始まり






道場の扉が開いた。
稽古の手を止め、振り向いた九兵衛はしばらく黙ってその来客を見つめた。
扉に寄り掛かり斜めから見下ろす、客とは思えない態度、それにそぐわない風貌。
「・・・どこかで見た顔だと思ったら、新八君の仲間か。・・・真撰組の・・・」
「沖田です。あん時はどーもお世話さま。今日はちっとばかし私用で来やした」
九兵衛は彼から視線を逸らすと、途中だった素振りを始めた。
「見張りがいた筈だが?」
「ああ、あんな役立たずな門番は代えた方がいい。柳生の名が泣きやすぜ?」
「そうだな。こうも簡単に侵入を許すようでは。忠告、感謝する」
その時、道場に向かってくる数人の足音が廊下に響いた。
「若!曲者です!!――――あ、貴様・・・!」
沖田に向かって飛び掛ろうとする門弟達を、九兵衛はその寸前で止めた。
「遅い!彼が敵だったらどうするつもりだ!?」
「・・・ヘェ。敵じゃねぇって?」
にやりと笑った沖田に、九兵衛も笑みを返す。
「そうだろう?・・・話を聞こう」
道場から門弟を追い出し、九兵衛は沖田と向き合った。
「いや、単純な話。アンタとウチの差を知りてぇんでさァ。俺と仕合ってくだせェ」
獲物はアレで。
そう言って、沖田は木刀を指差した。
「・・・なるほど。道場の名を懸けるものではないのだな?」
「そう。チャンバラごっこでさァ」
「この事は真撰組は――――」
「関係ありやせん。あくまで俺個人のお遊びです」
そう言って笑う沖田の目は、本気の色を出している。
九兵衛はしばし口を閉じ、考えた。
プライドの高い男だな。
まず、そう思った。
志村妙を懸けて戦った勝負は、こちらの負けだった。けれど、人数入り混じっての戦いで、確かにあれは力比べなどではない。
純粋に彼は柳生と、自分の道場の力の差を知りたいのだろう。
「お前の道場の名は?」
「試栄館。武州の田舎道場でさァ。でも、一応免許皆伝です」
名など関係ない。要はどれだけ実戦で使えるかだ。彼の自信は相当な様だ。或いは、自分の道場に相当な誇りを持っているか。
「・・・分かった。正式なものでないのならば問題はない」
立ち上がり、木刀を一本沖田へ投げる。
「防具は・・・、いらぬか」
九兵衛が構えた瞬間、沖田から射抜くような闘気が発される。
彼の仲間は相手が女だと知った途端、戦う気力を半減させたが、彼は違うらしい。
性別など関係なく、柳生の名を背負った者として九兵衛を見ている。
面白い。
久し振りに本気で仕合ってみようか。
先に仕掛けたのは九兵衛。それをひらりとかわし、沖田は木刀を振り上げた。
「身軽だな。太刀筋もいい」
かん、と木刀同士のぶつかる音が道場に響く。
「――――おしゃべりなんて、余裕じゃねぇか!」
一撃必殺とばかりに突いて来る刀を、九兵衛は避ける。何度かそれを繰り返し、呟いた。
――――見切った。
「惜しい。技が荒いな」
今度は聞こえるようにそう言い、突きの瞬間、沖田の脇に入り込んだ。
そのまま、彼の手元目掛けて刀を繰り出す。
「―――――参りやした」
沖田はがらん、と木刀を落とすと袖口で汗を拭った。
九兵衛の額にも僅かに汗が滲んでいる。
「・・・やっぱ、柳生の名は伊達じゃねぇな」
「そんな事はない。充分匹敵する腕だ。・・・僕は身軽さに長けているだけだ」
荒い呼吸を繰り返す沖田をしばらく見つめ、九兵衛は口を開いた。
「お前・・・、最初見た時も思ったが・・・」
九兵衛は不意に沖田に近付いた。そして、沖田の胸に手を当てる。
「やっぱり、男だな」
「――――・・・ああ、この面のせいでたまに間違えられるけど、アンタの同類じゃねぇよ」
「それは好都合だ。今度はこちらの要求を呑んではもらえまいか」
沖田の視線を感じる。九兵衛は目を伏せたまま、沖田の返事を待った。
「まあ・・・、くだらねェお遊びに付き合ってくれたからなァ。俺に出来る事だったら?」
「柳生に養子に来ないか?」
目を合わせぬまま言った九兵衛の言葉に、沖田は眉を寄せる。
「・・・・・・・・え?」
「僕と結婚してみる気はないだろうか?」
すっと視線を上げ、真っ直ぐに見つめると、視線がぶつかった。
「これは求愛ではない。取引だ」



始まりは、彼女からの愛のないプロポーズだった。















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うわはぁ〜い。先日H様に頂いたメルで九沖にハマってる、というお話を聞き、思わず妄想した所こんなんなりました。
オススメありがとうございます〜vvvvH様〜〜vvvv