3Z的日常




私が女として尊敬する志村妙姐御。
姐御は強くてかっこいい。そして綺麗で可愛くて、一人の男に骨まで愛されている。
その男を鼻にも掛けない凛々しさが、私の憧れだった。
私は男に愛される所か、近寄って来るのはSの字をTシャツに貼り付けてるいけすかない男だけ。
「おぉ〜い。チャイナ、今日はミントン勝負といくかィ?」
人の顔見れば勝負勝負と、この男、沖田総悟の目に私は女として映ってはいないらしい。
昼休みの3年Z組の教室で、私は大袈裟に溜息を吐いて見せた。
こんな事を考えるまでは、アホみたいにこの沖田との勝負に付き合っていた私だったが、最近になって少し嫌気が差していた。
私もバトル漫画よりラブコメが好きな思春期の少女なのである。
「どうしたんでィ?」
「・・・私は大人アル。ガキに付き合うほど暇じゃないヨ」
ふん、と澄まして顔を逸らした私を、
「バスケにするかィ?」
そう言って、沖田は覗き込んできた。
「近寄るな、馬鹿!!この無神経ドS男!!!」
――――実は私はこのいけすかない無神経ドS男が気になっているらしい。
と、言うより、ぶっちゃけ好きみたいだ。
沖田の顔がすごく綺麗だと言う事に気付いたのは、柔道の投げ技を決めた時。
沖田が図太い神経の後ろに繊細な心を隠し持っていると気付いたのは、腕相撲で勝った時。
「細ェ・・・」
手を組み合わせた時呟いた彼は、多分手加減したのだと思う。
手加減されなくても勝つ自信は充分にあったが、その行動は普段の彼から想像もつかなかった。
様々な勝負の結果は幾らか私がリードしていた。
その内のどれだけ沖田が手を抜いたのか。思い当たる所は幾らかある。
初めはそれに苛立たしさを感じたが、その内それが違うものに変化していた。
私は彼とバトルではなく、ラブコメがしたい。
そう思い始めていた。
けれど、少しもそれに気付く様子のない沖田にやっぱり苛つく。
すこぶる機嫌の悪い顔で睨みつけると、沖田はきょとんとした表情で首を傾げた。
「ああ、ひょっとしてアノ日かィ?」
私は思い切り彼の顔面に飛び蹴りを入れた。
「アノ日ってなんだ!?コルァァァっ!」
「・・・テストで赤点取った日」
沖田は鼻を手で押さえながら言った。
「そんなのは何時ものコトアルっ!」
「そうだった。すまねェ」
「謝るなぁっ!余計ムカつくぅぅぅ」
地団駄を踏んで私は思う。
こんな風に一人の男に振り回される私は、憧れとは正反対だ。
姐御の様に凛々しく、わき目も振らずに生きたいと願っているのに。




「どうしたの?神楽ちゃん」
机にうつ伏せる私に声を掛けてきたのは志村の姐御だった。
顔を上げて、にこやかにこちらを見る姐御に呟いた。
「・・・私、姐御になりたい」
「あら・・・、どうして?」
「姐御みたいに、男に振り回されない女になりたいアル」
「・・・・・」
少しだけ、その綺麗な黒目を見開き、彼女は微笑んだ。
「充分振り回されてるわよ?」
「・・・でも、姐御は男を好きになんてならないヨ。そこがかっけーヨ。あんなに好かれたら少しは鼻に掛けるのが女って生き物ネ」
「――――ばかね、神楽ちゃん」
そう言って笑った姐御の表情に、私は言葉を失った。
「え・・・?」
「素直になりたくてもなれない。・・・そんな不器用な女になりたい?」
「――――え・・・?」
――――まさか・・・。
あんなにも足蹴にしてる男を・・・?
私は驚いて彼女を見つめた。
「私みたいになっては駄目よ」
私は何も言う事が出来なかった。
でも、それでも、姐御は綺麗だと、そう思った。




