一万HIT&お誕生日お祝いにキリ様へ捧げます。


「ありがとう」



その言葉を教えてくれたあなたに――――




すごく、すごく胸の辺りがムカついて、苛々する。
それは山崎にとって、とても珍しい事だった。
何時も通り隊務をこなす沖田を見る時、何時も通り土方に斬りかかる沖田を見る時。
自分でもおかしいのではないかと思う程苛ついた。
沖田の姉が亡くなった時、彼は山崎達に、近藤に、そして土方に神妙に頭を下げて言った。
「私事で迷惑掛けてすみませんでした。色々と、ありがとうございました」
それは山崎が初めて見る沖田だった。
姉に対する、嫌に素直で真面目で可愛らしい沖田も、山崎にとっては驚愕を覚えるものだった。
世界が引っくり返った、と言っても過言ではないと思う。
多分それから、山崎は苛立ちを覚え始めたのだ。
山崎の知らない、近藤と土方と沖田姉弟の過去が解った。けれどそれは余計に彼等が遠く見える結果となった。
―――だって、そうでしょう?
山崎は寝転ぶ沖田を見て思った。
―――勝手に一人ぼっちになって、勝手に解決して。
テレビを見ながら煎餅をかじる沖田に心の中で語り掛ける。
―――そして一番大事なのは彼等だと認識して。
「ははははは」
顔は笑ってないのに乾いた笑い声を立てる沖田を見つめる。
―――最初から考える必要もない。貴方は皆に愛されてるんだから。
「・・・何か用かィ?」
不意に沖田に声を掛けられ、山崎はびくりと肩を揺らした。
「テレビ見てる俺が珍しいかよ?それとも一緒に見てぇのかィ?」
一瞬躊躇った後、山崎は黙って沖田の隣に座ると、テレビを眺めた。
今日は二人共夜番でもなく、何時になく静かな時間が流れていた。
「コレ、面白いですか?」
それは普通の恋愛ドラマだった。
「面白い。この女優の泣き顔がすげェ不細工で笑える。こんなに顔って変わるんだなァ」
―――なんでそんなに何時も通りなんですか?
腹立ち紛れに言おうとしたその言葉を飲み込むと、山崎は諦めてテレビに集中した。
本当に女優の顔以外は特に面白くも何ともないドラマだったが、中盤になって彼女の姉が死ぬシーンになった。
山崎は少しだけ息を呑み、こっそりと隣の沖田を見た。
沖田はやはり表情を変えず、画面を見つめている。
「・・・沖田さん、泣いてもいいですよ」
山崎は沖田に聞こえるか聞こえないか程度の声で呟いた。
「何で?」
その声が聞こえたらしい、沖田は不思議そうな顔で山崎を見返した。
その表情に、瞳に、山崎は言葉を失った。
それは何時もの無表情ではなかった。
感情を失ったのか、もしくは病気ではないかと山崎は本気で思い、背筋がぞっとした。
「・・・俺は、誰にも言いませんから。そんなに簡単に癒える悲しみじゃないって、解るから・・・」
ミツバがこの世を去ったその日、近藤も土方も泣き腫らした目をしていた。けれど、沖田はほんの少し、目元が赤いだけだった。
それが山崎は心配だった。
何時だって手を広げて待っているのに。
沖田が自分をただの仲間じゃなく、頼りになる友として見てくれのを。
彼が声を上げて泣ける場所になりたかった。
親友だと言って姉の前に連れて来るのが、何故自分ではないのか。
それに腹が立った。
何しろ、沖田は山崎のアフロにも気付かなかったくらいだ。気付いてくれるまでやっていようとムキになったけれど、結局負けた。
彼の中の小さな存在の自分が哀れで泣けてくる。
けれど、それは仕方の無い事なのだ。そう思い、山崎は唇を噛み締めた。
あの人の存在が大きすぎるのだから。
「変なヤツだなァ、泣きたい時は勝手に泣くから心配すんなィ」
言って、口元を笑みの形に動かした沖田を見た瞬間、山崎は立ち上がっていた。



