手にするものは
愛している。
愛している。
決してこちらを見ない。
あなたを。
歪み始めたこの気持ちを許して欲しい。
例え、この手に何も残らなくても、今はただ――――
「・・・土方さん、今日も行くのですか?」
山崎は身支度を整えて自室から出て来た土方に声を掛けた。
「――――・・・ああ」
土方は小さく頷いた。
他の隊士に聞かれないよう、それだけで土方は山崎から離れた。
彼が嫌がるその話題にわざわざ触れるのは、沖田が聞いているのを知っているからだ。
週に一度は必ず、その他でも空いた時間があれば土方は一人で其処へ向かう。
愛する人の眠る場所に。
それを知る者は極少数だった。
近藤と山崎、そして・・・。
振り返った山崎と目が合った沖田は、すぐに俯いた。
山崎は笑みを浮かべる。
こうして山崎が遠回しに知らせなければ、彼はきっと気付かない。
だからわざと見せつける。
あなたの好きな男は他の女を愛していると。その存在がなくなってもまだ、愛し続けていると。
充分知っているのに、更に追い詰める。
行き場をなくした彼が最後に求める場所は、ここしかないと解らせるのだ。
訪れた寺。真新しい墓に供えられた花と激辛煎餅。
それを見て、沖田は首を傾げた。
「・・・副長ですね・・・」
山崎はすぐに悟り、呟いた。
「こんなマメな奴か?あのヤローが。近藤さんの間違いじゃねぇのか?」
「・・・いえ、近藤さんとは先週来ましたが、こんな花じゃなかったですよ」
二人が話していると、寺の住職が歩いて来た。そして、二人の目の前でその花と煎餅を片付け始めた。
「三日と開けず来るその人がね、必ず供えた物をすぐに片付けてくれと言われるのですよ」
聞きもしないのに住職はそう言うと、花と煎餅を抱えて寺へと戻って行った。
「堂々とすりゃいいじゃねぇか。墓参りくらい。バレて何困る事があるってんだ」
沖田は眉を顰めた。
「・・・でも、副長らしいですよね。・・・好きなんですよ、まだ」
「・・・・・」
黙り込んだ沖田を見た山崎は、その辛そうな表情に一瞬息を呑んだ。
「沖田さん・・・?」
沖田は墓を振り返り、微笑む。
「――――幸せかィ?」
その時、山崎はふと思ってしまったのだ。
沖田は土方の事を、好きなのではないかと・・・。
歪み始めたのは、おそらくその瞬間から。
効果は次第に表れてきた。
沖田の口数が少なくなり、土方に対する悪戯も、暴言も、接する事自体目に見えて減ってきた。
その時は確実に近付いていると確信する。
彼をこの腕に抱き締める、その時が。
相変わらず、土方は墓へ行くのを止めない。きっと、自分も愛する人を失ったらそうするであろうと山崎は思う。
けれど・・・・。
土方に頼まれた、墓前に供える為の花を手に、山崎はその部屋を訪れた。
「頼まれたもの、買って来ましたよ」
「悪いな。今日はどうしても行く時間がなかった。・・・頼めるのお前くらいしかいねぇからな」
土方はそう言うと、山崎から花を受け取る。
隊士達も出払った正午過ぎ。目立たないよう、私服に着替えて土方はこっそり屯所を出るつもりなのだ。
「毎日のように、何をミツバさんに話しているんですか?」
山崎の問いに、土方はふ、と笑った。
「毎日色々あるからな。今まで話せなかった事も」
それは償いに似ている。そう山崎は思った。
「――――まだ、愛していますか・・・?」
それはわざとではなかった。
純粋に、土方に聞いてみたいと思ったのだ。
「ああ」
土方が僅かに微笑み、頷いた時、背後の気配に気付いた。
「――――!」
山崎はしまった、と思い振り返った。
沖田が其処にいたとは、気付かなかった。
慌てて襖を開け、逃げ出すその背を追い駆けた。
腕を掴んでその動きを止める。
「――――見るな・・・」
呟いた沖田は、涙の滲んだ瞳で力なく山崎を見上げた。
「沖田さん――――」
山崎は沖田の濡れた瞳を見つめた。
最早この世にいない存在に嫉妬する辛さ。
その相手も、好きな人と比較出来ないくらい愛している。その苦しみ。
一人では抱えきれないその重さ。
山崎は沖田を抱き締めた。
「――――俺がいます。辛いのはきっと、今だけだから・・・」
月並みな言葉は沖田の耳を素通りするのだろう。
沖田は目を閉じて、ただ山崎の胸に凭れていた。
