二つの愛
変だ。
最近の俺は心が二つに分かれてしまっている。
気のせいじゃない。心の病でもない。
それは、この世で最も俺が苦手とするアレのせいだ。
呪い。
考えただけでぞっとする。
自分の中に居るのだろう、アレが恐ろしくて堪らない。
自分の知らない内に何かを、イロんなヲタクなアレコレをしでかすアレが怖い。
「お〜い。土方ぁ〜」
その時、背後から総悟に呼ばれて振り向いた。
「てめ、呼び捨てかよ」
睨み付けると、総悟はちらりと赤い舌を出した。
「なんでィ、今はトッシーじゃねぇのかよ。パシってもらおうと思ったのによ」
そう、この事実は公然の秘密となっている。
そして、率先してそれを楽しんでいるこいつ。
多分、おそらく俺の恋人、という立場にあるこいつ。
全くこいつだけは何を考えているのか解らない。
「俺が引っ込んでる間に何やらせてんだ?」
「まぁ・・・、イロイロ?」
「この場で犯すぞ」
総悟は悪戯っぽい目で俺を見た。
「あのトッシーにはそんな度胸ねぇよな。っつか、俺の事本気で怖がってるみてェですぜ」
「どんだけ苛めてんの?」
「普段苛められてるからねェ。うっぷん晴らさせてもらってまさァ」
俺は総悟の腕を掴むと思い切り引き寄せた。
バランスを失った彼が倒れ込んでくる。
「俺が何時お前苛めたよ?こんなに可愛がってやってんのに」
一度上の立場を見せると、総悟は大人しくなる。
その空気を壊さないように唇を合わせる。時間がある時はその先まで。
今は都合良く、時間があった。
「・・・よく言うよ」
総悟が溜息混じりに呟いた。
********
妖刀のお陰で、この土方十四郎の内部に目覚める事が出来た。
僕は、彼がひた隠しに隠し続けたもう一人の彼。
彼自身気付いてはいなかった、彼の分身。
隙を見ては表に出ようとする僕だが、彼はあまり隙を見せない。
いつも気を張って生きている。さぞかし疲れるだろう。
僕の様に好きなように、好きなことだけをして生きていけば楽なのに。
だが、だからこそ僕が生まれたと言っても過言ではない。
次はトモエちゃんのDVDの続きを見よう。フィギュアをオークションで落そう。
それだけを楽しみに、僕は彼の中で大人しくしていた。
その時、ふと彼に隙が見えた。
僕は慌てて目を覚ました。
「ん・・・」
真っ暗だった。
真夜中に目覚めるなど、珍しい。大抵彼が寝ているときは彼自身疲れ切っているので、僕も外に出る事はない。
ふと、自分が何も着ていない事に気が付いた。
「風邪引くじゃないか」
呟いて、更に気付いた。
隣にいる誰かに。
びくりと身体が強張る。
ここで隣に寝ているのがトモエちゃんだったら。とかいう妄想はするが、さすがに現実は解っている。
妄想は妄想だからいいのだ。
それでも、どきどきしながら明かりを点けた僕は声も出ないほどに驚いた。
おおおおおおお!?
「ん〜・・・、眩しいよ、土方さん・・・」
ごろりと寝返りを打ったのは、沖田氏。いや、沖田先輩。
しかも、しかも彼も何も衣服を身に付けていない。
これはどういうこと!?
沖田先輩は眠そうな目で僕を見上げた。
「・・・何全裸で仁王立ちしてんですかィ?変態かィ?ソッチ目覚めちゃった?」
「せせせ、先輩こそ何でそんなんなって拙者と寝てんすか!?」
大きな目を見開き、彼はしばらく何かを考えた後、にやりと笑った。
「何でって・・・、そりゃ、アンタとアレしてたんだよ」
アレっ!?
「せっくす」
はあぁぁぁあぁぁぁあ―――――!?
「そ、そんな馬鹿な!拙者は無類の美少女好きでござる!初体験はトモエちゃんに似た美少女とvってー夢、どうしてくれんですかー!?」
「儚ねェ夢だな」
沖田先輩は僕の壮大な人生の夢を一蹴した。
「残念ながら本当のアンタは俺相手に欲情するモノホンのホモだよ」
「嘘だぁぁぁぁっ!僕が本物の筈!!本当の僕は美少女好きな筈――――っ!!」
大きな舌打ちが聞こえた。
僕は思わず黙った。
この人は怖い。
「しょうがねぇなァ。んじゃ、一辺試してみるかィ?」
「・・・・試す・・・?」
「俺相手にお前が勃つかどうかだよ」
「――――――!」
ナイナイ!そんなものそんなんなるワケない!!
「来いよ」
ふと、差し出された手を優しく感じた。
腹の底から意地悪な何時ものこの人らしくない仕種だった。
それでも立ち尽くしたままの僕に、彼の方から近付いて来る。
「キス、したことある?」
ぶんぶんと激しく首を振る。
「こーすると、気持ちいいんだよ。何時もはアンタからしてくるんですぜィ?土方さん」
“土方さん”
自分に向かってそう呼ばれたのは初めてだった。
そのことに呆然としている間に、先輩の唇が自分に重なった。
舌が、丁寧に唇をなぞる。
・・・・気持ち良かった。
深く唇を重ねて、気付いた時、僕の手は彼に触れようとしていた。
思わず手を引く。
「触れよ」
そんな僕に気付いた彼が次の行動を促す。
おそるおそる、その肌に触れた。
・・・・気持ちいい。
他人の肌というものはこんなに気持ちいいものなのか?