「旦那・・・!」
万事屋に駆け込んだ山崎を見た銀時は、
「どしたの、お前」
そう言って驚いた表情を浮かべた。
「泣いてるんです・・・、沖田さんが、泣いてるんです・・・!」
「泣いてんの、お前じゃん」
山崎はぐいっと袖で自分の涙を拭った。
「俺はいいんです。でもあの人は・・・、痛いんです」
「ああ、あれはイタイ男だね」
「助けて下さい・・・!悔しいけど、俺じゃ駄目なんだ。真撰組の誰でも駄目なんだ。あんたじゃなきゃ駄目なんだ!」
見上げた山崎を見返したのは、予想外に優しい銀時の瞳だった。
「また俺を呼んでんのか。ワガママなヤツだな、アイツ」
本当に我侭だ。
こんなに沢山の人間に愛されながら、まだ愛を強請る。
けれど、そんな寂しい人間が、山崎は好きだった。
何でも、どれだけでも差し出したくなる。
全てをあげるから、笑って欲しい。
それは疎外感よりも、小さな怒りよりも、山崎の中を大きく占める感情。
苛立ちの正体は全て、この感情によるもの。
銀時はきっと沖田を元に戻してくれる人間だと確信していた。
悲しいけれど、悔しいけれど、彼しかいないのだ。
主のいなくなった万事屋で、山崎は声を上げて泣いた。
「好きです・・・、好きです・・・!好きなんです・・・!」
何度も繰り返す山崎の頭を、神楽と定春が撫で続けてくれた。







「・・・どうしたんでィ、旦那、息上がってますぜィ?」
既に何度か訪れている、真撰組の沖田の部屋へ銀時は上がりこんだ。
「また俺の事、呼んだだろ?」
「・・・空耳じゃねぇかィ?」
「聞こえたんだよ。いいからちょっと来いや」
「今から?」
驚く沖田の腕を掴むと、銀時は屯所の外に出た。
「何処行くんでィ?」
「人気のないトコ」
「何考えてんでィ、スケベ」
「ばぁか。何考えてんだ、エロガキ」
真剣な表情で手を引く銀時を見つめ、沖田は呟いた。
「・・・おせっかい・・・」