「総悟、どうかしたのか?」
その日夜になって、土方が山崎に問い掛けてきた。
「・・・どうって・・・?」
「何か最近様子変だろ、あいつ。今日も俺が出掛ける前お前等話してたじゃねぇか」
「―――ああ・・・」
「あいつに何かあったら、俺ぁ顔向けできねぇ。教えろ」
その言葉に、山崎は苦笑した。
「・・・・本当に沖田さんの為を思って言ってるのでないとしたら、教えられません」
「何?」
土方は表情を変えて山崎を見た。
「沖田さんを心配するのは自分の為ですか?ミツバさんの為ですか?」
「――――総悟の為に決まってんだろうが」
山崎の中で何かが弾けた。
今までにないほど、土方という男が憎く思える。
「―――だったら、死んだ人の事ばかり考えないで、少しは生きている人間を見て下さい!土方さんにとって大事なのは過去ですか!?この世にいない人間に何を言っても、もう通じないんです!土方さんの行動はただ、自分の後ろめたさを誤魔化してるだけでしかない!」
「―――何を・・・!」
土方は唇を震わせた。
馬鹿だ。
何て自分は愚かなのだろう。
今日見た、限界まで追い詰められた沖田の姿。
そうなるのを望んだのは自分。
けれど、少しの満足感も得られなかった。得たのは、後悔だけ。
「何度でも言います。ミツバさんは死んだんです!あなたの懺悔は何も伝わりません!」
「山崎――――!」
顔色を変えた土方は山崎に掴みかかった。
怖くなどない。いっそ、殴ってもらった方がいい。
山崎は土方を強い視線で見つめた。
「――――でも・・・、生きている人間には伝わるんですよ・・・!」
「―――――」
土方は言葉を無くして、山崎を見つめた。
「お前・・・、誰の事を言っている・・・?」
それを言ってしまえば、何もかも失うのは解っていた。
けれど言わずにはいられない。
山崎はゆっくりと口を開いた。
「あなたを・・・、一番必要としている人です・・・」
「――――・・・総悟・・・」
「え・・・?」
山崎は自分を素通りして向けられた視線の先へ顔を向けた。
沖田が突っ立ったまま、こちらを見ていた。
「聞いてた・・・、んですか・・・?」
「だって、声でけぇもん、アンタら」
沖田は苦笑した。
「・・・すみません、勝手な事ばかり言って」
沖田の顔をまともに見ることは出来なかった。
自分のした事は土方と比べ物にならない程、卑怯だ。
追い詰めるだけ追い詰めて、最後は善人ぶってそれを誤魔化そうとしているのだ。
「山崎――――」
沖田の声を背に、今度は山崎がその場から逃げ出していた。
「昼間とは逆だな」
追い付いた沖田に腕を掴まれ、山崎は振り向いた。
「・・・どうして俺を追うんですか・・・?鈍い土方さんもさすがに気付いたと思いますよ。早く戻って下さい」
「余計なお世話でィ」
「分かってます。でも、言わずにはいられなかったんです」
「―――もう、いいよ」
山崎は沖田を見た。
「俺には、お前がいるんだろ?」
「――――え・・・?」
その瞳が優しく自分を見つめ返している。
山崎は信じられない思いで息を飲んだ。
「あのヤローが姉上を忘れたら、俺ァ、半死半生の目に遭わせるよ。だから、このままでいい。・・・だから、もう・・・、お前も楽になってくれ」
沖田はそう言うと、抱き締めるように山崎の背に腕を回した。
“ありがとう”
昼間と同じく、胸に頭を凭れ掛け、沖田は囁くように言った。
こんなにずるい俺でいいんですか?
山崎は溢れた涙が零れ落ちないよう、上を向いたまま、沖田を恐る恐る抱き締めた。
汚い感情に呑まれ、大事な人を傷付け、逃げようとした自分。
それでも愛しているという想いだけは本物だった。
それが伝わったのなら、嬉しい。
山崎が最後に得たのは、彼の微笑だった。
終
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以前コメントで頂いたネタを使わせて頂きましたvありがとうございましたvv
つか、ご希望はもっと黒い山崎でしょうか?(汗)
たまには山ちゃんにも幸せになってもらいたくって・・・v
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