微熱
「おまっ、すっげあっちぃよ!」
副長の声に振り向いた。
「そうかな・・・?」
言われた沖田さんは自分の額に手を当てて首を傾げている。
「風邪か?・・・お前がそんな上等なもんに罹るワケねぇか」
「知ってやすかぃ?土方さん。馬鹿は風邪ひかないじゃなくて、馬鹿は風邪ひいても気付かないってのが真相らしいですぜ」
「・・・お前、自分で自分を馬鹿って言ったって気付いてっか?」
もういい、とっとと部屋帰って寝ろ、と叫ぶ副長にちらりと視線を走らせた。
隣にいる沖田さんを見ると、確かに顔が赤い。目が虚ろに見えるのも気のせいではないだろう。
これは、山崎退、生涯一度のチャンスかもしれない。
ずっと秘め続けてきた。
告白の機会など勿論なかったし、自分でも半信半疑だったからでもある。
仲間にも平気で大砲を打ち込める人間を本当に好きなのだろうか。今でも分からない。
それを確かめる為にも、俺は水を張った洗面器とタオルを持って沖田さんの部屋の襖を静かに開けた。
彼はよく眠っていた。
その白い寝顔を見ると、胸は確かに高鳴る。寝顔を見たのは初めてだった。いつも、近寄るだけで斬られそうな気配を感じていた。
そう思って、ふと俺は昔を思い出した。初めて彼に会った頃。
稽古中、俺の持つ壊れた竹刀の先が土方さんに当たって、彼の腕を掠り血が出た。勿論事故だったが、瞬間それを見ていた沖田さんの顔色が変わり、鋭い視線を向けられた。それは殺気を含むものだった。
沖田さんの手に真剣が握られていたならば、斬られていただろうと確信するほどのそれ。
冷たいものが俺の背筋を走り、同時にその瞳に見とれた。
それからかもしれない。俺が彼を気にするようになったのは。
普段とぼけた彼からは想像もつかない位、戦いに臨む姿は綺麗だ。冴えた気を纏うその姿、ぞっとするほどの冷たい瞳。正に“鬼”と呼ばれるに相応しいと思う。
俺はそっと布団に近付きその額に触れた。
ぴくりと瞼を動かしただけで、彼は尚も眠りを覚まさない。
本当に熱かった。これほど熱い人間の身体に触れた事等今までないだろう。
―――やはり、この人が好きだ。
そう思った。
触れることが出来た喜びに指先から震えが走るほど。
その時急に手首を捕まれ、俺はぎくりとして、目を閉じたままの沖田さんを見た。
「山崎かィ・・・。もしかして看病してんの?」
「そ、そうですよ」
慌てて答えると、沖田さんはゆっくりと瞼を開いた。
「土方さんに頼まれた?」
「・・・いいえ、俺が勝手に来ただけです。沖田さんの病気は副長と俺しか知りません。・・・先程まで副長が付いてました」
「へぇ」
そりゃ気付かなかった、と沖田さんは呟き俺を見た。
「俺ァ、平気だから仕事行けよ」
「・・・何言ってるんですか、そんなに熱出して・・・」
下心を読まれたのかと思い、俺の語尾は小さくなる。
「病気なんざしたことねぇから気持ち悪ィな。・・・手が、震えてる」
俺の杞憂だった。沖田さんは俺の様子など全く気にしていないようにそう言って目の前に手をかざした。その表情が一瞬不安に曇り、俺は思わず彼の手を握った。
「大丈夫ですよ、熱さえ下がれば治ります」
彼は目を見開いて俺を見た。
「あんま近く寄ると風邪移るぜィ」
動揺したように言う沖田さんを、初めて可愛いと思った。
この人でも他人を気遣うことなんてあるのだ、と思うと嬉しい気持ちが湧き上がる。
「移したほうが早く良くなるんですよ」
「・・・風邪ひきたいのかィ?変わったヤツだな」
移されたい。貴方の、風邪なら・・・。
喉元まで出掛けた言葉を飲み込む。言ったら、この人はどんな顔をするのだろう。
「―――俺の事、好きなのか?」
沖田さんの言葉に不意を衝かれ、俺は息を呑んだ。
そして、気付いてしまった。部屋の外にいる土方さんの気配に。
無言で沖田さんの瞳を見詰め、彼もまたその気配に気付いているのだと察し、同時に問われた言葉の意味も理解してしまった。
静寂がその部屋を支配したのは、ほんの数秒。
俺は頷いた。
「好きです」
貴方が、誰を好きでも。俺ではない誰かを試す為だとしても。
沖田さんは意外そうに眉を顰め、ゆっくりと視線を外した。部屋の外の気配も消えた。
「・・・真面目な顔で俺の冗談に付き合うなよ」
「冗談じゃないですから。副長もそう思っていると思いますよ」
びくりと、沖田さんはこちらを見た。
俺は口元に笑みを浮かべた。
「・・・気付いてないとでも?一応監察なんですがね」
確信は今持てた。自分の気持ちとこの人の想い。それはとても、切ないほどに擦れ違っていた。
「物好きだなァ」
「自分で言いますか。・・・でも、俺もそう思います」
「どうすりゃいいのかわかんねぇ」
投げ遣りに吐き捨て、沖田さんは目を閉じた。
「沖田さんが蒔いた種ですよ。お好きなように」
「お前の好きにしろィ」
「何故」
俺はちょっとむっとした。
「俺はもう、どうにもできないって知ってるからだよ。あの人に必要なのは信じて手足になる人間だけ。余計な感情持った部下なんて余計なだけだからなァ」
「・・・そうですかね・・・?」
それを言うならば自分もそれに当てはまる。沖田さんにとって、俺は余計な存在なのだろうか?
しかし、やはり彼は俺の事等まるで頭にないようだ。
「―――本当に、俺の好きにしていいんですか?今ここで抱いても構わないんですか?」
「・・・いいんじゃねぇか?どうせ、今の俺ァ抵抗もできねぇし」
虚しさに、全身から力が抜けていく気がした。
目の前に横たわる心のない人形が、俺の好きな人だ。自分はなんて馬鹿なのだろう。
「抵抗できたら、俺は斬られるんですかね?」
皮肉を込めて聞いてみた。冷たい目で“そうだ”と言われるのだろう。
どうでもいい、と言われるのとどちらがマシなのだろうか。
ぼんやりと考えた時、沖田さんは聞き取れないくらいの小さな声で言った。
「・・・斬らねぇ、・・・と思う」
「―――え?」
俺は沖田さんを見た。
彼は少しだけ顔をこちらに向けて、俺を見詰めた。縋るような目だった。
「・・・それは、身代わりですか?寂しいから?それとも・・・、熱のせい?」
「多分、全部・・・」
俺は沖田さんの熱い身体を抱き締めた。
愛しくて愛しくて堪らない気持ちになった。好きではないと言われたも同然なのに。
迷子のような頼りない表情を見せる彼を放ってはおけない。例えそれがいつも彼じゃないからだとしても、一時の気の迷いだとしても、今しかない気がした。
夢中で唇を重ねた。
自分の体温が上がるのが分かる。
熱が、移る。
そして、俺はきっとこの人に溺れて行くのだろうと、霞んだ頭の端で思った。
終
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病気ネタは山さんで。
彼は不幸の似合う生真面目さんのイメージです。
てか、この総悟はどっから見ても別人だな〜(涙)あ、いつもか。
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