アイドルと武装警察











「こんな形でまた会うなんて、思わなかったんたんたぬき」
沖田にそう言ったのは、真撰組の一日局長を務めるアイドル、寺門通。
隣に居た土方はお通の言葉を聞き、眉を顰めて沖田を見た。
「何だ、お前ら顔見知りか?」
「そんなんじゃねぇよ。この人がまだ道端で歌ってた時取り締まったんでさァ」
「・・・そう、忘れもしない。沖田さんの最初の一言。“歌うならそれなりの場所で歌いな。道路交通法違反でしょっ引くぜィ”・・・きゅんとした。その言葉で、私は“それなりの場所”で歌う為に頑張れたの」
「変な女だろ?」
土方は何と答えていいか分からず、口を噤んだ。
「結局、振られちゃったけど」
「振ったのか?」
「そりゃあ、振るでしょう。俺にはアンタがいるんだし」
当然の様に言い放つ沖田に、土方は再び言葉を無くす。耳が赤くなるのが自分でも分かった。
「ホモだったなんて酷い。その後ヤケで付き合った人とはスキャンダルであんな事になっちゃうし。・・・こうして会ったのも何かの縁だと思う。真撰組の親分を恋の虜にしてやる」
どうりでおかしいと思った。近藤と親しげにする彼女を見て、土方はずっと不思議に思っていた。
近藤が普通の女とあんなに気が合っている所を見たのは初めてだった。
「―――止せよ。あの人はもともと普通の人だ」
僅かに顔色の変わった沖田に、お通は小さく微笑んだ。
「弱点見つけた。じゃあ、その人と別れてくれたら止めてあげる」
「そんなのお安い御用でィ」
「・・・おいっ」
土方は驚いて声を上げた。天国から地獄に突き落とされた気分だ。
「じゃあ、ついでにお互いのオフの日は秘密のデートしてくれること」
「調子乗ってんじゃねぇぞ、この女」
土方はお通を睨んだ。大抵の犯罪者はこれで竦むのだが、彼女には通じない。
「真撰組の副長と隊長がホモって、ちょっとしたスキャンダルじゃない?」
「・・・俺ァ、気にしねぇけど、近藤さんは困るかもなァ」
「・・・総悟。何言ってんだ。こんなバカドルのいう事聞く気か?」
「だって、近藤さんが困るのは俺も困る。土方さんだって困るだろ?」
「――――・・・」
確かにその通りだった。こんな個人的な件で、真撰組に影響を与えるなど有り得ない。
「・・・じゃあ、決まりね・・・?」
お通は勝利の笑みを浮かべ、土方を見た。屈辱で土方の血管は切れる寸前だ。
「すごい、初恋が実るなんて!夢も恋もしつこさが大事ねくろまんさー!」
「別に実っちゃねぇだろ。交換条件でィ」
あくまでも冷たい沖田の態度だが、お通は嬉しそうだ。
突然の恋敵の出現に、土方は為す術もない。
・・・そもそも、恋敵とすら呼べないのではないだろうか?
近藤の事以外では顔色さえ変えない沖田を見ながら、土方は思った。



久し振りの沖田のオフ。
早速お通と会う約束をしたらしい彼は、面倒臭そうに出掛ける用意をしていた。
「・・・で?何処に行くんだ?」
「大江戸遊園地だってよ」
「ままごとだな」
「間違っても後付いて来たりしないでくだせぇよ。あんたは今日がっつり仕事なんだから、しっかり隊務に励んでくだせェ」
「・・・お前にだきゃ、言われたくねぇセリフだぜ」
土方は溜息を吐いた。
「・・・ホモだってスキャンダルと、アイドルとのスキャンダル、どっちが真撰組にとってイメージアップになると思いやす?」
「・・・・・」
土方はサングラスをかける沖田を苦々しく眺めた。
「どうです?似合いますかィ?」
「何でお前が変装すんだよ」
「付き合いでさァ」
「意味がわかんねぇよ」
屯所を出て行く沖田を見送りながら、土方は再び重い溜息を吐き出した。
「結構楽しんでじゃねーか・・・?」
つか、俺、振られんの決定?
先程の沖田のセリフを思い出しながら、土方は呟いた。



