あなたがわたしにくれたもの







その日にどんな意味があるのかなんて知らなかった。
ただ、その日は何人もの女に待ち伏せられ、大小、様々な包みを押し付けられた。
両手じゃ抱えきれなくなり、捨ててあったダンボールに適当に突っ込んだ所で知った顔が現われた。
チャイナと、妙とかいう女だ。
「あら。恋敵がいっぱいね」
「みんな男見る目ないアル」
「・・・そろって何か用かよ?」
二人の視線が冷たい事にむっとして、沖田は口を開いた。
軽蔑の目で見られることはしていない筈だ。・・・今日は。
「やっぱり、やめるアル」
くるりと背を向けたチャイナに、妙は静かに口を開いた。
「意気地がないのね、神楽ちゃん。その程度だったってこと?」
「さっきから何の話してんでィ?てか、コレ何だか知ってんだな?」
ダンボールの中を指差して言う沖田に、二人は目を見開いた。
「・・・本気で言ってるか?お前馬鹿ネ」
「あんだァ?手前は知ってんのかよ?」
睨みあう二人に妙は微笑んだ。
「沖田君、その中身はチョコレートよ。銀さんが朝から、いいえ、一週間前からそわそわしてたけど、今日一つももらえなくて泣いてたわ。それを見せたらきっと逆恨みで殺されるわね」
「はァ?」
首を傾げる沖田に、神楽は詰め寄った。
「今日もらったチョコは男の勲章アル!お前は男の戦いに勝ったのだ!」
「・・・さっぱ分かんねェ。中身が分かったらいいや。俺ァ、こんな食わねーから旦那にやってくれィ」
面倒臭くなって、沖田はそう言うとダンボールごと妙に渡した。
「あら、残酷」
眉を顰めたのは一瞬で、妙はにっこりとそれを受け取った。
幾らで売れるかしら、との呟きはとりあえず無視する。
「そうだ、チャイナ」
沖田は隊服のポケットから酢昆布を取り出した。
「さっき駄菓子屋の前通ったから買っといた」
ぽん、と投げると、神楽は呆然とそれを受け取った。
ぽかんと口を開けたまま、大きな瞳を更に大きく見開いて沖田を見つめている。
「・・・何だよ、いらねぇのかィ?」
途端、首を横に何度も振り、神楽は沖田の放った小さな箱を胸に大切そうに抱き締めた。
「―――びっくり、したアル。お前がプレゼントくれるなんて地球明日割れるヨ」
「プレゼントなんて大したモンじゃねぇだろ」
神楽の驚き様に、沖田は少し気恥ずかしさを覚えた。
普通に、何時ものように単純に喜ぶと思った。
こんな事ならもう少しまともな物を買えば良かった、と思ったが、考えても他に神楽にあげる物など思いつかない。
そして、人に物をあげるという行為自体、初めてだという事に気がついた。
―――どうしたんだ、俺は・・・。
朝から頬を染めた女達に贈り物攻撃を受けた事に、触発されたのかもしれない。
「・・・ありがと、アル。でもやっぱり今日は私はチョコあげないヨ。悔しいから。来月待ってるヨロシ!酢昆布の礼はするぜィ!」
これは私が食うアル!
神楽は後ろ手に持っていた、りぼんのついた袋を沖田の目の前にかざして、笑った。
嬉しそうで、そしてどこか寂しそうなその笑顔に、沖田は何も言えなくなった。
理由が知りたいが、聞けなかった。
とりあえず、今日が何の意味がある日なのかを土方に聞こうと心に決める。
背を向ける神楽の後を追う妙は、ふと振り向いて神楽の持っていた袋に似た包みを沖田に渡した。
「それ、あんたのトコの局長に。私の手作りだって伝えて頂戴。後、義理だって」
「へェ・・・。これこそ、地球割れるんじゃねぇかィ?」
「仕方ないじゃない。これを食べれるのあのゴリラだけなんですから」
食べたかどうか、報告よろしくね。
妙はそう言うと、神楽の後を追った。



