恋心






どうして、こんな感情が存在するのだろう。


自室に戻っても、涙は止まらなかった。
悔しくて、情けなくて。
先刻のあの人の瞳が何度も蘇ってくる。
何時か触れたいと願った指先が、鎖骨を掠った。
其処に付いた、紅い跡に僅かに触れた。
その部分が、甘く痺れる。
こんなになっても、あんな事をされても、何を見られてしまっても、まだ、好きなんだ。

俺はあの人が好きなんだ。

「畜生、強く吸うなって・・・、言ったのに」
ここに唇を寄せた人の顔が脳裏を過ぎる。
今日は止めれば良かった。
せめて、この跡さえなければ言い訳は立ったのに。
そう思って苦笑した。
言い訳?何の?
浮気の?
「・・・・・、」
そうなのだ。
涙が止まらない理由は。
自分の気持ちを裏切った疚しさから。
好きな相手に操を立てて誠実に生きていける程、強くない。
強くないけれど、本当はそう有りたかった。
自分の嘘で雁字搦めになった。
進む事も戻る事も出来なくなった。
俺はそっと顔を上げると立ち上がった。

そして、こんな風に落ち込んだ時救いを求めるのは。
それはやっぱり土方さんではないんだ。







「・・・また、泣いてんの?」
夜中に急に訪れたのに、旦那は嫌な顔はしなかった。
眠そうだけれど。
「泣いてねぇ」
明らかに赤い目をしてるのは自分でも分かっている。
でも、認めたら全て吐き出してしまいそうだ。

――――――俺が好きなのはアンタじゃない。

でも、助けて欲しい。

ずるい考え、汚い自分を曝け出してしまいそうだ。

クルシイ。

タスケテ。

旦那は黙って俺を引き寄せた。
広い胸に頭を預け、目を瞑る。
これがあの人だったら、と考えたら、胸が痛くなった。

どうして、あの人じゃなきゃ駄目なんだろう?
どうして、この人じゃ駄目なんだろう?
他の人じゃ駄目なんだろう?

でも、それはもしかしたら思い込みで、実は他にも自分に一番合った誰かが居るのかもしれない。
出逢っていないだけかもしれない。
この先出逢えるとしたら、それは何時?
それまではこの想いを引き摺らなくてはいけないのだろうか?
人形のように、ただ生きていければ。
捨てれるのなら、いっそ命ごと捨ててしまいたい。
傍に居て、見つめるだけで、どうして満足出来ないのだろう。
どうしてこんなに欲深くなって行くんだ。
「・・・苦しいなら、止めちゃえば?」
頭の上で声がした。
「え?」
思わず顔を上げて、息を呑む。
見下ろすその瞳が、表情が悲しそうに歪んで―――――
次の瞬間、労わるようなそれに変わった。
憐れんでいるかの様な微笑み。

そうだ。

この人はどこまで気付いているんだろう。
どこまで知っているんだろう。
そして、何を考えて俺を受け入れ、今も何も聞かずに抱き寄せているんだろう。
俺の言葉を信じていない顔をして、信じた振りをしているのは何故だ?
「・・・止めるって・・・、何を?」
「例えば――――、俺に会うの?とか?」
「・・・・・・」
俺は黙って旦那を見つめた。
ヤメル。
その言葉が頭の中を渦巻く。
少なくとも、そうすればこの疚しい気持ちからは解放されるかもしれない。
では、この寂しさの行き場は何処へ?
一人で耐えられるくらいなら、初めから身代わりになんてしない。
嘘など吐かない。
「・・・旦那は・・・、止めた方がいいと思うかィ?」
「・・・・・俺の意見は関係ない」
――――じゃあ・・・、アンタは・・・、
「止めたい・・・?」
口にした途端、辛くて頭の中が真っ白になった。
この人はただの身代わりで。抱き合ったって満たされなくて。
その更に代わりだって探せばいる筈で。
なのに。
この人が「うん」と頷いたら、きっと深く、深く傷付く。
傷つきたくないから何とも思ってない相手にしたのに。
「俺さぁ」
その時彼が口を開いて、俺の心臓は痛みを感じるほど、脈打った。
「一度もお前に嘘言った事、ねぇんだよ」
「―――――」
ざわ、と鳥肌が立つ。

“お前と違って”

そう言われたように思えた。
「だからこれは、最後のチャンスだ。決めろ。今直ぐ」
「・・・・・・」
真っ直ぐに俺を睨みつける灰色の瞳。
最初の時と同じだ。
全て見透かして、それでも答えは一つしか許さないと言っている瞳。
「もし俺に決めたら、泣いても喚いてもどれだけ苦しんでも絶対離さないから、覚悟して言えよ」
まただ。
縛られたように身体が竦む。

俺は何が怖かった?

土方さんに拒否される事以外に怖い事などなかった。

たった一人、一番好きなあの人だけが、この世で一番怖かった。

だから言えなくて、言えなくて、苦しかった。



―――――でもこの人なら、解ってくれるんじゃないかって思った。
こんなつまらない嘘、バレたって良かったんだ。
「嘘吐き」って、笑ってくれると思っていたんだ。
この瞳で全て見透かして、俺の本当の望みを叶えてくれるんじゃないかって、そんな、

甘い、



甘い幻想を抱いていたんだ。
















つ・・・、づ、く・・・。




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もうすぐ終わる・・・、ハズー。
長い連載出来ないのよ。せっかちなんだね。


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