第六訓 青春ドラマは夕陽に向かって走るのがセオリーだから。
廊下を歩いていた沖田は不意に腕を掴まれ、部屋の一室に連れ込まれた。
「―――わ・・・」
驚いて声を上げようとした口を大きな手が塞いだ。
後ろから抱きすくめられ、沖田は手足を動かして抵抗するがその腕はびくともしない。
「まっこと、かわいい顔しちょるの〜」
耳元で囁かれ、沖田の身体に震えが走る。
沖田は身を捩ってその顔を見た。その言葉使いといい、確かめなくても分かるが、やはり保健医である坂本辰馬だった。
ずるずると引き摺られ、沖田はそこが保健室だという事にようやく気付いた。引き摺られる先は、ベッド。
一気に血の気が引いた。
「土方さ―――――ん!」
何時もの如く屋上で不良教師と共に煙草を燻らせていた土方は、不意に校内に響き渡る叫びに咽た。
「・・・な、総悟の声か!?」
咳をしながら銀八を振り返ると、既に彼はいない。
「ちょ、待てって!なんでお前が走るんだ!?」
土方は慌てて銀八の後を追いかけた。
「あの切羽詰った声聞いた!?なんであの声で“銀八せんせーーーっ!”って呼んでくんないのかなあ?」
「・・・俺の方が頼りになるって事だ」
にやりと言う土方に銀八は面白くなさそうな視線を向ける。
「言うようになったね、お前」
「てか、何処向かってんの?」
「せんせーの耳をなめんなよ」
言いながら銀八は真っ直ぐ保健室に辿り付くと、勢い良くその扉を開けた。
「まっことでっかい声ぜよ。肺活量はよか〜」
カーテンに遮られたベッドから声が聞こえる。
「・・・・・坂本・・・・・・」
銀八はずかずかとベッドに近寄ると、カーテンを開けた。土方もその後を追う。
そこには坂本という保健医にベッドに押し付けられ、口を手で塞がれたままうっすら涙を浮かべた沖田がいた。
「げ、なんじゃおんしら!」
「なんじゃ、じゃ、ねーだろー!?」
銀八は坂本に駆け寄り、思い切りその体を蹴飛ばした。
「せんせー!!」
沖田はがばっと起き上がると、銀八に飛びついた。
「よしよし、怖かったね、沖田君。もう大丈夫だからね」
よしよしと頭を撫でながら銀八はベッドから転がり落ちた坂本を睨みつけた。
「ご、誤解じゃ、金八!わしゃ生徒の相談に乗ってだな、最近その沖田君が好きだッちゅー相談があんまり多いきに、本人を一度見てみたかっただけなんじゃ!」
「誰が青春ドラマの主人公だよっ!?銀八だ、銀八!!てか、何でベッド連れ込んでんの!?」
「・・・け、健康診断・・・」
銀八は無言で坂本を踏みつけた。
そんな銀八の隣で沖田は青い顔をして震えている。
「怖ェ〜、マジそいつ怖ェ〜。マジヤられるかと思った〜」
「沖田君、君の判断は正しい。良く大声出せたね。でも次は“助けて銀八先生”で行こうね」
余程動揺しているらしく、沖田は銀八の言葉に素直に頷く。
「そんなに怖かったのか?」
土方は沖田の様子にむっとしながら口を開いた。
「怖い、っつーかキモい。最悪」
ぶるっと身体を震わせ、沖田は顔を上げると銀八を見た。
「助かったよ、先生。・・・とりあえずそいつ、再起不能にしていいかィ?」
沖田は指をぽきぽきと鳴らしながらゆっくりと坂本に近付いた。
銀八はそんな沖田に冷や汗を浮かべながら頷く。
「い、いいよ・・・・」
「金八〜・・・」
情けない声を出す坂本は、その後断末魔の叫びを上げることとなった。
「怖いのはあいつだよな・・・」
銀八は青い顔をして土方を見た。放課後の屋上。
「だろ?あいつ強ぇんだって。お前も馬鹿な事ばっかしてたらあの男の二の舞だぜ?」
ふん、と鼻を鳴らす土方はしかし、沖田の昼間の様子にもやもやとした感情を抱いていた。
「・・・あいつやっぱ、男嫌いなんじゃねーか・・・・」
「普通に男好きなヤローはいないんじゃねー?」
「お前、こないだ違う事言ってたじゃねーか!?間に受けなくて良かったぜ、チクショウ」
「何?間に受けて告るとこだった?脱落なら大歓迎よ」
「言ってろ、馬鹿。再起不能にされちまえ」
土方は鞄を掴むと銀八を残して屋上を出た。
「・・・何であの場で自分の名前呼ばれたか、何で気付かねーんだ?チクショウはこっちだ」
銀八は傾きかけた夕陽に向かって呟いた。
「・・・チクショー」
終
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再開・・・。
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