恋心





書類と向き合い、ふとした時に顔を上げる。
そこに何時もあった、あの気配がなくなったのは何時からだっただろう。
振り向けば、目線の少し下から、あの薄茶色の瞳が見返してくる。
喉が涸れるほど、毎日怒鳴っていた。
血管が切れるかと思うほど、毎日怒っていた。
それが日常じゃなくなったのは、何時からだっただろう――――――




ほんの少し、顔を後方に向けてみた。
風に揺れた、彼の瞳と同じ色の髪。さらり、と音がしそうだ。
触れようかと伸ばした手を引っ込める。
「・・・空が、高いですねェ」
呟いた言葉に誘われるように上を見上げた。
雲一つない青空が広がる。
何時もの見廻り。
何時の間にか夏の気配が消え、次に来る季節の有様に町は様子を変えている。
その時、足元に黄色の街路樹の葉が一枚落ちてきた。
ふと、気付いた。
後ろを歩く、彼の変化に。
長い付き合いの中、こいつが景色の事など気に止める事があっただろうか?
こんな風に目を細めて、空を眺める事などしただろうか?
いや、あったのかもしれない。
自分があまりにも過敏になりすぎているだけかもしれない。
変化だとしても、大した事じゃないのかもしれない。
ただ、彼の中に見え隠れするあの男の存在が。
こんなにも神経を逆撫でする。
「・・・総悟、」
「・・・はい?」
上の空で返事をするコイツは、今何を考えているのだろう。

俺としっかり目を合わせなくなったのは何時からだった?

「お前、まだ坂田と会ってんのか?」
「――――・・・うん」
パチンコ店や団子屋、喫茶店、公園に居る二人を自分自身何度か見掛けた。
それは勤務中もあったが、大抵はプライベートな時間の中で。
だから、そんなに注意できるものでもない。
「借金とか、すんなよ。ギャンブルには手ぇ出すな」
総語は笑った。
「何を言い出すかと思えば」
「冗談じゃねぇんだよ。お前は警察だ。自分の立場忘れんな」
「―――――知ってます」
また、笑った。
眉を寄せて、苦しそうに。
「・・・解って、ますよ」
総悟―――――?
声を掛けようとした時、背後から別の声がそれを遮った。
「よ、仕事?ごくろーさん」
ゆっくりと近付いて来た声の主は、総悟に近寄るとその肩をがしっと抱き寄せた。
そして、内緒話をするように口元に手を当て、何やら話し出す。
どきりとした。
仲の良い同性同士、別に普通の行為に見えるのに、何故か胸がざわついた。
総語は何度か頷いて、「分かった」と呟いた。
「おい、坂田」
俺の呼びかけを無視して、二人はまだ話している。
「おい!!」
怒鳴ると、坂田は顔を上げた。
「なに?」
「総語は勤務中だ。それから、お前等が何やろうと勝手だが、酒、ギャンブル、女は禁止だ分かったか!?」
「「エー――?」」
二人は声を揃えて不満の声を上げた。
「総語は未成年だ。まっとうな事して遊んでくれ」
「真っ当なコト、だって」
にやりと笑って、坂田が総悟に視線を投げる。
「お手玉でもしやしょうか」
それに苦笑を返す総悟。
どうしようもなく苛ついた。
「それから、門限は10時」
「げぇ?」
「お前、一人娘持つ父親ですか」
「うるせぇ。行くぞ、総悟」
溜息を吐きながら付いて来る総悟に背を向け、早足で歩き出した。
「10時はねぇでしょう、10時は」
「充分じゃねぇか。それ以上は次の日の仕事に支障が出るんだよ」
「アンタ、そればっかだな」
そう言った総語はやはり、俺と視線を合わせようとはしなかった。



何だろう、この苛立ちは。


どうして変わる?どうして何処かへ行く?


どうして―――――・・・・












つ・・・、づく・・・、(汗)




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悶々土方。

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