恋心
―――――――ああ、これか。
自分の指先を見つめてそう思った。
僅かに触れただけの其処が、あの感触を思い出しては甘く痺れる。
そうだ。
遠い昔、顔も思い出せない誰かに感じた想いに良く似ている。
もどかしくて、はっきりと手に入れたくて。
そして、その相手が自分を見ていないと思うと、こんなにも苦しい。
そうだ。恋ってのは、確かにこんなだった。
そう思っても、苦笑しか浮かばない。
よりによって、アイツか。
―――――――総悟、
お前は今、何を考えている?
何処で何をして、誰を想っている?
その姿が傍にないだけで、いや、傍に居ても同じ。
その存在が自分を支配する。
こんな想いをアイツはずっと抱えてて、苦しんでいたっていうのか?
でもそれは、違う。
俺は違う。
理解した今だから言える。
――――――俺は、苦しまない。
廊下で待ち伏せた。
疲れた顔をして帰って来た総悟は、俺を見て少し目を伏せた。
「・・・こないだの事、怒ってねぇなら、俺の事嫌じゃねぇなら、寄ってけ」
そう言って、自分の部屋を親指で指す。
総悟は訝しむ目で俺を見上げた。
「アンタの事ァ嫌いだけど、別に怒ってねぇから・・・、いいよ」
相変わらず可愛くない口を利く。
――――――嫌い、か・・・。
思わず呟いて苦笑する。
俺の後に続いて部屋に入った総語は突っ立ったまま、「何?」と聞いてきた。
「あん時、俺ぁ返事出来なかったが、今なら言える」
誰かを好きになるって事は、苦しい事じゃない。
率直にそう述べると、総悟は少しだけ目を見開き、口元に笑みを浮かべた。
「・・・ああ、そう。アンタにも誰か、そういう人が居るワケ」
「お前は自分で可能性を閉じてるだけだ。例え相手が城のお姫さんだとしても、ちゃんと向き合って気持ちを伝えてみればそんなわだかまりは残らねぇ筈だ」
真剣に話しているのに、総悟は微笑を浮かべたまま俺を眺めている。
「・・・それは土方さんの見解ってやつだ。そういう前向きな考え方もあるって、覚えときまさァ」
「お前も、伝えてみろって言ってんだ。楽になるかもしれねぇだろ?」
「そりゃ、無理です」
俺はむっと総悟を睨んだ。
「何で」
「俺、生まれつき嘘吐きなんですよ」
「―――――そんな最初から諦めたような事言ってっから駄目なんだよ、お前は!」
怒鳴っているのに、総悟の表情は崩れない。
「・・・うん。旦那にも同じようなコト、言われた」
「――――――」
ざわ、と身の毛が弥立つ。
面白い。
俺は嫉妬してる。
「俺はお前みたいにはならない」
「うん」
「だから言う。お前が好きだ」
そこで初めて、総悟は表情を変えた。
口元の笑みが消えた。
その変化を間近で見て初めて、俺の心臓は激しく鳴り出した。
―――――コイツは今、何を思ったのだろう。
そう考えると居た堪れなくて、怖くて、逃げ出したくなる。
返事など分かり切っているのに、改めて言われると思うと怖い。
もっと簡単なものだと思っていた。
――――――怖い。
本当だ。傷付くというのは怖い事なんだ。
「・・・俺、忘れられない相手が居るって言いましたよね?」
総悟の声が冷たく耳に響く。
「―――――ああ・・・」
「じゃ、返事、解ってて言ってんですよね?」
「―――――ああ。・・・でも、可能性はあると信じてる」
「すげぇな」
呟いて、総悟は笑い出した。
「何が可笑しい」
「いや、性格ですかね?育ちが違うってのもあるかもしれねぇよな。素直な人間ってすげぇや。アンタやっぱり副長向いてやせんぜ。策略なんて無理無理」
笑いながら捲くし立てるように言い、総悟は俯いた。
「だから、アンタが良かったのかな・・・」
「・・・・え?」
思わず聞き返した俺に、総悟は顔を上げて口を開いた。
「俺は嫌いです」
嫌にはっきりと、そう言い切った。
何も言い返せない。
「俺に、アンタは無理です」
無理・・・。
無理って何だ?
「また最初から否定かよ。少しも考える猶予もなしかよ」
「うん、無理。土方さんと居ると、俺すごい自分が嫌いになる。何時も、最初からそうだった。こうなってようやくそれが解った」
「・・・何だよ、それ」
「アンタなんて大嫌いです」
とどめのような言葉。
でも。
何でお前は今にも泣きそうなんだ?
まだまだ言いたい事はたくさんあった筈なのに、どれも言葉になって出て来てはくれない。
はっきりと切ってもらって楽になるのではなかったか?
こんなにもはっきり言われたのに残る、このわだかまりは何だ?
伸ばした手を摺り抜けて、彼は部屋から出て行った。
総悟の言葉が頭の中を渦巻く。
“嫌いです”
“真撰組は、好きですよ”
“嘘吐きなんです”
そして、あの表情。
納得などしない。
どれが本当でどれが嘘か解らない。
告白したのにすっきりしない。
楽になどならない。
苦しみは増すばかり。
これか。
この苦しみが本当のそれか。
この感情をこの先持て余していくのかと思うとぞっとする。
「――――――総悟・・・」
それでも思い描くその人は、優しく甘く、心の中に在り続けるのだ。
つづ、く・・・。
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予定通りに進んでくれた・・・(ほっ)
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