始まり 5





部屋に差し込む明るい日差しで目が覚めた。
見慣れない天井を眺め、沖田は溜息を吐いた。
床に着いた後も明け方まで眠れなかったが、少しはうとうととしたらしい。
ゆっくりと身体を起こして、自分の服に手を通す。
襖を開けると東城が其処に仁王立ちに待ち構えていた。
「あー・・・。おはようございやす」
「呑気に挨拶などしている場合ではない!つか、話し掛けるな!汚らわしい!!」
「・・・・・」
「貴様、若に何をした!?どういう関係だ!?まさか、ああいう関係か!?」
「・・・・・」
えーと。
沖田は東城を無視する事に決めると、九兵衛を探す為に勝手に屋敷の中を歩き出した。
一晩考えて導き出した自分なりの答えを、彼女に伝える為に。
「無視するなぁぁっ!!勝手に歩き回っていいと思っているのか!?」
話し掛けるなと言った割りに沖田の後ろに付いて喚いている。
こういう馬鹿は嫌いではない。
昨夜遅く沖田を連れて帰った九兵衛に、寝ないで待っていたのだろう、東城は顔色を変えた。
「同じ部屋に寝かせる」と言う九兵衛に、彼は断固として反対し、しぶしぶ客間を用意してくれた。
「貴様の事は私しか知らないのだ!若の留守に誰かに見つかったら――――」
沖田は足を止めて振り返った。
「何?九兵衛さんいねぇの?何処行ったんでィ?」
「馴れ馴れしく若を呼ぶなぁっ!!様を付けろ、様を!!ちなみに若は真撰組屯所へ行った!!」
「――――――」
ざぁっと血が引くのが解った。
彼女が真撰組に何の用か。
そんなのは一つしか思いあたらない。
沖田は東城に掴みかかった。
「車出せ、車ァっ!!アンタの若様を連れ戻しに行くぜィ!」
沖田の剣幕に、東城は黙って何度も頷いた。







「―――――よぉ、朝っぱらから何の用だ?」
柳生九兵衛が訊ねてきたという事で、そわそわと落ち着かない近藤を追い出し、土方は一人で彼女と向き合っていた。
「・・・沖田に、無体な事をするのを止めるように言いに来た」
土方は笑い出した。何を言い出すかと思えば。
「アンタだって結婚無理強いしてんじゃねぇか。そもそも何であいつなんだ?お妙一筋じゃなかったのかよ?」
「―――――それは・・・」
九兵衛は言葉に詰り、それでもしぶしぶ理由を土方に話した。
「何だ、そりゃあ」
話を聞いた土方はいかにも不快、という風に顔を顰めた。
「俺とお前、やってる事何が違うって言うんだ?身体目当てじゃねぇだけ俺の方がマシじゃねぇか」
「・・・そうかもしれない。昨夜ずっと考えていた。僕の都合で沖田を苦しめているのは事実らしい。・・・だから、僕は手を引く。そしてお前も手を引いてくれ」
「何でそうなるんだよ」
「沖田はお前の事を仲間だと信じているからだ。どうか、彼の信頼を汚さないでやってくれ」
「―――――」
戯言だ。
沖田も九兵衛もあまりに幼すぎる。
泥沼に陥る苦しみを味わえばいい。
「まぁ、もっと早い内にそう言ってくれれば俺も考えたけどよ、もう遅ぇだろう?」
九兵衛は心外、という風に顔を上げた。
「――――遅くなど、ない」
「遅ぇんだよ!」
土方は叫ぶように言うと、九兵衛を睨み付けた。その空気に九兵衛も身構える。
「・・・手っ取り早く、俺の種をやろうか?誰の子供でもいいんだろ?どうしても嫌だってんなら寝てる間に終わらせてやるよ。流石に子を孕んだアンタなら、アイツも諦めるだろ」
「――――諦める・・・?」
九兵衛は眉を寄せて土方を見た。
その瞳に映るのは狂気。
けれど、実際そうしてもらった方が救われるのかもしれない。
呪わしいのはお妙以外受け入れられない自分自身。
だが――――
「沖田が駄目ならば他を探すまで。余計な世話だ。僕の事はいい、今は沖田の話をしている」
「だから、総悟の話だろ?」
じり、と膝を寄せてくる土方に、九兵衛は後退る。
「お前、俺の数倍残酷な事をアイツにしてるって解ってんのか?」
「―――――」
九兵衛が刀に手を掛けた時、部屋の襖が乱暴に開いた。
「――――沖田・・・」
沖田は肩で息をしながら二人を交互に見た。
不穏な空気が漂っている事は直ぐに分かった。
「昨夜は助かりやした。礼は改めて。でもこいつは大きな世話だ。俺と土方さんの事はアンタには関係ねェ」
九兵衛は早口に言う沖田を見つめた。沖田の視線は直ぐに逸らされ、土方へと注がれる。
「・・・土方さん、話し合いやしょう」
「いいだろう」
にやり、と口元を歪める土方に、九兵衛はどうしても黙っていられない。
「――――沖田、昨夜のような事になったらどうする!?僕は・・・」
「何度言わせるんですかィ?はっきり断ったでしょうが?」
「沖――――」
九兵衛は今までと様子が違う沖田に息を呑んだ。
彼が全身で拒否しているのが伝わってきた。
「お妙さんが一番大事なアンタとは、今後一切話す事ぁねぇって事です。顔見るのもコレっきりにしてくだせェ」
彼の言っている言葉が理解出来ない。真意が少しも伝わっては来ない。
此処へ来てから初めてしっかりと視線を合わせてきた沖田は、そのまま九兵衛の肩を掴むと部屋の外へと押し出した。
「・・・・沖田!どうしたんだ!?違う、もう無理は言わない!僕はただお前の為に・・・!」
其処まで言って、自分の言葉を飲み込んだ。
それは酷く彼を侮辱している科白に思えたからだった。
彼と剣を交えた時に知った筈だった。彼は誇り高い人間で、れっきとした男なのだ――――。
「・・・随分はっきりしたな」
九兵衛を追い出して襖を閉めた沖田は唇を噛んだ。
「不毛なのは嫌なんでね。もう一つ、アンタともはっきりする」
寝ないで考えた一つの応えを、沖田は口にした。
「俺の気持ちは先刻言った通りなんで、土方さんには応えられねェ。・・・もし、諦めてくれるんなら・・・、」
そこで言葉を切り、少しだけ躊躇った後再び口を開く。
「――――・・・一度だけ・・・、アンタの好きにさせてやる」
目を見張り、土方は考えるように口を噤んだ。
「―――――そう来るか」
呟いて沖田を見つめる。
「・・・解った。じゃあ、今夜俺の部屋に来い」
こくりと頷いた沖田は土方の横を通り過ぎ、縁側の方へ姿を消した。
「――――聞いてたか」
土方は襖の向こうで息を潜めている九兵衛に向かって声を掛けた。
「・・・お前はこれで満足なのか・・・!?」
返ってきた声に、土方は立ち上がると襖を開けた。
「そんなワケねぇだろうが」
二人は無言で睨み合った。




















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人でなし土方。
はい!総悟九ちゃんを好きになってしまいましたぁ。
これは最初からこうする予定だったの〜。