始まり





「何で」
それはごく当然の質問だと思う。それなのに九兵衛はそっと眉を寄せ、唇を噛み締める。
まるで理由を言うのが嫌な様子だ。
「取り引きって言うからには、それなりの理由とこっちのメリットを言ってもらわねぇと」
沖田の言葉に小さく頷き、九兵衛はようやく重い口を開いた。
「・・・僕は、妙ちゃん以外の人間ならば誰でもいいと思っている。彼女が手に入らないのならば、誰と結婚しようが同じだと思っている」
「――――だから、それで何で俺?」
彼女が自分に惚れたなどとは微塵も思ってはいない。その先を知りたいのだ。
沖田との結婚で九兵衛が得るものは何もないと思う。セレブの血を途絶えさせ、それでも“取り引き”と言い切るその真意を。
「・・・お前とならば、子供が作れると思うからだ」
「――――――」
思いがけない言葉に、沖田は思わず彼女を凝視した。
「僕以外の柳生の者のお前に対する仕打ちは酷いものになると断言する。妙ちゃんでさえあの扱いだ。だが、僕はお前を守ろう。礼もどれだけでもする。お前は今までと何も生活を変える必要はない。真撰組にも居ていい」
「・・・・・」
真剣に語る九兵衛に、沖田は返す言葉もない。
「僕が、親類縁者が進める縁談にどうしても乗れない理由があるのは、お前も知っているだろう?」
「・・・知らねぇ―――」
言って、気付いた。
そうだ。彼女は女しか愛せない身体だと、確かそう聞いた。
「どんなに見目がいい相手でも駄目だった。触れられるだけでおぞましい。けれど、柳生の血を途切れさせる訳にはいかない。例え相手が選ばれた血でなくとも、僕が後継ぎを産みさえすれば皆いずれ納得するだろう」
「・・・俺も・・・、男なんだけど・・・」
いや、男だから子供が作れるのか。沖田の頭は混乱した。
「大丈夫だ。――――ほら・・・、」
九兵衛はそう言って、沖田の頬にそっと手を寄せて来た。
「・・・大丈夫だ」
触れた事に喜びを感じたかのように、その瞳の奥が煌く。
そのまま九兵衛は、息を呑む沖田の胸倉を掴んで引き寄せ、強引に口付けた。
「―――――っ、」
驚く沖田を覗き込み、九兵衛は不敵な笑みを見せた。
「お前は汗臭くない、この僕が触れる数少ない男だ。そして、強い」
不覚にも初めての接吻を奪われ、沖田は激しく赤面してしまった。
「いい返事を待っている」
なるべく、早目にな。
その時の立場は完全に男女逆だったと思う。






「・・・汗、臭ェよなァ〜・・・」
くんくんと、自分の匂いを嗅ぎ、沖田は顔を顰めた。
普通に汗は臭いもんだろう?男でも女でも一緒だろう?
傍らには土方。様子のおかしい沖田を、黙ったまま眺めている。
「どうした。つか、昨日お前何処で何してた?」
――――オフの日くらい放っといてくれよ。
心内でこっそりぼやき、沖田は土方を見上げた。
「実は・・・、プロポーズされやした」
「――――はぁっ!?何処の誰に!?女か!?」
「当たり前でしょう。土方さん、俺結婚してもいいですかィ?」
「―――――」
呆然とする土方を見て、沖田は吹き出した。
「冗談でさァ」
そう、冗談だ。
彼女はまだ若い。この先本当に好きな相手が現われて、後悔されても後味が悪い。
そして自分も。未来を決めるにはまだ早い。
彼女の境遇には同情するが、それだけで決めるには事が大き過ぎる気がする。
ただ一つ、魅力といえば、自分の子孫が柳生の名を継ぐという事だろうか――――
「総悟」
「ん――――?」
「俺ぁ、許さねぇぞ」
「冗談だって言ってんでしょう」
「総悟!」
土方の声が鋭いそれに変わり、沖田は驚いて隣を見た。
その真剣な表情を返す言葉もなく見つめていると、不意に肩を掴まれその胸に引き寄せられた。
「気付かねぇなら教えてやる。俺はお前を誰にも渡すつもりはねぇ」
―――――は・・・?
「・・・俺、男なんだけど・・・」
つい昨日も同じ事を言った。
「アンタホモか?」と、蔑みの色を交えて言うと、土方は堂々と頷いた。
「お前限定でな」
沖田は力を込めて土方から逃れると、その場から逃げ出した。
全く知らなかった。土方は何時からそんな目で自分を見ていたのだろう?
混乱と共に、理解した事は一つ。
自分は男らしくない男なのだという事。
少なくとも、九兵衛と土方にはそういう風に見られているのだ。
「マジでか〜・・・」
18年目にして知った衝撃の事実に沖田は頭を抱えた。





















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はっはっは。