恋心
嘘吐きでかまわない。
―――――――初めて、人が流す涙を綺麗だと思ったから。
「アンタが―――――・・・」
その言葉を聞いた時、この心臓が確かに反応したから。
「アンタが、好きです」
それが嘘じゃないかと思った瞬間、精神が痛みの悲鳴を上げたから。
抱き締めた時、昔失ったと思っていたものがゆっくりと蘇ってきた。
だから。
この感情を、恋と言ってもいいんじゃないかと思った。
チャンスを与えてしまったのは、俺の中の僅かな良心が痛んだからだ。
アイツが決定的な何かを言い出すまで、このままでいようと思っていた。
俺は我慢が嫌いだ。
欲しい物は我慢出来ない。
だけど、あんまり苦しそうだったから、楽にしてやりたいと思った。
だから、一瞬だけ。
チャンスを与えた。
本当の事なんて言うな。
このまま俺の傍に居ろ。
そう願いながら見詰めた、アイツの瞳は大きく見開かれていた。
逸らす事もせず長い事そうして、やがて、その口からぽつりと洩れた言葉。
嘘の言葉。
「俺は、アンタが好きです」
アイツはそう答えた。
充分じゃねぇか。
「あ、旦那ァ」
笑い方が自分に似てきた、と思うのは気のせいだろうか。
待ち合わせの場所で俺を見付けた沖田は軽く手を振った。
「悪ぃ、遅れた」
「いつもの事じゃねぇか。それより、昨日給料日だったんで軍資金たんまりありやすよ」
そう言ってにやりと笑う顔も。
どことなく、以前と違う。
俺の影響力ってすごいワケ?
それとも愛の力?
強制した訳ではないのに、沖田は俺の趣味にとことん付いて来る。
こいつの趣味にはイマイチ・・・、付いていけない。
が、愛の力だと納得しておく。
こいつが本当に好きな誰かは死んだのだ。
そう納得する。
「どう?最近調子は?」
「ぼちぼち。・・・旦那は?」
「んー。ぼちぼち」
白い息を吐きながら笑う沖田を見ると、何だか不意に寂しさが込み上げてきた。
この寒さが人を恋しくさせるのか。
こうして逢うのは半月振りだったが、その間考えるのはこいつの事。
今、誰と何をして、何を考えている?
少しは俺の事考えてるのか?
湧いた頭でそんな事ばかり考えている。
浮かれた自分が滑稽で情けなくて、でも人間としてまだ救われてるな。などと考える。
「旦那?」
呼ばれて我に返り、思わず目の前の身体を抱き締めた。
「・・・旦那、誰かに見られる・・・」
「悪い。・・・俺は、別にいいけど」
「・・・・・・・」
離れようとした俺の身体を、今度は沖田が強く抱き締めてきた。
「見られるとやばいんじゃないの?」
「俺も、いいや」
「どした?」
「・・・俺、自分で思ってたよりもっと黒くて。真っ黒で。まめしばくらいの小っさい天使がいるかと思ったけど、それもやっぱり真っ黒いヤツで。ほんと、どうしようもない人間なんですよ」
まめしばってナニ?
という突っ込みは口に出さなかった。というより出せなかった。
「こんな中身真っ黒人間で、アンタはいいんですか?」
触れたら泣き出しそうな表情で、沖田は言った。
「嬉しかったのに・・・、俺は、苦しめばいいと思ってる。俺が苦しんだのと同じくらい苦しめばいいと思ってんです」
俺の事じゃないよね?
誰の話?
何の話?
聞いていいワケ?
「―――――でも、本当は、そんなに苦しまないで直ぐに忘れるんだろうなって・・・、解ってるんです」
「・・・ぶっちゃけてくれてもいいけどさぁ。言ったよね?何があっても絶対離さねぇって」
「うん」
「大体、お前が真っ黒なんてぇのは知ってんだよ」
酷い、嘘吐きだって言う事も。
こっちだっていい加減苦しんで傷付いてんだよ。
それでも。
偽りの言葉で充分だって言ってんだよ。
「懺悔でも何でも聞くよ?それくらいの覚悟はあるっつーの。ただ、チャンスはもうやらねぇ」
「・・・うん」
沖田は頷いて、その後そっと微笑んだ。
やっぱり懺悔などする気はないのだろう。
俺に真実を告げる気も。
「全部、旦那の事ですよ」
そうやってまた、混乱させる。
「苦しいですか?そん位、俺の事好きですか?」
ああ、苦しいよ。
これが恋の醍醐味なら懲り懲りだ。
「・・・何回同じ事言わせんの」
「――――――旦那にしか、言えないから・・・」
「―――――」
でも、なんつーか。
それが嘘でもホントでも、何となく嬉しくなって。
信じてやろうとか。
騙されてやろうとか。
思っちゃうこれもどうしようもなく、恋のなせる技なんだろう。
ただ、贅沢は言わない。
何時かはお前も俺の事で頭一杯にして、俺の事で苦しんでくれ。
終・・・。
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苦しい恋話を書きたくて。
素直じゃない人達って難しい。
「言っちゃえばいいのに!!」って自分で苛々した。
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