月の明かりを頼りにどれだけ歩いただろうか。
町を抜け、辺りの風景が変わると、さらさらと水の流れる音が聞こえてきた。
それは田畑の間を流れる小さな川だった。その川岸に二人は腰を下ろした。
「何処でィ?ココ」
「知らね。すっげ歩いたな、疲れたよ、バカヤロー」
「・・・疲れてまで、なんでこんな事するんでさァ?」
「またお地蔵さんになってやろーと思って」
そんなことだと思った。
沖田は小さく呟いて息を吐き出した。
「・・・何にもねぇよ。アンタにあの時言った事が全てでさァ」
「そうかぁ?」
銀時は徐に懐から煎餅を取り出すと、ばりばりとかじりだした。
「辛ぇ。食えねぇよコレ、マジで。・・・食う?」
「俺ァ、昔から食ってるから辛くねぇよ」
沖田は銀時の手から煎餅を受け取ると、それを眺めた。
「アイツさぁ、土方。それ食いながら泣いてたよ」
「・・・そうかィ」
「もう、許してんだろ?」
「―――言っただろう?惚れた者同士の事にこれ以上何か言う資格なんて、俺にゃねぇんでさァ」
沖田は一口、煎餅に口を付けた。少しだけ顔を顰め、再び口を開く。
「・・・違うんでさァ、アンタ等は何か勘違いしてる。姉上は幸せだった。気に食わないあのヤローもちゃんとあの人なりのやり方で姉上を大事にしてた。俺が泣くような事、ねぇだろう?泣いたら、姉上に失礼じゃねぇかィ?」
「辛。マジコレ辛。ちょ、水持ってない?」
「聞いてんのかよ」
銀時は小川の水を飲んで、沖田を振り返った。
「それこそちげーだろ。単純に大事なモン失くしたら泣いてもいいんじゃねーの?」
「・・・だって、泣きたくねぇもん。山崎も旦那も・・・、何言ってんでィ」
「―――ああ、そうか」
銀時は沖田の頭に手を置いた。
「考えてんのは土方の事じゃねぇんだな、自分の事か」
「―――――・・・」
沖田は顔を伏せた。
「・・・俺さえいなかったら、って、考えた事は考えた。姉上は病気にならなかったし、あのヤローにも会わないで、他の誰かと普通に幸せになれたかも・・・って、思った事は思った。・・・けど・・・」
「違うよなぁ、そんなの」
銀時の言葉に沖田は頷く。
「そんな今更どうにもならない事考えても仕方ねぇんでさァ」
「その通り」
「―――だから、何も考えないようにしてた」
「・・・・思い出しても、やらねぇの?」
「・・・・・」
沖田は隣に座った銀時の横顔を見つめた。
少しだけ間を置いて、銀時は考えるように口を開いた。
「考えてもどうにもならないって解ったら、後は思い出して、泣いて笑ってやればいいって、俺も最近ようやく気付いた」
「――――旦那・・・」
月明かりに照らされた銀時の横顔が白く浮かび上がり、その表情は固く強張る。
沖田はその横顔に釘付けになった。
それは自分のとは比較出来ないくらい、重い過去を持った人間の言葉に聞こえた。
きっと、彼も未だ笑えないのだ。思い出して泣けないのだ。
自分は今までこの人の何を見てきたのだろう、と、沖田はその時思った。
「・・・旦那は、何を失くしたんで?」
聞いていいものか一瞬躊躇い、沖田は恐る恐る口を開く。
銀時は先程の凍りついたような表情を消して、沖田を見た。
「―――色々とな・・・、沢山・・・」
そう言って笑った銀時を見た途端、沖田の両目から涙が溢れてきた。
――――だから、今のアンタがいるんだ。
言おうとしたその言葉は、言葉にならなかった。
全てを諦めている様に見える銀時は、同時に全て悟っている様にも見えた。
優しい扱いなどしてはくれないのに、大事な時にはこうして傍に来てくれる銀時が、沖田には不思議で仕方ない。
沖田は銀時の事を何一つ知らなかった。
「おいおい、急に泣くなよ」
「・・・泣けって言ったの、旦那じゃねぇか」
「思い出せた?」
違う。これは感傷じゃない。
沖田は黙って首を横に振った。
泣けない銀時を想って、泣いた。それは自分の悲しみよりも苦しく、痛かった。
失った者を思い出す事自体が苦しくて、身体も頭もそれを拒否する。
そんな同じ想いを抱えながら、自分を励まそうとしてくれる彼を想うと、涙が止まらなかった。
「―――一緒に泣いてくれよ。・・・姉上の為に・・・」
「――――・・・いーよ」
銀時はおでこを沖田の肩に乗せた。
「・・・すげぇ、いい女だったな」
「うん」
「男見る目がねぇのが惜しかったな」
「・・・本当だ」
沖田は笑って、風に揺れる銀時の銀髪を見た。
何が正しかったのかなんて分からないし、分かった所でやり直す事など出来ない。
けれど、感謝している。
ミツバがくれたに等しい、現在に。
"ありがとう"
そう、心から思った。
感謝なんてずっとしているのに。後悔や憎しみに邪魔されて、それが何時しか霞んだものになっていた事に沖田は気が付いた。
銀時の重みと温もりを肩に感じながら何時しか、ミツバの為だけに涙を流していた。


