疑心
「何、お前?」
違和感に、俺は裸の身体を起こした。
「何って・・・、何でィ?」
町で見掛けた沖田をホテルに連れ込んで、互いに衣服を脱ぎ捨て(正確には沖田の服は俺が強引に脱がした)、今当に抱き合おうとした時。
俺は気付いてしまった。
こいつの心が今此処にない事を。
「何考えてんだよ?」
「・・・今日の夕飯何かなァ・・・、かなァ?」
「浮気してんの?」
「――――何言ってんだ?」
沖田はあからさまに嫌な顔をした。心外、といった風だ。
本気で沖田が浮気していると思った訳ではない。違和感なのだ。
「何でそんなに冷めてんだよ?」
「・・・気が乗らない時ってのは誰にでもあるだろ?いいからさっさとしろィ」
そうだ。単に気が乗らないだけだ。
唐突に理解したが、それが返って俺の癪に触った。
愛想のない態度も何時もの事なのに、何故か俺はこの日、凶暴な感情を抑えることが出来なかった。
好きなのだ。
こいつの中身が知りたい。何を見て、何を考え、何を感じているのか余すところなく知りたい。
けれど、自分だけ熱くなっている事実を知るのは怖い。
「大体、旦那は自分勝手なんだよ。俺ァ、仕事中だって言ってんだろ?隊服のままこんなトコ連れ込まれて昼間っからソノ気になれって方が無茶だって話しだろィ」
「ああ、そっか。悪ぃ」
俺は上の空で口先だけの謝罪をした。
じゃあ、お前は何時でも俺と抱き合いたいと思ってはいない、という事だ。
沖田のいう事は尤もだと思う。
そうは思うが、思うだけで、感情は少しも理解していない。ついてこない。
じゃあ、俺がソノ気にさせればいいんじゃん?
そんなとんでもない結論に達する。
俺は黙ったまま沖田に深く口付け、その肌に手を這わせた。
でも、演技なんてされたらシャレにならない。
そう思った俺は、空いた手で自分達の脱いだ服を弄った。
「まずは、手」
呟いた俺に、沖田は目を開けた。
思った通り、冷えたままの視線。
俺はその目に笑いかけると、徐に彼をうつ伏せにしてその両手を後ろで拘束した。自分の腰紐で。
「――――おい・・・っ!?」
「次は、目」
今度は沖田のスカーフを取り出して彼の頭に目隠しとして巻きつける。
「旦那・・・っ!」
「暴れたら足も縛るよ?」
俺の言葉に、沖田はぴくりと反応して大人しくなった。
「変態かよ、サイアク」
「こういうの、嫌い?」
「Mでも探せよ」
いや、お前がいいから。
こんなコトをしたら嫌われるかもしれない。二度と会ってはくれないかもしれない。
――――そうしたら、連れ去って閉じ込めてしまえばいい。
そう思った瞬間、俺ははっきりと思い知った。
事実は事実なのだ。
疑いようもなく、俺の方が熱くなっている。
俺はうつ伏せの沖田の肩に口付けた。そのまま舌を這わせ、首筋、耳朶まで辿り付く。
前に回した手で固くなった胸の尖りを弄ぶように転がすと、沖田の身体にじわり、と汗が滲んだ。
「あ、何?こういうの感じちゃうんだ?」
「・・・趣味、悪ィ・・・」
「何とでも言いなさい」
俺は気にせず、その身体を舐め続けた。
たっぷりと時間を掛けて、前も後ろも、いつもは触れない所まで。
次第に、沖田の息が上がってくる。それが何だか嬉しい。
「旦那ァ・・・、もう・・・」
肝心の場所には触れず、焦らすような愛撫を続ける俺に、沖田は上擦った声で懇願した。
俺は沖田に聞こえないように笑った。
「もう限界?どうして欲しいの?言ってごらん」
「―――時間・・・、ねぇから、さっさとしろっ・・・!」
「うっわ」
可愛くないにもほどがある。
身体はとっくに反応し切っていて、その限界も見て取れる程なのに。
コイツのプライドの高さには呆れる。Sのプライドだろうか?