帰り道、リヤカーを引いて歩く土方にばったり会った。リヤカーには沖田が受け取ったのと似た包みが一杯だ。
「土方さん、知ってやすかィ?それ中身チョコなんですぜ?」
少し得意気に言ったが、土方は沖田に冷たい視線を送っただけだ。
「ああ、ウゼぇ。これ近藤さん見たらまた泣くぜ」
「俺ァ、旦那にやりました」
無事彼の口に入るかは別にして。
「なるほどな、あいつの悔しそうな顔見るのも楽しいかもな」
にやりと笑う土方に沖田は訊ねた。
「それです。なんで旦那が悔しがるんです?そのチョコに何の意味があるのかわかんねぇ」
「―――お前・・・、マジか?」
「マジでィ」
真剣に土方を見つめると、彼は大きく溜息を吐いた。
「バレンタインくらい五歳児でも知ってるぜ。女が好きな相手にチョコあげる日なんだよ。くだらねぇイベントだ」
「・・・・・」
ああ。
沖田は呟いた。
これで全ての謎が繋がった。
「じゃあこれ、近藤さん嬉しすぎてキュン死にするかもな」
妙から渡された包みを土方に見せた。
「一生に一度くらい、いいんじゃねぇか?」
沖田は小さく笑って、先ほどの神楽を思い出した。
彼女が持って帰ってしまったあの包み。惜しい気がするのは気のせいだろうか?




翌日、妙の手作りチョコを食べて食中毒を起こした近藤の事を報告しようと、沖田は志村宅を訪ねた。
妙は沖田の顔を見ると、にっこりと笑った。
「神楽ちゃんね、昨日のチョコ食べて家で寝込んでるのよ」
おかしいわねぇ、と呟く妙に「局長もですぜ」と告げ、沖田は促されるまま神楽の寝ている部屋へと向かった。
「姐御直伝の愛のスパイスが効き過ぎて下ったアル」
沖田の顔を見た途端、神楽は唸った。
「お前、食べなくて良かった、とか思ってるネ!顔に書いてあるアル!」
「・・・んなこと、ねぇよ」
神楽は、え?という顔で沖田を見た。
「俺ァ、知らねぇことばっかだ。もっと教えてくれよ」
腹を壊してみるのもいいかもしれないと思ってしまう、この気持ちは何なのか。
寝込んだ近藤さんがどうしてあんなに嬉しそうだったのか。
今まで素通りしていたものが一つ一つ、不思議な形を持って視界に入ってくる。
それは、神楽に「好き」と言われたその時から。
余計な事だと思う反面、もっと知りたいと思ってしまう。
昨日、自分は見知らぬ女達からのチョコを受け取るべきではなかったのだと、その夜気が付いた。もっと早く気が付いていたら神楽はあんな風に笑わなかった。腹を壊して寝込むのも自分だった。
口を噤み見つめる沖田に、神楽は笑った。
「いいヨ。なんてったって私は女アル。お前よりは色んな事知ってるネ」
自分ですら気付かない沖田の中の変化にも、彼女は気付いている。
悔しいが返す言葉は見つからなかった。
ふと見ると、神楽の枕元に酢昆布が置いてあった。
「そりゃあ、俺が昨日やったヤツかィ?」
指差して問うと、神楽は頷いた。
「私が速攻食べないの初めてネ。自分でもびっくりヨ」
そう言って彼女は再び笑顔を見せた。
「お前が私にくれた物は宝物らしいアルヨ」
じゃあ・・・。
沖田は呟いた。




お前が俺にくれたこの気持ちも、きっと――――――

















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掲示板で何やら呟いてましたが違えて書いてしまいましたよ。しかも一日遅れくらいの予定が一週間っすか!?
いやもう、本当に気分で生きているな、と実感(汗)ごめんなさい・・・。
実はこっそり捧げ物のつもりで書いていたのですが、どうにも魂篭らない半端な出来なので諦めました(項垂れ)重ね重ねすみません・・・。M様・・・。魂込めても半端ものしか書けないですけど〜(涙〜)
密かに(?)近妙好きです。

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