情けない ―2―
翌日には、沖田の熱はすっかり下がっていた。
何時もの調子を取り戻した沖田は、起きた早々布団の傍らで眠り込む土方に桶の水をぶっ掛けた。
「ぶわっ!!何だっ!?」
最悪の目覚め方をした土方は叫んで、目の前の沖田を見上げた。
その顔がにやりと自分を見下ろしている。
「昨日の仕返しでィ」
「―――――」
しばらく今の状況が理解出来なかったが、手拭で髪を拭いていると次第に思い出してきた。
昨夜、“居てやる”と言った土方に、沖田は確かに頷いた。
その表情がどこか安心しているように見えたのは、目の錯覚だったのか。
何かが変わったように思えたけれど、沖田はやはり沖田だった。
「熱出しても俺ァ、看病なんてしやせんぜ」
「期待してねぇよ」
すっかり顔色も良くなった沖田に土方は背を向けた。
彼の元気な様子に、腹を立てながらも安堵している自分に苦笑する。
情けない。
こんなにも自分は沖田が大切なのだ。
定例の会議を終え、土方は近藤の部屋に向かった。
襖に手を掛け、中から沖田の声がする事に気付いた。
「・・・近藤さんは、ずっと俺の傍に居てくれるかィ?」
その会話の内容に、襖を開けようとした手が止まる。
「何だ?熱出して昔に戻ったみたいだな、総悟」
「―――居てくれるかィ?」
「そりゃあ、無理だろう」
そう言って、近藤は笑った。
土方は手に力を込め、襖を開けた。
沖田がはっと、此方を見る。
その瞳が動揺した様に彷徨い、伏せられた。
そんな沖田を一瞥すると、土方は口を開いた。
「朝からぐだぐだ言ってんじゃねぇよ。親離れ出来ないひよこか?手前は」
「―――っ、聞いてたなっ!?」
沖田の顔が真っ赤になる。
「つか、ひよこでも親離れはするよな」
「おい・・・、トシ・・・」
「ああ、そうか。お前近藤さんの嫁になれ。それが一番確実・・・」
全部言い終わらない内に、沖田の拳が飛んできた。
見事にそれを顔面で受けた土方を睨み付けると、沖田は部屋を出て行った。
「・・・痛ぇ・・・」
鼻を擦る土方に、近藤は苦笑した。
「・・・ずっと居てやる、なんて嘘は吐けねぇよ」
「当たり前だ」
「でも、真撰組では、同志だ。此処ではずっと一緒だ」
「・・・・・」
「総悟に伝えてくれよ、トシ」
「・・・・・」
土方は近藤から顔を背けた。
でも、それでは不満だから沖田は確認したのだろう。
「嫁にもらってやれよ、近藤さん」
「何言ってんだ?俺の嫁はお妙さん。もうこれは決定事項だから」
「・・・伝えとくよ」
土方は近藤の部屋を出ると、沖田の後を追った。
パトロールに出たと思っていた沖田は、一人別行動をしていた。
団子屋の緋毛氈に座る彼を見つけた土方は思わず溜息を吐き出した。
「早速さぼりか。どうだ?少しは頭冷えたか?」
沖田は前を向いたまま団子を口に入れた。
「お前が何を近藤さんに望んでるか知らねぇけどな、簡単に切れるような仲じゃねぇだろうが。特にお前はあの人の家族同然だろ?正式に養子にでもしてもらえば満足かよ?」
「・・・・・」
黙ってお茶を飲み干し、沖田はちらりと土方を見た。
「・・・それってさァ、もしかして俺の事励ましてんですかィ?」
「え?」
「・・・ちげーよ。さっきのは別に近藤さんに傍に居て欲しくて言ったんじゃねェ」
昨夜の言葉の意味を知りたかった。
近藤と土方という人間の、二人の違いを知りたいと思った。
沖田は体の向きを変え、土方の顔をじっと見た。
土方は何時もの癖で、つい身構え、後退ってしまう。
「昨日からずっと・・・、考えてた・・・」
「何を?」
もしかしたら、土方という人間を見誤っていたのかもしれない。と、沖田は思う。
熱を出した自分を抱き締め、「居てやる」と言った土方。
