第十九訓 人の話は最後まで聞きましょう。




土方は沖田の部屋の扉を叩いた。
「総悟、入るぞ」
返事はないが、勝手に開けて足を踏み入れる。
沖田はベッドに寝そべる格好でテレビを眺めていた。
構わず床に腰を下ろし、土方は煙草に火を点け、
「断って来た」
一言、そう言った。
「・・・勿体ねぇって、近藤さんも言ってたじゃねぇか。俺も、そう思うぜィ?」
感情の読み取れない声で、、無表情に沖田は口を開いた。
「俺は、そんな事聞きてぇんじゃねぇんだ」
煙を吐き出しながら、持参した灰皿をテーブルに置く。
「俺は、お前が好きだから他の奴は受け入れられねぇ。それだけだ」
「・・・・・」
沖田はテレビを消すと、溜息を吐き出した。
「で?犠牲を払わせてる俺は一体どうしたらいいんで?」
「恩着せがましい真似したワケじゃねぇよ。実際、そんなんは俺にとっちゃどうでもいい話だよ。・・・ただ、聞かせてくれねぇか?」
「・・・・何を?」
ようやく、沖田は視線を土方に向けた。そんな彼を見上げる格好で土方は訊ねた。
「お前は今、嬉しいと思ってるか?」
「――――どうして、俺が・・・」
僅かに、沖田の目が動揺に揺れる。
今度こそ全てを見届けて、一つも見落とすことなく理解しようと土方はその変化を見つめた。
「知ってるからだよ。あれは、お前が寂しい時の顔だ」
「・・・・?」
訝しげに沖田は土方を見る。
「中学の時だったか?制服を隠したお前を怒鳴りつけた時、今日と同じ様に表情を消した」
その後すぐににやりと笑って「バレちまったか」と沖田は言ったが、今なら分かる気がする。
「あれは・・・、隠したのはお前じゃなかった。違うか?」
「―――先生に、何吹き込まれたんでィ?」
沖田は起き上がると、土方に詰め寄った。
「―――銀八?」
何故ここでその名前が出てくるのか、土方は理解出来なかった。
“土方君に言っちゃおうかな”
その時不意に、何時か屋上で聞いた銀八の声が脳裏に蘇った。
―――何を?
沖田は彼に何を話した?
制服の話を?何故?
「・・・銀八は、お前の何を知ってるんだ?」
「――――」
信じられない。そんな顔をしていると自分で分かる。
そんな土方を見て、沖田は失言だと思ったらしく口を閉ざした。
「・・・今日、お前は俺に好意を持つ人間がいた事を寂しいと思った」
土方は自分に言い聞かせるように呟いた。沖田も否定の言葉を吐かない。
「それは、昔俺や近藤さんに置いて行かれる時に見せる表情と同じだったんだ」
「・・・・・」
「だから、分かった。幾つかの悪戯はお前がやったんじゃないって。俺の誤解だって・・・」
――――だから・・・、期待してしまった。
「土方、さん・・・」
沖田は途方に暮れたように土方を見つめた。
「――――でも、あいつはとっくに知ってたのか・・・」
自分の知らない沖田を。
それが銀八が沖田に惹かれた原因かもしれない。
そう考えると全て納得出来る気がした。
問題は、沖田が彼にだけ真実を話した、ということだった。
「――――ああ・・・、そういう事だったのか・・・」
土方は大きく息を吐き出し、笑った。
何もかも独り善がりだった。今までの自分が滑稽に思え、自然に自嘲的な笑みが洩れる。
「土方さん・・・、ごめん・・・」
決定的とも言える、沖田の謝罪。
目の前が暗くなるような感覚に、土方は頭を振った。そして、思う。
今度こそは全て受け入れようと。
「ああ・・・、俺こそ、悪かった」
気持ちを押し付けるような真似ばかりしてしまった。
「土方さん、俺、嬉しいと思ったよ」
「・・・・・」
「俺の為に断ってくれた事、俺じゃないって分かってくれた事」
「・・・そうか」
急に素直になった沖田に、慰められている様で居た堪れない。
けれど、真っ直ぐこちらを見つめる彼が嬉しい。ようやく自分も、彼の何かを変えられたような気がした。
沖田が寂しい思いをしなかったのなら、それでいい。
「銀八の喜ぶ顔だけは見たくねぇな・・・」
吐き出した言葉に沖田は首を傾げた。
「何で、先生が喜ぶんで?」
「―――――」
土方はゆっくりと沖田を見上げた。
きょとんとする瞳を見ながら、土方も首を傾げた。
どうやら会話が上手く噛み合っていないようだ。
「ん?だから・・・、お前が全部話したのはあいつの事が好きだから・・・、だろ?」
