さあ、始めましょうや 後編
沖田の部屋の襖を開けると、彼は強張った表情で振り向いた。
案の定、眠れない様子だった。
同じく眠れないでいた土方は、その顔を見て口元に笑みを浮かべる。
「どうした?俺が怖いのか?」
「・・・冗談じゃねぇや・・・」
消え入りそうな声で呟き、沖田は顔を逸らした。
昼間の短すぎる情事の余韻が土方の中に残る。
草叢の中で身形を整えた沖田は、煙草を吸う土方の背後を逃げるように立ち去った。
「隊長、髪に草が・・・」
そう言った隊士の手を振り払ったその顔は青褪め、殺気立った気配に周りが息を飲むのが遠目の土方にも分かった。沖田が人前であからさまに感情を表わすのはめずらしい事だった。
夜になってもまだ、険しい表情は戻っていない。
「助けを呼ぶか?大声出しても構わねぇぜ?」
そう言った土方を沖田は見た。半ば予想していた様に諦めの表情が混じっている。
「大抵あんたも、根性捻じ曲がってるよなァ。・・・姉上が知らなくて良かったぜィ」
「―――俺も、そう思うよ」
言いながら腕を掴んで引き寄せる土方に、沖田は眉を寄せた。
髪に手を差し入れ、胸の中に彼を閉じ込めて土方はその髪に顔を埋めた。
洗い髪の香りが鼻孔をくすぐる。
そうして、土方は先程の沖田の言葉を思い返した。
“姉上が知らなくて良かった”
確かに、こんな自分の本性を彼女に知られる訳にはいかない。彼女がいなくて良かったと思い、そう思った瞬間、土方は自分の想いを疑いたくなった。
「・・・止めてくだせェ。やるなら先刻みてぇにさっさとやってくれ」
「・・・・そうだな・・・」
呟いて、口付ける。
抵抗のない相手に荒々しくする必要はなかった。ゆっくりと、味わうように唇を舐め、吸い、舌を絡める。
次第に息が乱れてくる沖田を抱く腕に力を込めた。
途端、沖田は思い切り土方を押し退けた。
「――――止めろ・・・っ!身代わりじゃねぇって・・・、言ったじゃねぇか・・・っ」
土方は驚いて沖田を見た。
「・・・当たり前だ・・・」
身代わりである筈がない。
本当に抱きたいのは、抱き締めたいのは・・・・。
そこまで考えて、土方は思考を止めた。
逃げた身体を負いかけ、再び捕らえる。そのまま布団に引き摺り倒した。
有無を言わせず夜着を捲り上げ、白い肢体に手を這わせた。その手触りにぞくりとする。
首筋に唇を寄せると、その身体は小さく跳ねた。
「・・・はぁっ」
身体を緊張で固くしたまま、沖田は熱い息を吐き出した。それに満たされる己をはっきりと自覚する。
――――違う。
土方は思った。
こんなのは、違う、と。
これ以上抱き締めてはいけないと何かが告げる。それは、大切な者を裏切る行為だと。
いくら面影が似ていようと、沖田は沖田だ。
彼女のこんな表情が見たいと思った事はなかった。
間違いなく自分は今腕の中にいる彼が、沖田が欲しいと思っているのだ。
「―――総悟・・・」
自分で驚くほど優しい声でその名を呼んだ。
傷付けた下半身の窪みには触れないように、丁寧に愛撫する。
「・・・んだよ・・・」
沖田は苦しそうに口を開いた。
「こんなもん、ちっとも痛くねぇんだよ。気にするなよ・・・。もっと・・・、憎んで・・・、憎ませてくれ・・・」
じゃないと・・・、
固く瞼を閉じたまま、沖田は続ける。
「・・・勘違い、しちまいそうになる・・・」
その言葉を聞いた時、土方は憎しみがするりと消え去るのを感じた。
互いに何を望んでいたのか。
憎しみをぶつけ合う事に、何の意味を求めたのか。
全て、後ろめたい想いを隠して誤魔化す為だったのだはないだろうか・・・?
「俺はあんたを殺してぇんだ」
「・・・・死ぬか、」
二人で。
土方が呟いた言葉に沖田は目を見開き、意外にもこくん、と頷いた。
「――――消えてェ。俺を、消し去りてェ・・・」
「総悟・・・」
堪らず、細い身体を抱き締めた。
濡れた瞳を見つめ、確信を手に入れる。
一緒だと。
彼女に対する思慕とは別の感情が、確かに二人の間に存在していると―――
身代わりにしたのは、どちらだったか。
土方は自身に問い掛けた。
願ったのは、綺麗な恋。触れない位置で大切に、大切に飾るだけの自己満足な恋。
望んだのは、真に望んだのは互いの全てを曝け出す醜い愛情。
押さえる事の出来ない欲望も愛憎も本能も、そこにはあった。
身体の奥底から突き上がってくる激しい慕情。
それは今、自分が感じているものではないだろうか。
「――――今更、どうしろって言うんだ・・・?」
途方に暮れた子供のように土方は呟いた。
一体何時から、何処から間違えてしまったのか分からない。
確かに始めは彼女だった。その姿を見るだけで鼓動が落ち着かなくなるのを自覚していた。
けれど、脳裏に焼き付いているのは少年の寂しい瞳。嫉妬に揺れるその瞳さえ手に入れたいと思ったのは何時だったか。
「・・・俺達、そろって裏切り者ってワケかィ」
裏切り・・・。
土方は口の中でその言葉を繰り返した。
沈黙の後、沖田はぽつりと言った。
「消せねぇなら、やり直すしかねぇか・・・」
「やり直す・・・?」
「烙印を背負って汚く生きるってコト」
土方は沖田を見た。
「それって、有りだと思うかィ?」
ミツバの手を振り払ったその手で、沖田の手を取る。
それは果たして、許されるのだろうか?
一体誰に許しを請うのだろう?応えは一生返ってこないというのに。
けれど、それでも二度と沖田を手放す事などできない。
彼の言葉も同じ想いから出るのだろう。その覚悟の重さは計り知れない。
「・・・一緒に、堕ちるってぇのか?」
土方は笑った。
後悔ならあの世で。二人で一緒に彼女に斬られよう。
伸ばされた手を、土方はしっかりと受け取る。沖田も土方に笑みを返し、口を開いた。
「さあ、始めましょうや」
もう一度。
最初から。
終
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いえ、もう・・・、ノーコメントでオネガイシマス。
本人一番ヘコんでますから(笑)