始まり 3




それは仕事で行った、とあるオトナの店。
聞き覚えのある声に名を呼ばれて振り向いた。
が、其処に知っている顔はなく、沖田は首を傾げながら再び前を向いた。
「・・・沖田」
おずおずと遠慮がちに自分を呼ぶ声。
声の主にようやく思い当たり、沖田はもう一度後ろを振り向いた。
「――――――九・・・!?」
長い髪を二つに束ね、女物の丈の短い着物。眼帯は花の形。
しかし、よく見ると彼女だ。九兵衛だ。
「・・・そんなに意外か?」
九兵衛は僅かに頬を染め、上目遣いに沖田を見上げた。
「―――――あ、そうか。ここはお妙さんの店だったか・・・。もしかして手伝ってんのかィ?」
驚きを隠せない沖田に、九兵衛は頷いた。
「店員不足で深刻に悩んでいる様子だったのでな」
「・・・びっくりした。アンタがそんな格好するなんて有り得ねェと思ってやした」
―――――いや・・・、
言って、直ぐに心の中で訂正した。
―――――お妙の為ならば有り得るのだろう。
「思ったより嫌なものではなかった。・・・お妙ちゃんが喜んでくれたから」
「似合う」と言ってくれた。
そう言った彼女は照れた様に微笑んだ。
とても、嬉しそうに。
「・・・それで、」
不意に用件を思い出したのか、九兵衛は顔を上げた。
「応えは出ただろうか?」
途端、厳しい表情になる彼女に沖田は苦笑した。
「とっくに決まってまさァ。俺にゃあ無理です。他当たって下せェ」
「―――――何故だ」
綺麗な眉がきりりと上がる。
「好きな奴がいるのか!?」
その表情にしばし見惚れながら、沖田は黙って首を振った。
「では、お前の要求は何だ?望みを言え。出来る限りの事はする」
「―――――」
その剣幕に、沖田は笑みを消した。
「僕を選ばない理由を言え!」
襟元を掴まれ、力任せに壁に背を押し付けられる。
どんな言葉も言い訳にしかならない気がした。
「・・・俺ァ、アンタを好きじゃねェ・・・」
「―――――それが、理由か・・・?」
九兵衛の憤りに満ちた瞳から力が抜けていく。
「思ったより真面目なのだな」
「・・・・・」
その言葉に、沖田は自分が適当に吐いた科白を後悔した。
「では、僕を好きになる努力をすればいい。そう、仕事だと思って。報酬は思いのままだ」
鵜呑みにする気はないが、九兵衛と話していると実はそんなに考える必要のない事の様に思えてくる。
ここまで必死な彼女を助けてやりたいという考えも頭を過ぎった。
というより、こんなやりとりが面倒臭くなる。
「どうにでもすればいい」という心情が正しいかもしれない。
沖田が口を開きかけた時、土方が姿を現した。
「―――――どういった内容の話だ?それは」
「・・・土方さん」
壁に押し付けられたまま、沖田は土方を見た。一瞬助けを求めようかと思ったが、止めた。
彼の事も受け入れる気はない。両方、一人で解決しなければならない問題だった。
「彼を、僕の婿に迎えたい」
「駄目だ」
土方は即答すると、九兵衛から沖田を引き剥がした。
「・・・少しの間でもいい。直ぐに籍を抜けてもいいんだ。沖田を僕に貸してくれ」
「駄目だ」
強引に腕を引っ張る土方から逃れようと、沖田は腕に力を入れた。
「・・・離してくだせェ」
「――――相手が柳生九兵衛だとはな。驚いたぜ」
「離せよ」
土方は九兵衛を一瞥すると、沖田を連れてその店を出た。
振り向いた沖田の目に、黙って見送る九兵衛の姿が映る。
「――――土方さん!!」
しっかりと巻き付いた指が剥がれない。路地裏まで引っ張られ、沖田は焦った。
抵抗する沖田を黙らせようと、土方もムキになって力を込める。
そしてそのまま引き寄せ、唇を沖田のそれに近付けた。
「――――っ、やめろ!」
叫ぶ口を塞ぎ舌を侵入させると、沖田の抵抗は更に激しくなった。
「い、や・・・っ、だ・・・っ」
「―――――痛っ、」
鋭い痛みが走り、土方は自分の唇を舐めた。鉄の味が口中に広がる。
ようやく解放された沖田は、九兵衛が居る店内を気にしながら口を開いた。
「馬鹿な事してんじゃねぇよ。あれは冗談だって言ってんだろ!?」
マジでカンベンしてくれよ。
自分の口を手の甲で拭いながら、沖田は土方を睨み付けた。
「あっちは冗談じゃねぇみてぇだな」
「アンタがまたこんな事しようとするなら、俺ァ、真剣に柳生に逃げるぜィ?アッチの方がまだマシでィ」
「惚れたのか」
「――――――」
沖田は目を見開いた。
土方は何を言っているのだ?
「―――――惚れたんだな」
「―――――そんなワケ・・・、」
否定しようとした沖田の口を、土方は再び塞いだ。
不意をつかれて開いた口に布を捻じ込まれる。
「――――――っ」
両腕を後ろに捻り上げられ、沖田は身を捩った。
路地を抜けたほんの直ぐ傍に人が行き交っている。
店内には彼女が居る。
それなのに、助けを呼べない。
「大人しくしろ。直ぐ終わる」
――――――土方が何をするつもりなのか。
直感で悟った沖田は恐怖に身体を強張らせた。



















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あきゃ〜・・・・。暴走中。
・・・裏行き希望の方は手ェ上げて〜。(笑)