「――――神楽・・・、さん・・・」
昇降口で見たこともない男子に呼び止められ、私は振り向いた。
「何か用か?つか、お前誰ネ?」
「僕・・・、僕は・・・・、神楽さんが好きですっ!!!」
せーてんのへきれき。
良くは分からないが、空と地面が引っくり返ったような衝撃だったと思う。
心臓が飛び上がったかと思った。
「僕は身体が弱くて・・・、何時も元気な神楽さんに憧れてました」
「・・・・・・」
「その、いつもその分厚いメガネ掛けてるけど、すごく可愛いコトも知ってるし・・・」
マジでか。
大きく口を開けたまま、私はその男子を上から下までじっくりと見た。
ひ弱そうな印象はあるけれど、顔は結構可愛いと思う。
「・・・僕は君を守る事は出来ないかもしれないけど、でも、友達から初めてもらえませんか?」
もういっそ、こいつでいいかもしれない。
ぐらぐらと気持ちが揺れる。
女は愛するより愛される方が幸せだと言ったのは、マミーだったか。
望みのない恋心を持て余すよりは・・・。
私は恐る恐る口を開いた。
「――――友達からなら・・・」
いいアル。
そう言い掛けた時だった。
「駄目に決まってんだろィ?」
急に視界を遮ったのは学生服。その上には見慣れた茶髪。
私はごしごしと自分の目を擦った。
起きたまま寝ぼけたかと思った。
「男が“守れない”なんて簡単に言うもんじゃねぇや。出来なくても出来るって言い切れ」
沖田の迫力に、男子は可愛そうなほど怯んでいた。
「つか、こいつはそんじょそこらの男にゃ相手にならねぇよ」
「ちょ、待てや。沖田。私は告白されてるネ。挑戦受けてるワケじゃないアル」
ぐい、と沖田の肩を掴んで言った私を振り向いたその目。
さっきとは比べ物にならない程私の心臓は五月蝿く騒いだ。
「―――お前、このやさ男が好きなのかィ?」
好きじゃない。
私が好きなのは一人だけ。
やっぱり、どうしても、一人だけ。
涙が出そうになった。
必死でそれを堪え、俯いて言った。
「何でもいいアル。好きになってくれるなら誰でもいいアル。どうして邪魔するか?」
「――――そんなら、俺にしときなァ」
信じられない。
お前がそんな事を言うなんて。
直ぐに頷きたい衝動を堪えて、私は顔を上げた。
「やだ。そんないい加減な決め方できないアル」
「誰でもいいってのはいい加減じゃねぇのかィ?」
「――――お前だけは、いい加減じゃやだ・・・」
「――――・・・」
告白したも同然。
気付くと、私に告白した男は姿を消していた。
こんなややこしい気持ちさえなかったら、何時も通りの日常が私を待っている筈だった。
どうして気付いてしまったのか。
でも、後悔なんて出来なかった。
気付かなかったら何時までも、沖田が綺麗なコトも優しいコトも知らなかった。
「・・・じゃあ、真剣だったらいいんだな?」
――――こんな言葉も聞けなかった・・・。
私はゆっくりと頷いた。
「お前にゃ俺くらいが丁度いいんでィ。四の五の言わず俺にしときな」
嬉しくて、本当は直ぐにでも頷きたいのを私はやっぱり堪えた。
きっ、と沖田を睨みつける。
「どーいう上から目線の告白だー!?男らしくはっきり好きって言えやぁぁぁっ!?亭主関白は許さないアル!!!」
「・・・・・」
沖田は大きく目を見開き、次の瞬間吹き出した。
「―――やっぱり、手に負えるのは俺しかいねぇよ」
「お前を手懐けれるのも私だけネ」
負けずに言い返す私の手を、沖田はそっと握った。
そのまま手を引いて歩き出す。
「おあずけだったミントン勝負、やるぜィ」
私は溜息を吐いた。
こうなったら何でも付き合おう。
コイツに恋愛上手になれと言っても無理だし、私はやっぱり姐御の様にはなれないみたいだ。
その時、
「・・・好きだよ・・・」
聞き間違いかと思うほどの小さな呟きが前から聞こえた。
同時に、姐御の声も聞こえた気がした。
――――私の様になっては駄目よ―――
「――――私もっ!私も、お前が大好きアル!!」
気が付くと、周りが振り返るほどの大声で叫んでいた。
振り向いた沖田は顔を真っ赤に染めていた。
「だったら、誰でもいいなんて言うんじゃねぇよ」
彼は恥ずかしいのではなく、照れているのだ。
沢山の人が擦れ違う廊下で抱き締められた。
それはすごくすごく幸せな感触で、私はその胸の中で目を閉じて思った。
姐御も早く素直になるといい。

そうしたら、こんなにも幸せな気持ちになれるのだ。

















///////////////////////////////////////////////////////////
ぐわぁ。どこまでニセモノにすれば気が済むのかっ!?
でもね〜。甘ったるい二人が書きたくて〜。
もうちょっと距離を縮めて欲しくて〜。


戻る