それは、普通のカップルでは当たり前のデートだった。
と、沖田は思う。
何しろ、女と二人きりで出掛ける事が初めてなのだから何とも言えないが、それなりに楽しかったし、彼女も満足そうだ。
――――けれど・・・。
閉演時間が間近に迫った頃、沖田は後悔を覚えていた。
「あ〜、楽しかった!」
そう言って、お通はサングラスを外すと沖田を嬉しそうに見た。
「こんなに遊んだの久し振り!」
「気が済んだかィ?」
つられて笑みを浮かべた沖田に、お通は悪戯っぽく微笑んだ。
「まだ。・・・お別れのちゅーがまだだよ?」
「全く・・・、アンタ自覚なさすぎだぜィ。今日だって、気付いてる奴結構いたと思うぜィ?」
「構わない。アイドルにスキャンダルは付き物だよ?私、沖田さんとだったら、全然構わないよ」
沖田はお通から視線を外した。
「・・・こう見えて俺ァ、結構固いんでね。責任取れねぇ事ァしねぇタチなんでィ」
「責任・・・、取る自信ない?」
「一度痛い目にあったんだろ?」
「あったから言えるの。大丈夫だって。私はどんなになっても歌い続けられる」
「・・・・・」
「―――あっ、」
その時お通は、沖田の背後を見て眉を顰めた。
沖田が振り返ると、土方がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「もう邪魔が来た!アイドルよりお迎えが早いってどういう事!?時間がないよ!」
そう言うと、お通は沖田の首に腕を絡ませた。
「・・・俺ァ、浮気は許さねぇぜ」
「勿論」
「飯はちゃんと作らねぇとちゃぶ台引っくり返すし、掃除の手抜きも許さねェ」
「努力する」
そんな二人を見て、土方は顔色を変えた。
「何してんの?お前等。お前、その顔で亭主関白かよ。つか、本当に何の話っ!?」
土方をまるで眼中に入れないで、お通は唇を沖田のそれに近付けた。
「――――仕事も勿論、辞めてもらう」
「―――――」
触れ合う寸前、お通はその動きを止めた。
「・・・本気で言ってる・・・?」
「俺ァ、見合う分の働きはするんでね。女は家を守る、それが沖田家の舌きりなんでィ」
「・・・しきたり、な」
思わず突っ込みながら、土方は二人を見つめた。
目の前の瞳を探るように見つめるお通に、真剣な表情のままの沖田。
異様な緊迫感だった。
しばらくして、お通は沖田からそっと離れると、微笑んだ。
「それは、嫌ンバルクイナ」
微笑んだその頬を涙が伝った。
「・・・ありがとう。本当に楽しかった」
呟くように言って、お通は踵を返すと走り出した。
「・・・送ってやんなくていいのか?」
さすがにお通が気の毒で、土方は沖田に声を掛けた。
「ちゃんと迎え、来てやすぜ。あの人ぁ、俺等とは人種が違うんでさァ」
今日一日一緒に居て、よく分かった。
変装していても隠し切れない、本物のスターとしてのオーラが彼女からは溢れている。
それは決して、自分などが独り占めしていいものではない。
彼女が迎えの車に乗り込むのを見届けると、沖田は彼女に背を向けた。
「・・・お前ん家の仕来りなんて、初めて聞いたぜ?」
「知らなかったんですかィ?俺んとこに嫁ぐ気なら、アンタも覚悟しといてくだせェ」
「―――馬鹿っ!嫁ぐのはお前!!」
意味不明の言い合いをしながら、土方は沖田の横顔を見た。
彼女を突き放した沖田の冷たい言葉は、彼の本意ではない筈だ。
邪魔だから、嫌いになったらから。そんな風には土方には見えなかった。
多分、本当に彼女の事を思った故の言葉だったのだろう。
その優しさに、正直驚いていた。
「・・・実は惜しかった、とか思ってねぇか?ちょっとはその・・・、いいと思ったんだろ?」
沖田は歯切れの悪い土方をちらりと見ると、笑った。
「何探り入れてんでィ?」
「そ、そんなんじゃねぇよ!でも俺だって意地があるからな。本気じゃねぇお前なら・・・、いらねぇ」
「――――土方さんが、いいよ」
「―――――」
土方は目を見開いて沖田を見た。
「俺はやっぱり、アンタがいいよ」
「――――・・・」
沖田の言葉に安心しながら、土方はお通の去った方向を振り返った。
二人の間に僅かでも通った切ない想いを、複雑な思いで噛み締める。
そして、これからはもう少し芸能人としての彼女を応援しようと密かに心に決め、土方は沖田と共に帰路についた。
















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またもやずるっこ更新。
前好きだった人がホモだった。
そんなお通ちゃんのセリフ見た途端に浮かんでたネタ(笑)
つか、土沖だけど(笑)

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