自分の肌も触ってみて、違いに気付く。
違う。同じ男なのに、明らかに違う。
女の子の肌はこんな風なのだろうか。
そんな事を考えながら、何時の間にか夢中で弄っていた。
「・・・初めておもちゃ見た子供みてェ」
笑い混じりに彼が呟く。
「残念ながら女はこんな筋肉質じゃねぇし、もっと柔らけぇよ」
「そ、そうなんでござるか?」
もっと柔らかい・・・。
ごくり、と唾を飲み込んだ。
それを想像すると、ぴくり、と下腹部が反応を示す。
もっと柔らかくて、丸くて、気持ち良くて。そんでもって可愛くて。
目を瞑って想像するだけで興奮してくる。
「――――面白くねぇな」
沖田先輩は急に不機嫌な声を出すと、僕から離れた。
「あれ?」
僕は急に寂しくなった掌を持て余した。
触りたい。妄想に耽りながら、その肌を触りたい。
「やっぱりお前はお前で、俺の土方さんじゃねぇんだ」
「何言ってんの〜。僕が本当の土方十四郎だってば。それより、続きを・・・」
折角こんなに、彼の望む通りに反応しかけているのに。
つか、治まらない。
「もう止めた。それが本当ならなおさらヤル気失せた」
「どうしてでござるかー。もっと教えて欲しいでござる。た、例えば女の子のむ、胸のカンジとか・・・」
瞬間、きっ、と僕を睨みつける彼が視界に飛び込んで来たのと共に、頬に衝撃が走った。
「―――――本当は、心の底ではそんな風に思ってんなら、何で俺なんか抱いたんだよ・・・!?」
「―――――えっ?え?」
突然の事に驚き、僕は慌てて頭を押さえて蹲った。
「土方さんが本当はヘタレだなんて、充分知ってるよ。でも、土方さんの本性がお前だなんて認めねェ。絶対、違う」
「そんなことないね。こいつは心の底では何時も現実から逃げたがっていたんだよね。それが消えない限り、僕は居続けるってワケ」
情けなく蹲りながら、僕は言い返した。
「そんでもって僕は美少女が好きなんだよね」
「うるせェ、黙れ。手前なんか消してやる」
怖い。
「アンタも、アイツも、どっちの土方さんも俺を見てなきゃ許せねぇんだ」
がたがたと僕の身体は震えだし、でもこの人の怒りの理由に気付いた。
―――――よほど、偽土方が好きらしい。
不意にそう思った時、この人がとても可愛く見えた。
********
「―――――何、言ってんだ?」
覚醒は突然だった。
俺を見下ろす総悟に声を掛けた瞬間、その瞳は大きく見開かれた。
「――――――」
「お前・・・、そんな事思ってたのか?」
「―――――何の事だよ。逃げるなんて卑怯だ。まだ話は済んでねぇ、出て来いよ」
俺の中に逃げ込んだアレに向かって言っているだと直ぐに分かった。
「・・・総悟、それは俺も聞いていい話じゃねぇのか?」
「―――――い、いいんだよ、土方さんは。俺がきっちりアイツ消してやらァ」
「いや、無理だ。アイツが消える前に俺もろともお前に殺される」
総悟は悔しそうに唇を噛んだ。
「・・・・じゃあ・・・、やっぱり認めるのかよ。アイツの事。アンタも、アイツの言ってる事認めちまうのかよ」
「いや。アイツが何言ったかなんて知らねぇし」
馬鹿だな、こいつは。
俺は苦笑した。
二人の会話など知らないが、あの一言だけで充分だ。
あれが聞こえただけで全部解った。
俺の中で小さくなっているアレも、多分解っただろう。
「・・・総悟、」
俺は笑みを浮かべたまま、その冷えた身体を引き寄せた。
「何笑ってんだよ」
「お前が熱くなってんの久し振りに見た」
夜中に裸で、俺相手に声を荒げている。それは笑える光景で、そんな総悟に心から安堵する。
俺の前では冷めた演技しかしない。
多分、アレの前でもドSしか見せないのだろう。
それで解ってもらおうとか・・・、無理だろう?
でもそんな所が余計に愛しくて、ヤバい。
「・・・つかさ、こんな時にトッシー出てくる事ねぇじゃん。何で出てきたんだよ?」
「・・・さあ・・・」
不機嫌な声のままの総悟の問いに曖昧に首を傾げながら、多分、と俺は考えた。
俺が総悟の愛情を疑ってしまったから。
必死に自分という存在を支えている気力が緩むと、アレは出てくる。
だが・・・、
「俺が、アイツとちゃんと向き合う。ちゃんと話付けて来るから、待ってろ」
「―――――・・・」
総悟の瞳が一瞬、縋るように潤んだ。
でもそれは一瞬で、またすぐ俺を睨み付ける。
「アンタが負けたらどうすんですかィ?」
「不吉な事言うな」
「でも、負けたら俺は捨てられて、アンタは美少女に走るんでしょう。トッシーに伝えとけ。そしたら殺してやるって」
震えが来るほど可愛いじゃねぇか。
何言ってんだお前。すげーデレだよ、おい。
「そりゃねぇよ」
俺は呟いた。
多分、アイツも間違いなくお前に惚れるから。
つかもう、惚れてるかもしんねぇ。
そして断固、無論譲るつもりはない。
俺は固く目を瞑り、アレが蹲る暗闇へと足を踏み入れた。
強く、強く総悟を抱き締めた後で。
終
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そんなワケで通撰組が結成しました(嘘)
トッシー難しい。