第一訓   我慢は身体にも心にも良くないからやりたいコトしたらいいんじゃない?







「一本くれよ」
校舎の屋上。
一人煙を吐き出す銀髪の男に土方は後ろから近付いた。男は気だるげに振り向く。
「お前未成年だろ。てか、誰?」
「・・・おい。マジじゃねぇよな」
土方は頬を引き攣らせた。死んだ魚のような目をした白衣の男は、信じられない事にこの学校の教師だ。
「ああ、X組の多串君か。何?また浪人したの?」
「手前のクラスの生徒の名前くらい覚えろよ、いい加減!」
「・・・アレ?」
素でボケるから手に負えない。土方は項垂れた。
「嘘でもいいからそこは冗談だと言ってくれ・・・」
「いや、もうなんか全体的にだるくて」
それは見れば分かる。土方は呟いて男の白衣のポケットに手を伸ばした。煙草を探り、一本取り出す。
「火、くれ。火」
男はライターを土方に投げた。
「肺癌になってもセンセーは責任取りませんからね」
「責任ってぇ言葉は知ってんだな」
言いながら咥えた煙草に火を点ける。
「おま、教師馬鹿にすんなよ。道徳って言葉も知ってますー」
「知ってるだけじゃなぁ」
この銀八という教師はやる事も言う事も滅茶苦茶で見ているだけでだるくなるが、話の分かる大人だと土方は思う。
朝から黒板に自習という文字が書かれていて、当の本人はこんな所でサボりだ。
真面目な生徒には迷惑だろうが、そもそもそんな生徒はZ組にはいない。
「いい天気だなぁ・・・」
土方が煙を吐き出した時、
「見やしたぜ」
突然後ろから声が聞こえ、土方は飛び上がりそうになった。何時の間に背後にいたのか、振り返ると同じクラスの沖田総悟が立っていた。
沖田はにやりと笑うと、大きく息を吸い込んだ。
「みんな〜!サボってこんなトコで煙草吸ってる悪い子がいるよ〜!」
「アホッ!大声出すな!」
土方は沖田の頭を力任せに殴った。
「アンタらが仲良しだとは知らなかったぜィ」
後頭部を擦りながら、沖田は二人を見比べた。
「仲良し?名前も覚えてもらってねぇのにか?」
皮肉を込めて土方は銀八を見た。銀八は頭を掻きながら、いかにも億劫そうに口を開く。
「人の顔と名前覚えるの苦手なんだよ、俺」
「そういう問題じゃねェでしょう。仕事なめてんのかィ?せんせー」
土方が口を開きかけた時、沖田がそれを遮った。土方は沖田の珍しくまともな言葉に頷く。
「そうだ。教師としての自覚あんのか」
「・・・てか、君はどうして、てやんでィ言葉なの?江戸ッ子なの?」
「話逸らしてんじゃねぇよ」
「ちゃきちゃきの江戸ッ子でィ」
「・・・お前も逸らされるなよ」
これ以上話すのは無駄だと土方が諦めの溜息を吐いた時、チャイムが鳴った。
「時間切れでさァ。貴重な休憩だ」
ぽん、と手を叩き、沖田は急いで校舎へと戻っていく。
「・・・寝てるだけのくせしやがって・・・」
土方は煙草の火を揉み消した。銀八も同様に火を消し、やれやれと伸びをした。
「なんか、疲れたなぁ〜」
「何で手前が疲れるんだよ!」
土方が怒鳴ると、ところで、と銀八は振り向いた。
「あんな可愛いの、クラスにいたっけ?」
銀八の言葉に土方は首を傾げる。
「可愛いの?」
「今のべらんめェなヤツだよ」
「総悟か?・・・全然可愛くねぇよ」
いや、と銀八は顎に手を当てた。
「あれは是非セーラー服の方を着て欲しいねぇ。おじさん脱がしたくなっちゃうね〜」
「教師の・・・っつーか人間の風上にもおけねぇヤツだな、お前」
ばかばかしい、と、土方は息を吐き出した。
「アンタのクラスの女子はレベル高いって評判だぜ?」
「いや・・・、うん・・・。面は確かに皆いいね。・・・でも何であんなのばっかなの?俺にとっちゃ動物園だよ。気分は猛獣使い?」
「・・・・・・・・・・まぁな」
土方は否定の言葉が見つからず、腕を組んだ。
「あ、ちょっと真面目に教室行こうかなって思えてきた」
にやりと笑みを浮かべる銀八に、土方はどこまで本気なのかと疑う。
「アンタ本当にどうしようもないな。言っとくがあいつの性格は最悪だぜ」
「随分詳しいみたいじゃねー?」
「腐れ縁だよ。いつもあいつが俺のまわりちょろちょろするからうっとおしいんだよ。てか、あいつの悪ふざけはマジ笑えねぇ」
思い出すだけで腹が立つ。
幼稚園の時からの付き合いとは言え、沖田が何を考えているのか今だにさっぱり分からない。
初恋をぶち壊された事に始まり、川に突き落とされたり、制服を隠されたり、クラスで何気に出したハンカチに口紅がべっとり付けられていて、ひどい噂が立った事もあった。
「それって犯人全部あいつなの?」
「ぜってーあいつだよ!あいつしかいねぇよ!わざとらしく目の前で口紅落としやがって、“危ない危ない”って笑いやがったんだぜ!?」
「センセーが思うに、それは苛めだね」
「・・・・・・・・・・やっぱそう思うか?・・・・・・・・・そうじゃねぇかとずっと思ってたんだが・・・・・・」
「安心しなさい。センセーがお仕置きしといてあげるから」
「ちょっと待て!!やっぱお前に言った俺がばかだった!!」
土方は慌てて扉を開ける銀八の肩を掴んだ。
「センセーを信じなさい。相談受けたからにはきちんと対処しなくちゃな」
「胡散臭さ滲み出てんだよ!あいつに余計な事するなよ!てか、喋るな!!」
銀八は振り向くと、土方をじっと見た。
「君、若いね〜」
「・・・は?」
「人生短いんだから。好きなことすんの俺は止めねーよ?」
話に脈絡がない。煙草の事だろうか?と土方は首を傾げた。
「・・・止めようが関係ねぇよ。俺は俺の好きな事するに決まってんだろうが」
「そうそう。俺も好きなよーに生きるの」
「見れば分かるって」
たまに、銀八が大人に見える。
そんなこの教師をやはり嫌いではないと土方は思った。

















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・・・なんか、こんなカンジになっちゃった。



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