激しく降り続ける雨が、あの人を濡らす。
微動だにしないその姿が、罰を乞う様に見えた。
許しではなく、罰を。





「・・・いつまで、そうしてんですかィ?」
背後から声を掛けると、彼はゆっくりと振り向いた。
そんな、八つ当たられても困んだけど。
怒りの滲んだ瞳で見つめ返されて、沖田は苦笑を浮かべた。
「アンタさァ、少し休んだ方がいいんじゃねぇですかィ?」
何度、彼―――土方は真撰組の為に仲間に手を掛けただろう。
主な理由は裏切り、脱走、隊規違反。
一度は笑い合った相手を斬るその辛さは解る。解るが、仕方のない事だろう。
土方一人が責任を負う必要は何処にもない筈だ。
伊東鴨太郎をその手で斬り捨てた後、土方は彼が担っていた仕事も引き受けて奔走していた。
――――こんな姿を見るくらいなら、俺がやれば良かった。
沖田はそう思ったが、土方は必ず己の手で始末を付けたがる。
どれもこれも仕方がない事で、既に済んでしまった事だ。
「もう、交代の時間です。帰りやしょう。ずぶ濡れじゃねぇか」
「・・・・お前もな」
付き合ってしまった自分に沖田は呆れ、口元に笑みを浮かべた。
「土方さんのせいですぜ」






屯所に戻った二人はそれぞれ風呂で身体を温め、そして土方の部屋に居た。
「・・・もう一回言うけどよ、アンタ少し休暇取れよ」
縁側に腰を下ろし、沖田は降り止まない雨を眺めていた。
土方は部屋の真ん中で煙を燻らせている。
「別に、疲れてねぇ」
「真撰組の事ァ、俺に任せろよ。別に副長一人いねぇくらい何ともねぇよ。つか、俺の将来の為?」
「・・・しつけぇな。休んだってする事なんざねぇよ」
「いいじゃねぇか、武州にでも帰れば。俺と違ってアンタは帰る場所あんだからよ」
言って、沖田は自分の言葉に顔を顰めた。
土方は沖田の帰る場所を奪ったのも自分だと、何故かそう思い込んでいる。
「じゃなきゃ、女のトコにでも行けばいい。馴染みの一人や二人いるんだろう?」
先程の科白を誤魔化すように、沖田は慌てて付け加えた。
「・・・今日は良く喋るな、総悟」
沖田は言葉に詰った。
やはり、らしくなかっただろうか。
上手な慰め方など解らない。いや、もともと慰めるつもりなどない。
自分一人で責任を背負っているつもりの土方に、もやもやした物を感じるだけだ。
考え込んでいると不意に肩を掴まれ、沖田は後ろに引き倒された。
「―――――うわっ」
声を上げた唇に、土方のそれが被さる。
沖田はただ驚いて、目を見開いた。
「・・・故郷なんてねぇし、馴染みなんて上等なモンもねぇよ」
そんな事はないだろう。
目前に迫った土方の整った顔を見つめ、沖田は心の中で呟いた。
「どうしてもって言うなら、お前が代わりになれ」
「―――――いや、俺は無理・・・」
慌てて起き上がろうとした肩を押さえ付けられ、再び口付けられる。
―――――俺じゃ、癒しにならねぇでしょう?
固く目を瞑って土方に応えながら、沖田はそう思った。
誰でもいいというなら、やりたいだけなら、相手してやってもいいかもしれない。
けれど、土方のこれは違う気がする。
八つ当たりの続きなら、彼自身がまた後悔するから止めた方がいい。
土方は縁側に仰向けに倒れた沖田を部屋の中に引き摺りこみ、障子を閉めた。
「・・・・土方さん、こんなんで俺はアンタを恨んだりしねぇよ」
「――――――」
「遠ざけてぇなら、無理だ。罰が欲しいなら、もっと違う方法にしなせェ」
二度と裏切りで傷付きたくない。
その土方の想いが嫌と言うほど解る。
同時にそれは、彼は誰も信頼していないという事にも繋がった。
しかし、それも仕方のない事に思えた。沖田自身、誰をどれほど信頼出来ているか怪しい。
「俺ァ、土方さんほど繊細じゃねぇから、仲間でも何でも虫けらみてぇに斬れるよ。実際、斬った。多分裏切ったらアンタも斬る。だからもう、副長の座は俺に譲って楽隠居しやいいんです」
「―――――・・・・・」
土方は沖田の瞳を黙って見つめたまま、黙り込んでいる。
しばらくの間そうした後、土方は項垂れた。
「・・・・悪かった」
肩に置かれた手の力が抜け、沖田はようやく起き上がる事が出来た。
「いいよ、別に。俺ァ、図太いんでさァ」
「悪かった。お前も一緒だった」
「何が?いいから、休めよ。近藤さんに言っとくからよ」
そう言って出て行こうとした沖田を、土方は止めた。
「休むなら、お前も一緒だ」
眉を寄せた沖田を、土方は抱き締めた。
何故、今の今まで気付かなかったのだろう。
あまりにも平気そうな沖田に甘えていた。
傷の深さなど、表からは計り知れない。
雨に打たれる土方に付き合ったのではない、沖田自身も罰を求めていたのだと。
彼自身気付いていないだろう、その悲しみに、今初めて気付いた。
悔しいのも悲しいのも、そして罪を被ろうとしているのも、土方だけではなかったのだ。
「・・・・付き合え」
「・・・・・」
躊躇いがちに頷いた沖田を抱き締める手に力が篭る。

雨の音は止まない。




















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ヤマもオチもないものを書いてしまった(いつもだ)短いし。
さぁ!次は高沖の続き書きたいなぁ〜っ!!


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