情けない
少年は大きな瞳を潤ませて近藤を見上げた。
寂しさと、不安とが入り混じった、縋るような眼差し。
「今日は・・・、ここに居てくだせェ」
小さな赤い唇が動いた。
「いや〜〜、あの時の総悟はほんっとに!ほんっっとにっ!!可愛かったなあああ!!」
力説する近藤を、土方は苦い表情で見た。
「こう、胸がきゅ〜ん、としたもん。子供ってこんなに可愛いものかと思ったよ」
その日、悪戯の過ぎる沖田の愚痴を言いに土方は近藤の部屋を訪れた。
だが、昔はそうじゃなかった、と近藤が話し初めて今に至る。
「あの時総悟は熱を出してな、余程不安だったのか、普段俺にさえ頼ってこないあいつがすごい素直になっちゃって。もうその可愛いこと、可愛いこと、可愛いこと」
同じ話を何度繰り返すのか。
土方は頬杖をついて、そっぽを向いた。
熱く語られても、こちらはそんな沖田など想像もできない。
「だから、あいつは今も素直になれないだけなんだと俺は思う。ちょっとした悪戯くらいでそんなに目くじら立てるな」
「ちょっとしただぁ?命に関わる悪戯があるかっ!!」
「副長になりたいだなんて、可愛い動機じゃねぇか。生意気なのは昔からだが、ギャップがある分、とにかくその可愛さときたらとんでもないから!今でもたまには甘えて欲しいって思うよ、マジで」
・・・一辺命狙われてみろ。
再び昔話を始めそうな近藤の様子に、土方は心の中で毒づいてその部屋を後にした。
「畜生・・・。何で俺にだけあんなに態度が違うんだ?」
顔は確かに可愛いかもしれないが、態度も性格も真逆だ。少なくとも、土方に対しては。
どかどかと音を立てながら廊下を歩き、土方は先程の近藤の話しを思い返した。
“ここにいてくだせェ”
そんなセリフ、一度でいいからあの口から聞いてみたい。
「・・・言わせてやる」
呟いて、土方は屯所を出た。
探し回って辿り付いたその場所は、川原だった。
沖田と、隊士二、三人が浪士風の男二人を取り囲んでいる。
「――――何してんだ?」
土方が訊ねると、沖田は振り返って顔を上げた。
「つまんねぇ喧嘩でさァ。今やっと二人とも落ち着いた所だ」
沖田は隊士達に二人を警察に連れて行って取り調べるように言いつけ、ふう、と息を吐き出した。
「今日はもう、こんなのばっかで疲れやした。副長は来るの遅ぇし」
「・・・悪かったな」
「悪いと思うなら肩の一つでも揉んでみなせェ」
この野郎・・・。
沖田の肩に向かって伸ばした手を、彼はふいと避けた。
「やっぱ、アンタ馬鹿力だからいいや」
この野郎ぉぉぉぉっ!!
力任せにやってやろうとの魂胆をあっさり見破られ、土方は頭に血が上った。
「アンタの仕事はもうねぇよ。さっさと帰れ」
とどめのような沖田の言葉。
近藤には「ここにいて」で、自分には「帰れ」か。
そう思った次の瞬間。
見開いた沖田の瞳がゆっくりと遠ざかっていった。
――――あれ?
伸ばした自分の手が、彼を助けようと伸ばしたのか、彼を突き飛ばしたのか、理解出来ない。
いや、突き飛ばしたのだ。
そう理解した途端、今度は本当に助けようと手を伸ばしたが、間に合わなかった。
派手な水飛沫を上げ、沖田は川に落ちた。
我に返った土方は、水面から顔を出して呆然とこちらを見上げる沖田を引き上げたが、真冬の水は冷たかった。
屯所に着いた時、沖田の唇は真っ青になっていた。
「・・・すげぇ仕返しだ。すげぇや、土方さん。流石鬼の副長だ」
沖田の言葉に何も言い返すことも出来ず、土方は黙っているしかなかった。
自分も歯の根が合っていなかったが、沖田のそれは土方以上だ。
―――何をしたんだ、俺は・・・?
