第十七訓 酔っ払いは始末に負えない。
「おま〜、何をまたくだらねーこと考えてるワケ?」
「・・・・・・」
銀八は騒がしい廊下で一人、もくもくと缶ビールを飲む土方の肩に手を置いた。
「・・・ああ、勉強?勉強はほら、あそこで桂が教科書の朗読始めたからそれで良くね?」
「・・・・・・」
土方は銀八を完全に無視している。
「違うんだよね〜?また沖田君の事なんだよね〜?」
「・・・・・・」
「振られたワケじゃねーんだから気にするなって」
「――――」
ぴくりと、土方の肩が動く。
「・・・酔って忘れちまえ」
その言葉に弾かれたように、土方は銀八を見た。
「忘れられるのか?手前のは、その程度か?」
「その程度って何?」
銀八はむっとしたように土方を睨んだ。
「手前みてぇに簡単じゃねぇんだよ。大人ぶってでも許して見守ってやる度量が俺にはねぇんだ。あいつの出す答えがどうでもいいなんて嘘だった。自分が・・・、小さくて小さくて・・・、嫌になる」
適度なアルコールが、落ち込んでいた気分を助長させる。
銀八の顔も程よく赤く染まり、その目は何時も以上にだるそうだ。
「簡単なワケねーでしょ」
ぽつりと、銀八は呟いた。
「―――え?」
「俺がどんだけやせ我慢してるか、解るのは君だけなんだけどね?土方君?」
「・・・・・」
「あのなぁ、ほんとに心の底から見守ってやるなんてのはな、好きじゃないって事じゃね?そんなのもう恋じゃねーよ」
「・・・・恋・・・」
自分で呟いた言葉に、土方は顔を赤くした。
「はずかしーこと平気で言うな!」
「いやいや、青いね〜、土方君」
銀八の手には何時の間にか一升瓶が握られている。
「綺麗事言っていられる内は本気じゃねーのよ。好きになるってのはどろどろでぐちゃぐちゃなの。それでいーの」
言いながら、土方に日本酒の入った紙コップを手渡す。
「・・・それで、いい・・・?」
土方は銀八の横顔を見つめた。
それは、平気に見える彼の中もどろどろだという事だろうか?
それはつまり、彼もそれだけ沖田が好きだという事なのだろうか?
嘘だろう?
そう、問い掛けたくなる。
どこまで本気か分からない銀八に、心の隅で安心していた自分がいた。
もしかしたら全て冗談で、あっさり笑って沖田に手を振るのではないかと思っていた。
土方の中では、坂田銀八はやはり、大人で教師だった。
「・・・絶対、嫌だ。手前だけは、嫌だ」
「奇遇だねぇ、俺も。お前だけは許せねぇ」
高杉の方がまだマシだ。それこそ、知らない女に持って行かれた方が余程いい。
言葉には出さなかったが、二人は同じ思いでいる事を何故か互いに理解した。
認めているからこそ、許せない。自尊心が根こそぎ奪われるかもしれない恐怖だった。
視線がぶつかり、二人は同時に手の中のコップを空にした。
「あれ?てゆーか、アイツは?」
問題の沖田の姿がないことに銀八は気付き、周りを見渡した。
土方は立ち上がり、ふらふらと沖田の部屋に向かう。
「おい、待てよ、コラ」
銀八も瓶を持ったまま、ふらりと立ち上がり、彼の後を追った。
部屋のドアを開けると、沖田はベッドの上で既に寝息を立てていた。
床には空き缶が無数に散らばっている。
ベッドの脇で、土方は突っ立ったままその寝顔を眺めていた。
「・・・寝顔なんて飽きるほど見てるのに・・・」
土方は呟いた。
「ずっと、ずっと一緒に居たのに・・・、どうして今更・・・」
そのまま跪き、土方はゆっくりと沖田の寝顔に自分の顔を近付けた。
「ちょ〜っとま〜っった!!」
銀八は倒れ込むように土方に縋りつく。
「俺の存在無視してんじゃねーよ!」
「・・・何かもう、どうでもいい・・・」
土方は焦点の合わない、虚ろな目で沖田を見つめたままだ。
「すげぇ、可愛い・・・」
その言葉に、銀八も沖田を見た。
色素の薄い髪が睫毛が、白い肌に影を落としている。薄い唇が少しだけ開き、そこから吐息が洩れる。
上気した頬が桜色に染まっている。
ごくりと喉を鳴らす銀八の前で、土方は再び吸い寄せられるように顔を近づけていった。
「ちょ、ちょ、まっ・・、」
銀八は慌てて手で沖田の顔をガードした。
その感触で、沖田は瞼を開けた。
「―――わ、何だアンタら!?」
目の前に迫る二人に驚いて、沖田は飛び起きた。
「好きだ、総悟」
「―――へ?」
ベッドの上に膝を乗せて迫ってくる土方の目が据わっている事に沖田は気付いた。
「許さん、先生は許しませんよ!?」
叫ぶ銀八の目も、尋常ではない。
「―――酔っ払いかィ・・・?」
そう言う自分も相当飲んでいるのだが、二人の有様に一気に醒めた気分だった。
その時、土方の手が伸びて沖田の両肩をしっかりと掴んだ。
「好きだ」
真剣な眼差しで見つめられ、沖田は思わず息を飲んだ。
知らず、心臓が音を立て始める。
「―――土方さん・・・」
「俺の方が・・・!」
土方から奪うように銀八は沖田を抱き締めた。沖田は二人にさるがまま、振り回される。
「――――好きだ」
銀八の腕の中で沖田は目を見開いた。
「先生・・・?」
銀八の口から告白を聞くのは初めてだった。この人がこんな事を言うなんて嘘のようだ。
動揺と混乱で、沖田の頬は赤く染まる。
「待ってくだせェ。二人ともおかしい・・・」
銀八を押し返し、沖田はその腕から逃れた。
「好きだ」
まだ呟いている土方を見ると、彼は枕を抱き締めている。
「好きなんだ」
「許さん〜っ!」
枕を見つめて告白する土方に、銀八は怒鳴っている。
「・・・・・」
そろりと立ち上がる沖田に、気付く様子もない。
そんな二人を残して、沖田はそっと部屋を抜け出した。
生徒達も何時の間にか静かになっていた。
充満する酒の匂いに顔を顰めて、沖田は土方の部屋へと逃げ込んだ。
まだ、動悸が治まらない。
“好き”
その言葉が重く、静かに響いてくる。
初めて言われた時は何とも思わなかったそれが、今はこんなにも強く心を揺さ振る。
不思議で堪らなかった。
あの二人のそれが本気ではないのではないかと思い始めていたから余計に、面と向かって言われて激しく動揺した。
「全部、酒のせいでさァ」
先程の告白も、自分の動揺も。
そう思い込もうと、沖田は土方のベッドの中で呟いた。
終
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なんか無理矢理書いた感、山の如し。
納得できないまま、とりあえずあっぷ。
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