「ん?そうなるのかィ?そりゃあ、先生は嫌いじゃねぇけど・・・、別に全部話したわけじゃねぇし」
「・・・ん?」
「だから・・・」
沖田は眉間に皺を浮かべて、考えながら口を開いた。
「先生に話したのは、土方さんに対する苛めの真相でさァ。疑われてたみてェだから。そりゃあ、あの人は何でも話しやすいからもあるけど・・・」
「・・・・うん」
「・・・ああ、何か良くわかんなくなってきた。とにかく俺は、今嬉しいと思ったんだよ」
「・・・・・・・うん」
「土方さんに恋人が出来るって事は、今まで通り俺は隣に居られなくなるって事だろ?それは嫌だって、思ったんだ」
「・・・・・・・・・・うん」
「だから・・・、それはアンタの幼稚園の初恋の時も思ったんだ。俺ァ、あん時から何も変わっちゃいねぇんだ」
沖田が何を言いたいのかさっぱり分からなくなってきた。
理解しようと、真剣に聞けば聞くほど分からない。
――――と、言う事はつまり、まだ結論ははっきり出ていない・・・、という事なのか?
土方がそう思った時、沖田は苛立たしげに言い放った。
「俺ァ、土方さんの事がずっと好きだったみてぇなんだよ!!」
「――――――はあっ?」
間抜けに口を開けたまま、土方は沖田の顔を呆然と見つめた。
「だって、おま、今謝ったじゃねぇかっ!?」
「そりゃあ、アンタが落ち込んだからでさァ!」
「意味がわかんねぇよ!」
怒鳴り合って、二人は肩で息をしながら口を閉じた。
数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは沖田だった。
「俺だってわかんねーよ。でも、はっきり分かったのは――――、今だ」
本当は高杉に会った事が大きいのかもしれない。力ずくで教えられたあの時から、ずっと考えてはいた。
今考えてみると、高杉には憧れとか、そういった類の感情の方が大きかったかもしれない。
けれど、感情に名前を付けたり理由を付けたり順序だてたり、そんな器用な事は沖田には出来なかった。
今、土方が好きだと思ったからそうなのだ。
彼が自分で真実に気付いてくれた事が嬉しい。ずっと、これを待っていた。
思い返せば何時でも、昔からこの感情は自分の中にあった。その事ににたった今気付いた。
「―――マジ、で・・・?」
瞳を見開いたまま土方が訊ねた言葉に、沖田は頷いた。
「・・・何だ、俺がまた勝手に誤解しただけか?」
土方は力が抜けたように呟いた。
「アンタも変わんねぇよ。昔から、誤解だらけだ」
沖田は軽く土方を睨んだ。
「――――ああ・・・、もう全部、俺が悪い事でいーよ」
そう言った土方が浮かべた表情に、沖田は息を呑んだ。
それは、今までに見たこともない表情だった。
「・・・・嬉しい・・・、かィ・・・?」
「―――――ああ・・・」
それは胸が締め付けられるような、静かで切ない感動だった。
この人のこの顔を見る為に生まれて、今まで生きてきたのかもしれない。
大袈裟じゃなく自然に、沖田はそう思った。
土方が伸ばした手が伸びて、整った指先が自分に触れる。五月蝿い程に心臓が音を立てていた。
「・・・・キスして、いいか・・・?」
いいよ。
言ったつもりが言葉にならず、沖田はただ頷いて目を閉じた。
そっと、唇が触れ合う。
――――そうか、これがキスか・・・。
今までの自分があまりに浅はかで恥ずかしく思える。
「―――総悟・・・」
お互いの手が緊張で震えていた。
「・・・やっぱり、今度こそ本当みてぇだ。俺は土方さんが・・・、好きだったんだ・・・」
照れて、俯いたまま沖田は言ったが、その言葉が合図のように土方の手に力が篭る。
「総悟・・・!」

先程から二人の脳裏に浮かんでは消える銀八の姿。
申し訳ない気持ちと、幸せな思いが交差する。

けれど、抱き合ったその時からは彼を思い出す事はなかった。















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不服ですか・・・?でも・・・、でも・・・、こうなっちゃったんだもん〜っ!!
つか・・・、こそばいっ!かゆいっ!!(笑)
表ではこのラストしか出来ません。裏を・・・乞うご期待!(え)あ、もう一話ありますが・・・。

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