その言葉と表情に安堵した自分。
両方に驚き、動揺した。
「土方さんは俺が嫌いだろ?」
「・・・・・」
「なのにどうして、あんな事言ったんだろう・・・って。なんで俺はそれで・・・」
嬉しいと、思ってしまったのだろう。
「俺を嫌いなのは手前だろうが」
「うん」
「また即答かよ」
「だから、どうしてだろうって考えてるんでさァ」
土方は大きく息を吐き出すと、沖田の腕を取った。
「お前が何考えてんのかなんて知らねぇが、俺の言った意味はそのままだ」
毛氈の上に金を置くと、そのまま腕を引っ張り、建物の陰に沖田を連れこむ。
「――――何すんでィっ!?」
「キスする」
「―――――はぁっ?」
思い切り眉を顰めた沖田に、有無を言わせず土方は口付けた。
「――――っ」
触れた瞬間、沖田の体が強張る。
その身体を強く抱き締めた後、土方は唇を離した。
「俺は、ずっと傍に居てやるっつってんだ」
「――――――」
そうか。
沖田の思考はようやく、一つの結論に辿り着いた。
土方は自分を嫌ってなどいないのだ。
でも・・・、
「なんで・・・?だって昨日、アンタ俺を川に突き落としたじゃねぇか・・・」
目前に迫る漆黒の瞳を見つめる。
土方は伐が悪そうに舌打ちした。
「・・・お前がまだ近藤さんがいいって言うんなら、突き落としてやるよ、何度でも」
「・・・・・脅迫かよ」
昨日の土方の行動の理由が嫉妬だと理解した途端、沖田の力が抜けた。
馬鹿馬鹿しい。子供なのは土方だって同じではないか。
ふ、と、気が抜けたような笑みを見せた沖田に、土方は眉を寄せた。
「勘違いすんじゃねぇぞ。俺は家族愛なんてもんで言ってんじゃねぇ」
「そうかィ」
明らかに余裕のある表情で言い返され、土方は更に困惑する。
通じたのか不安になった。
「お前・・・、本当に分かったのか?」
「分かりやした」
こっくりと頷いた沖田は、すたすたと道へ出ると、再び団子屋へ向かう。
「まださぼる気かっ!?」
「だって、まだ磯部食ってねぇもん」
怒鳴った土方は本当に自分が不甲斐なく思えて、項垂れた。
もし、近藤が「傍に居てやる」と言ったら、どうするだろう。
沖田はのんびりと空を仰いだ。
けれどそれは、沖田が望む答えではない。
「無理だ」と言って笑う近藤。
そう、彼はそうでなければならない。
全て沖田を独り立ちさせる為の言葉なのだ。
やっぱり、近藤が大好きだ。そして土方は気に食わない。
「・・・食ったら来いよ」
呆れたように言って背を向けた土方に、沖田は声を掛けた。
「一緒に食いましょうや」
気に食わないけど、土方が居たいと言うなら一緒に居てやってもいい。意外と彼の存在は心地好い。
土方は振り向いた。
「もうちょっと、ここに居てくだせェ」
沖田が言った言葉に、驚いた表情を浮かべる土方に首を傾げた。
彼は素直に沖田の隣に座ると、団子に口を付けた。
その顔が赤く染まっている。
「――――土方さん・・・?」
「見るな」
土方は顔を背けたが、耳まで赤い。
何だか、不思議な感覚だった。
今まで嫌っていた土方は本当に彼なのか。
自分は誰をあんなに憎んでいたのだろう?
けれど、確信はあった。
彼はきっと、ずっとこうして隣に居てくれるのだろう。
終
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続き書いちゃいました。
書く度酷くなっていく気がする私の土沖。重症だわ〜。
地下にしようと思ってたのに全然そうならないし。辛口が書けないよぅ。ぐずぐず。
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