銀時は沖田の涙が止まるまで黙って待っていた。
やがて、東の空が白みかけた頃、ようやく二人は腰を上げた。
来た時同様、沖田の手を引く銀時。その背に、沖田は声をかけた。
「旦那ァ」
「ん?」
銀時は振り向かずに返事をする。
「・・・思い出した。最期、姉上は本当に幸せそうに笑ってたよ」
ぽつりと言った沖田に銀時は笑った。
「病気持ちだろーが、婚き遅れだろーが、俺にゃ最初から充分幸せそうに見えたよ」







その朝、山崎と目が合った沖田が珍しく声を掛けて来た。
「山崎ィ、幸せって何だろーなァ?」
挨拶もなしにいきなり突拍子も無い事を言い出す。
「・・・はい?」
間抜けな声で返事をしながら、山崎は沖田の赤く腫れた目を見て、ほっと息を吐き出した。
万事屋で泣き明かした自分の目も同じ様になっているのだろう、と思う。
「人並みの幸せって・・・、何だろう?」
そんな山崎に気付く様子もなく、マイペースに沖田は呟いた。
珍しく真剣に考えている沖田を見て、山崎は昨夜彼等にあった事を思い、胸が痛むのを感じた。
「―――それは・・・、多分本人にしか分からない事だと思います。人それぞれ違うものだと思います」
沖田は「へぇ」と呟き、感心したように山崎を見た。
馬鹿にされているような気もしたが、山崎は少しだけ声を強めて続けた。
「例えば、好きな人が笑ってくれれば・・・、好きな人が幸せであればそれが自分の幸せだって・・・、そう思える人間もいるんです」
真剣な眼差しを向けると、思いがけず同じ視線が返ってきた。
どきりと、山崎の心臓が音を立てる。けれど、逸らさずに見つめた。
「そりゃあ、ドMの土方の事かィ?」
「・・・え・・・」
瞬間、沖田の言葉の意味が理解出来なかった。
山崎は否定しようとしたが出来ず、更に続ける沖田を見ているしかなかった。
「それってモロMの思想だよなァ。つか、親の心境?・・・ん?っつー事ァ、俺もか?」
「え?」
「旦那はだるく笑ってるのが一番いいよなァ?」
山崎はどう答えていいのか分からなかった。
遠回しな告白が通じていないのだけは確かだと思う。と、言うか、遠回しに振られたのだろうか?
けれど、沖田にそんな芸当が出来るとも思えない。それに、不思議と落ち込む気持ちも湧いてはこなかった。
昨晩を境に、嘘のように山崎の苛立ちは消えていた。
「山崎ィ、お前目ェ真っ赤」
突然指差してそう言う沖田に、山崎は驚いて顔を上げた。
「沖田さん?」
自分の変化に気付いてくれたとは、俄かには信じられない。
「もしかして俺もかィ?」
「あ、赤いです・・・」
慌てて顔を洗おうと洗面所に向かう沖田に、山崎は声を掛けた。
「でも・・・、良かったです・・・!」
振り向いて、気まずそうに笑ったその顔が綺麗で、あまりに綺麗で、声を失くす。
銀時に任せて、良かった。
彼が泣ける場所があって、良かった。
昨日の自分の行動が誇らしく思えた。
「―――ありがとう・・・、ございます・・・」
山崎は呟いた。
目の前に居る沖田に、山崎の願いを叶えてくれた銀時に感謝したい。
山崎はただ、そう思った。









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うひょっ!(何)
捧げ物だと思わなければそうでもないのですが、これを捧げたのか〜!?と思うと、穴掘って埋まっちゃいたい気分になります。
気持ち良く受け取って下さり、あまつさえ、とても嬉しい感想まで下さったキリ様、本当にありがとうございます!銀沖←見守る山崎、というリクを頂いて・・・、無事お応えできているか今でも分かりません(汗)
私にはいっぱいいっぱいでしたっ!ごめんなさいとありがとうを永遠に繰り返したい心境でございます。(ウザいから止めましょう)心から感謝しているのは本当でございますvvv

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