第八訓 究極の状態の時って素になるよね。
こういう場合、見なかった事にすればいいのだろうか。
何事もなかったように笑い、背を向け、その場を後にするのが一番いいのだろうか。
そうしたいのは山々だった。
が、足が凍りついたように動かない。引き攣った頬がぴりぴりと痛い。何より、二人から視線を逸らす事が出来なかった。
どこかで俺は、この銀八という教師を信じていた。
どれだけふざけても、心の奥は腐っちゃいないと思い込んでいた。
けれど、こういう場面を目の当たりにすると“やっぱりな”と強がりを言う自分もいた。
最近ようやく真剣に考え始めた沖田総悟という同級生兼幼馴染。
彼こそ、教師と、ましてや男とこんな事する人間だとは思ってもいなかった。
けれど、結局は俺は誰の事も理解するに至ってはいなかったのだ、という結論に達する。
ああ。
そうだ。
こんな時こそ今までの恨みを晴らす機会ってやつじゃねぇか?
回転の止まった頭でようやくその考えに辿り付き、俺は口を開いた。
「あ〜あ。やっちまったな、銀八せんせー。とうとう失業か?おい」
「土方・・・」
俺同様、固まっていた銀八は深い溜息と共に俺の名を呼んだ。
「口止めしたって無駄だぜ。総悟もようやく俺に弱み握らせたってワケか」
引き攣った頬を懸命に動かし、口元に笑みを乗せた俺に、総悟は言った。
「何言ってんでィ。土方さん、見ただろ?俺男にキスしたんだぜ」
何言ってんだ?こいつ。
俺は内心首を傾げつつ、
「ああ、しっかり見たよ。ガキの頃から知ってるお前が男に走るたぁ、驚きだな」
俺の言葉に総悟は眉を顰めた。それを見ていた銀八が堪りかねたように口を挟む。
「・・・土方・・・、何か強がってるみたいだけど、声も足も手も震えてるから、お前。俺が言うもの何だけど大丈夫か?」
何だそれ?
それじゃまるで俺がすげーショック受けてるみてーじゃねーか。
て、ゆーか、マジなんかヤバい?
え?何か泣きそう?俺?
「土方さん!?」
総悟の声を背に、俺はその場から逃げるように走り出していた。
あまりの情けなさに真剣にヘコんだ。
有り難い事に涙は出なかった。
けれど。
銀八を殴り飛ばしたいと思った。
どうして総悟に対する怒りは湧いてこないのだろう。
総悟に対しては、怒りよりも悲しさを覚えた。
何故なのだろう?
そもそも怒れる立場なのだろうか?
つか、何で怒ったり悲しんだりする?
キスしてた。
誰もいない教室で。
二人だけで。
キスシテタ。
銀八が羨ましかった。
そう思った時、俺の足は止まった。
終
///////////////////////////////////////////////////////////
情けなくてごめんなさい。
戻る