第九訓  それって差別用語だから。



   

「もう来ないと思ってたよ」
晴れ渡った空を流れる白い雲を眺めながら、銀八は口を開いた。
振り向かなくても後ろの人物が誰だか分かっていた。
「誰が逃げるかよ」
予想通りの声が返って来る。
―――いや、逃げてたじゃん。
その言葉を飲み込んで、銀八はゆっくりと振り向き、土方を見た。
「・・・悪ぃな、やっぱあれ俺も欲しいわ」
「ああ・・・」
呟き、土方は先程銀八が見ていた雲に視線を移した。
―――気のせいだろうか?
銀八は考えた。
いや、違う。
彼は何かを吹っ切ったような、そんな瞳をしている。
「俺も、欲しい」
言って、銀八を真っ直ぐに見つめた土方に神経が震えた。毛が逆立つような感覚。
彼を本気にさせてしまったらしい。
そうしたのは自分なのだが、微かな後悔の念を覚えた。
煙草を取り出し火を点ける。
それが動揺を表わす行動に思えて、銀八は苦笑を浮かべた。
「自覚できた?」
「・・・ぶっちゃけ、分かんねぇ。どうしたいのか。でも、お前を殴りてぇ」
「あっそ」
銀八は煙を吐き出した。
その時、煙の向こうで屋上の扉が開いて沖田の顔が覗いた。
目を見開いた銀八に、土方も扉の方を見る。
修羅場の気配だ。
「あ、やっぱいた」
沖田は近付いて来ると、土方の顔を覗き込んだ。
「・・・なんだよ」
「昨日泣いてると思ったんですがねェ。俺の気のせいか?」
「なんで俺が泣くんだよ。馬鹿か」
「写真でも撮りゃ、一稼ぎできると思ったのに」
土方は黙り込んだ。眉間に深く皺が寄っている。
「銀八、俺ってマゾなのか?」
助けを請うように見る土方を、銀八は冷たく見返した。
「自分で考えろ」
「・・・・・」
諦めの溜息を吐いて土方は沖田を見た。
「お前、この腐れ教師が好きなのか?」
―――おいおい、単刀直入過ぎるだろ。
銀八は思わず二人を見つめた。
「嫌いじゃねぇよ。こんな面白いせんせーいねぇもん」
「好きじゃなきゃキスなんて出来ねぇだろ?男に」
そこで初めて沖田は少し考えるように口を噤んだ。
銀八が口を挟める雰囲気ではなかった。
修羅場があまり得意ではない銀八にとっては、返って都合がいいのかもしれない。
“逃げない”と言った土方の言葉は本気のようだ。
自分でも怖くて、ここまではっきりとは聞けないだろう。
銀八は息を呑みながら二人の遣り取りを傍観した。
「・・・俺が男にキスできれば土方さんが俺を避ける理由が分かるって、先生が言ったんでィ」
「はぁ?」
土方は銀八をじろりと睨んだ。
ジョーダンのつもりだったのよ、と呟いた言葉は土方に無視された。
「でも、嫌いだったら普通出来ねぇよな?」
再び沖田に向き合って土方は訊ねる。
「・・・そうだなァ、嫌じゃなかったみたいですぜ。先生上手いし」
他人事のように言った沖田の言葉に、土方から殺気が迸った。
銀八は思わず緩む口元を必死に手で隠した。
喜んでいる場合ではない。殺される。
「―――俺が逃げたからか?だからこんな事になったんだな」
土方は両手の拳を握り締めた。そんな土方を、沖田は不思議そうに見つめた。
「逃げた・・・って、何からです?」
「お前から」
「・・・・俺?避けてた事かィ?」
「・・・ああ」
言っちゃうのか?言っちゃうんだな、おい。
黙り込んだ二人を見つめながら、銀八は決着が近くまで来ているのを感じた。
「俺はもう充分考えた。今度はお前が考えろ」
「・・・はあ・・・、」
ちらりと銀八に視線を走らせた土方に、自分も覚悟を決めるべきなのかと悩む。
この期に及んで、まだ迷っている自分が汚い生き物に思えて仕方なかった。
欲しい。その気持ちは本当なのに。
そんな銀八の心中を知っているのかいないのか、土方は構わず続ける。
「俺も、あの馬鹿教師もお前が好きだ」
―――マジで言っちゃったよ。
銀八の口から煙草がぽろりと落ちる。
沖田は大きな瞳を見開いて、銀八と土方を交互に見た。


「アンタら、ホモだったんだ」
土方の決死の告白に対する、沖田の第一声はそれだった。















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う〜〜ん・・・。



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