け入れる余裕がない自分。
怒りとか、悲しさや寂しさといった感情にそのまま流されてしまう弱い自分。
少し、落ち着いて周りを見てみようと、土方は思ったのだ。
「とりあえず三浪祈っとくぜィ」
「・・・ありがとよ」
苦笑を浮かべた所で、騒がしい声が戻って来た。
「・・・ああ、ウゼぇ。テンション高いおっさんほどウゼーもんはねぇな」
「先生は、落ちこんでるんでさァ」
「・・・・・・」
土方は沖田を見た。
「高杉のこと、まだ引き摺ってる」
「――――お前は・・・」
引き摺ってねぇのか?
言おうと思ったのに、言葉にならなかった。
沖田が彼を思い出すのが怖くて、その名前を口にするのを避けていた。
「一番傷付いたのはあの人だ。俺のは、ほんのかすり傷。――――土方さんは?」
「――――」
完全に言葉を失った土方を、沖田は見つめた。その瞳が、悲しそうに揺れる。
「土方さんの傷が・・・、一番深い・・・?」
「――――っ」
思わず、視線を逸らした。
――――何時の間に・・・。
他人の事を心配して胸を傷める程に、沖田は成長していた。
傷付けるのではなく、自分が傷付く事を恐れて、わざとその話題には触れないようにしていた。
そんな自分を不甲斐なく思いながら、それでもまだ、土方は受け入れる事が出来ない。
沖田の口から謝罪など聞きたくない。礼を言われる事はしていない。
このままでは、駄目だ。
やはり、駄目なのだ。
その時部屋のドアが勢いよく開き、銀八がずかずかと入って来た。
「お前等二人きりで何してんのっ!?こっち来い!!」
土方の腕を掴み、銀八は一瞬眉を顰めた。
「どしたの、お前?」
「・・・・・なんでも、ねぇ・・・」
銀八は沖田を見た。
沖田は何も言わず、銀八を見つめ返す。
「―――いーから、とにかく来い!」
廊下へ連れ出された二人は、先に盛り上がっているZ組の男子を見て絶句した。
「・・・酒くせェ」
「勉強会が聞いて呆れるぜ」
「遠慮すんな、長谷川と近藤の奢りだ。今夜の管理は俺が任されたから気にせずやれよ〜」
土方は大きく息を吐き出すと、開き直ったように缶ビールを掴んだ。
寮のほとんどがZ組の生徒とはいえ、こんな滅茶苦茶なのは始めてだった。
「やっぱせんせー、面白ェや」
沖田は呟いて、一人笑った。
















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いえ、知り合いがね、マジで家でジャージ着てんですよ。
学校の先輩のらしくて、ゼッケンの名前違うんすよ。
それを見た時の衝撃と言うか、ある意味尊敬しました。
そんなん着てても総悟君はかっこいいのだろうな・・・、なんて妄想の元・・・やってしまいました。ほほ。
て、ゆーか土方いらんこと悩み始めた。どうしよ・・・。
合宿編、続きます。


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