俺は不意に思い付いてベッドを離れた。
「――――旦那?」
沖田は軽くなった身体に違和感を感じたように顔を上げた。
気配を探るように、じっと耳を澄ませている。
「・・・何、してんでィ?やめるならコレ解いてくれよ」
「やめていいの?」
「・・・いい、よ・・・」
「無理すんな」
「――――」
沖田は急に不安そうに身体を縮めた。見えない目で必死に俺の居場所を探そうとしている。
その様子が何だか可愛くて、つい俺はそのまま沖田を離れたまま観察してしまった。
だが、気が短い彼は観察する間もなく、ベッドから降りようとした。
両手はしっかりと後ろに縛られたままで、身体も冷めていない。当然バランスを崩す事は予想できたが、彼は意地でも立とうとしている。
俺は直ぐに沖田に近付いてその身体をベッドに逆戻りさせた。
「―――っ、放置かィ?これが放置プレイってヤツかィ!?」
「ああ、そんなカンジかな」
怒った沖田の唇にキスをして、俺は先程冷蔵庫から取り出したものを彼の胸に乗せた。
「―――っ!」
びく、とその身体が震えた。
「何だか分かる?」
「こ、おり・・・?」
「せーかい」
彼の体温で既に溶け始めているそれを身体の上でくるくると躍らせる度、彼は激しく痙攣した。
「こんなん気持良くねぇよ!ヘンタイ!」
「ヘンタイはどっちよ?」
言って、しっかり上を向いている沖田の茎をぎゅっと握ると、彼は小さい叫びを上げた。
それが合図の様に、俺は沖田の足を持ち上げると大きく広げた。
剥き出しになった秘部にグラスから取り出した新しい氷を突っ込む。
「―――ひっ・・・、」
強張った身体が、再び激しく震える。
「―――な・・・、うぁ・・・・っ!」
「ブランデーの氷、効く?」
それは熱く冷たく、彼の中で激しい感覚を与えている筈だ。
俺は切羽詰った彼の表情を良く見る為、目隠しを外した。
「やだ・・・!出せよ、早く、はや・・・」
その目に浮かんだ涙を眺めて、俺はブランデーを口に含んで沖田に口移しした。
「――――」
ごくりと、琥珀の液体を飲み干した後、沖田は激しく咽た。
欲情と恐怖が入り混じったその表情は酷く厭らしいものだった。
「ああ・・・、はや、く・・・」
アルコールと氷の思った以上の威力に俺は正直驚いていた。
こんなに興奮して、目の焦点すら虚ろになっている沖田を目の前に、喉の奥がごくりと音を立てる。
俺は酷い男だ。
「―――うん」
頷くと、ようやく彼の昂ぶりに優しく触れた。
「あっ、あ、あぁぁぁ―――」
ゆるゆると扱いただけで、沖田は嬌声と共にあっけなく果てた。
目尻に溜まった雫がすぅ、と頬を伝う。
そんな彼の全てが激しく俺を興奮させて堪らない。
「ごめんな」
俺は小さく呟いて、今度は自分の欲望を吐き出すために沖田の足を持ち上げ、彼の中にゆっくりと侵入った。
ぐっしょりと濡れたソコは熱く、俺に絡みつく。
愛しくて、可愛くて仕方ない。
激しく腰を動かすと、沖田は目を閉じて快感に浸る。既に、他の事など頭にはないのだろう。
俺は全てに満たされた気分で彼に溺れた。
身体を離した後も、沖田は呆然としたまま動こうとしなかった。
正確には動けなかったのだろう。
それに付け込むように、俺は二度、三度と彼を抱いた。
そのまま眠りに落ち、気が付いた時は既に次の日になっていた。
「サイアクでィ・・・」
隣で呟く沖田に俺はキスをした。
「何が最悪?」
「朝帰りだよ・・・」
「そんなに真面目だった?沖田君」
「――――でも、ねぇか・・・」
「だろ?大した事ねぇって」
大きく溜息を吐いた沖田は何処か嬉しそうに俺を見た。
アレ?嫌われなかった?
少しだけ怖かったが、俺はほっとした。
「旦那は、怖ぇなァ・・・」
沖田の手首に痛々しいほど赤く、紐の跡が残っていた。
自分でもそう思う。
小さな猜疑心が、彼を暴こうと暴走を始める。
けれど、彼からは疑いの種の欠片も出ては来なかった。
「・・・怖い?」
「―――アタマ、おかしくなるかと思った。・・・そんな自分が怖かった・・・」
それは仕方ない。あんなコトされてまだ正気でいたら、それこそコワイ。自分もコワイ。アレ以上何をこいつにしてしまうのか。
「俺、我侭だから。頭おかしーのは俺。でも、逃げたら承知しねーぞ」
「・・・怖ェ・・・」
沖田は大袈裟に身体を震わせた。
「でも、旦那は実はやさしーから。知ってるから・・・、逃げねぇよ」
「――――」
ぞくりと、悪寒が走った。
恐らく本当に心から言っているのだろう沖田の言葉に、冷や水を掛けられたような感覚を味わった。
何だコイツ、マジで俺のコト信じてんのか?
なのに、何で俺はコイツが信じられないんだ?
それも愛?これも愛?
俺って優しいのか?
「旦那?」
覗き込んでくる沖田の目を見つめ、俺は息を吐き出した。
コイツの目に映る自分すら見てみたいと思うのだ。沖田の中にあるもの全て。
重症だ。
「もっと言って。俺ってどんな?」
おねだりするように言うと、沖田は途端に冷たい目になった。
「いい加減でだらしなくてスケベでドSでさァ」
「ごめんな」
「はァ?」
俺も、お前を信じたい。好きになればなるほど、それは難しい事に思えるけれど。
疑心とは己の中から生まれる物なのだ。
終
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人を信じるのって簡単なようですごく難しいよね。
ずっとって難しい。貫くのって難しい。特に私は(苦笑)
心配なのと疑うのって違うのかな?愛してるのに変わりはないと思うのだけれど・・・。
そんな事を考えながらこんなもの書いてしまいました(項垂)
しかし、私の地下は中途半端だな・・・。