どう考えても、先程の自分の行動が理解出来ない。仕返しの満足感など、勿論ない。
直ぐに風呂で身体を温めたが、案の定、その夜沖田は熱を出した。
「総悟を川に突き落としたんだって?」
怒っているというよりも呆れている様子の近藤に、土方は溜息を吐いた。
「・・・分かってる。大人気ねぇと思ってる。今夜は俺が看病するよ」
その言葉に、不満の声を上げたのは沖田だった。
「え〜・・・。アンタが居たら治るもんも治らねぇよ」
「総悟!お前のその態度も悪いぞ」
「・・・・・」
何時になく厳しい近藤に、沖田は眉を寄せると、ふて腐れた様に布団の中に潜り込んだ。
「俺は今夜抜けられない会議がある。大人しく寝てろ」
土方に頼む、と告げると、近藤はそのまま部屋を出て行った。
「・・・土方さんも、看病なんていいから出てってくれィ」
二人きりになると、沖田は不機嫌な声のままそう言った。
「前から一度聞こうと思ってたんだが、お前は俺の何がそんなに気に食わねぇんだ?」
「全部」
即答かよ。
布団に頭まで潜り込んでいる沖田にちらりと視線を走らせ、土方は桶の中の手拭を絞った。
それを手に、布団に近付いて沖田を覗き込み、土方は一瞬言葉を失った。
ぎゅっと眉を寄せるその表情が、泣き出す寸前の様に見えたからだった。
「――――総悟・・・?」
「・・・畜生。何で俺が怒られなきゃなんねぇんだ。アンタのせいだ。何もかも土方のせいだ」
「・・・拗ねてんのか」
沖田の額の温くなった手拭を取り替え、土方は布団の傍で胡座を斯いた。
「何だよ、出てけっつてんだろ?」
「・・・叱られたくらいでその顔か。ただのガキだ、手前は。情けねぇな」
昼間の衝動の理由が分かる。
何一つ思い通りにならない彼が憎いのだ。
「助けて」と。
「ここにいて」と。
その言葉が聞きたいだけなのに。
ぺし、と手の甲で沖田の頬を叩き、その熱さに驚いた。熱は更に上がっている様だ。
ぎゅ、と唇を噛み締め、沖田は土方を睨み付けると、口を開いた。
「―――そうだよ、俺からあの人を取って行くアンタが憎くて堪らねぇんだよ!!」
「―――――」
やっぱり、そうか。
何となく予想はしていた。けれど、近藤を取ったつもりなど勿論ないし、はいそうですか、と返すことも出来ない。
沖田のは完全に妬みだ。
それが自分に向けられている事の理不尽さ。代わりたくても代われないのに。
「・・・女々しい奴だな。俺が死んで何か変わるって思うんなら、一生やってろ。副長の座なんざ、何時でもくれてやるよ。そんなくだらねぇお前が近藤さんの隣で何が出来るっつーんだ」
「――――・・・」
傷付けた。
何も言い返せないでいる沖田を見て、土方はそう思った。
真冬の川に落としただけでは飽き足らず、更に沖田を傷つけてしまった。
それが酷く、悔しい。苦しい。情けない。
「・・・ほんとに・・・、情けねぇよ・・・」
沖田の言葉一つで、こんなにも落ち込む自分が。
土方は顔を上げると、布団の上から沖田の身体を抱き締めた。
「・・・・何・・・」
驚く沖田に、笑みを返す。
「気に食わねぇかもしれねぇが、俺が居てやる」
せめて、この震えが止めるまで。熱が下がるまで。
沖田が望むなら、何時までも。
近藤の代わりにはなれないけれど。
それは土方の口を出ることはなかったけれど、
「・・・・うん」
しばらくして彼が発した、小さなその呟きに救われたような、そんな想いが土方の中に広がった。
彼の体の震えが止まり、静かな寝息が聞こえてきてもまだ、土方は抱き締め続けていた。
――――いつか・・・。
何時の日か、望んだ言葉がその口から聞ける時が来るのではないかと・・・。
希望の様に儚い予感を、感じた。
終
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すみません。本当はね、投票のお話書いてる筈だったのですが、どうにもこれ違う?的になってきて・・・。
ていうか、結局自分ではどれが甘くて辛いのか良く分かってないのだった!!!
これから何本か土沖上げていくので、読んでいる方の判断に任せようか・・・、なんて・・・。え?駄目?
つか、また中途半端ですかっ!?(涙)
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