心縛るもの
――――――好きなんだ。
俺は、この人が好きだったんだ。
気付いたのは、自分の胸に湧き上がる、どす黒い、嫉妬。
気付いてしまったらもうどうしようもなくて。
欲しくて、欲しくて。
渡したくなくて。
俺は、その人の背に真剣を振り翳した。
目当ての人物を見付け、俺は近付いた。
晴れた昼下がり。
今年は長めに咲き誇った桜が、最後を飾る様に花弁を撒き散らす。
「知ってやすかィ?常夜の町に陽が昇ったって話」
旦那は気だるげに振り向き、俺を見る。
「・・・ああ、らしいな」
「お天道さんを昇らせた英雄がいるってェ聞いたんですが、旦那、何か知りやせんかィ?」
「さあ」
「おかしいな。てっきり俺ァ、銀髪の侍だと思ったんですがねィ」
「そんなん知って、どうすんの?」
旦那は興味なさげに桜を見上げる。
「興味でさァ。あそこは俺等にゃ手ぇ出せねぇから。その侍の話をすると、あそこの女達は同じ様に口を噤む。気になりやせんか?」
「全然」
「俺は、気になります。夜王と呼ばれた男を倒したのがどんな奴か」
それは十中八九、この坂田銀時だ。
また、俺の知らない内に知らない所で英雄になっている。
また、俺の知らない誰かの為に命を懸けたのだろう。
そして、それを俺に語る気はないのだ。
「お前、あそこで男に興味あるってどんなんよ。腐るほどいんだろうが。いい女が」
俺は探るのは諦めて、昨日立ち寄った花街を思い出した。
「俺の目に適う女はそうそう――――、あぁ、そういや、一人いい目したのがいたなァ」
「遊んで来た?」
「いや、ありゃ遊女じゃねぇな。こう、顔に傷がある・・・。あれが警備隊百華ってやつ・・・」
言い掛けて、俺は旦那の変化に気が付いた。
知り合いか。
―――――ああ、もしかしたら命を懸けたのはあの女の為・・・。
ふと、女の顔を思い出す。
確かに、大事な物のある、何かを守る瞳を持った女だった。
この俺が一瞬気を取られる位の凛とした面立ち。
「・・・・金出すなら、あの位じゃなきゃ駄目だな、俺ァ」
「金積んで抱ける女じゃねぇよ」
――――――やっぱり、知り合いか。
胸がざわついた。
旦那がどこの誰を救おうと、どこの誰に愛されようと、それは何時もの事だ。
この言い様のない不安と違和感、それは旦那にある。
この人の態度が、目が違う。
見つけてしまったのか?
とうとう、特別な存在が出来てしまったのか?
そして、それにこんなにも衝撃を受ける俺は・・・・・
「・・・どした?」
立ち止まり、俺を振り返る旦那に笑みを向ける。
「何でも・・・」
「・・・・・・」
旦那は探るように俺を見た後、再び背を向けて歩き出す。
瞬間。
どうしようもない苛立ちが襲った。
平等に向けられていた優しさが、たった一人のものになってしまうのか。
込み上げて来るこの黒い感情は、寂しさなのか。
急に、その背中が手の届かない何処かへ行ってしまう気がした。
――――――行かせない。
そう思った時、俺は刀を抜いて走り出していた。
本気だった。
そして、刀が旦那に届いたと思った時、俺の身体は吹っ飛んでいた。
勢い良く土手を滑り落ち、川原に背を打ち付ける衝撃に息もできない。
「―――――っ、大丈夫か!?」
木刀を握った旦那が土手を下りて来る。
「おま・・・っ、いきなり何すんの!?全く手加減出来なかったじゃねぇか!」
木刀で打ち付けられた脇腹に激痛が走る。
咳き込む俺を、旦那は木刀を放り出して抱き起こした。
「・・・殺そうと、したんでさァ」
「・・・・え?」
「本気でやったのに、アンタのがやっぱ上手かよ」
「・・・・何で俺、お前にいきなり殺意とか持たれちゃったわけ?」
「・・・俺も、自分で驚いてまさァ」
―――――こんなに、アンタの事が好きだったとは。
いかせたくない。行かせない。
絶対、絶対に。
「・・・・くっ、」
俺は立ち上がり、刀を握り直した。
旦那が目を瞠って俺を見る。
「――――何、まだやんの?」
「行かせ・・・、ねェ・・・」
「・・・・・・・」
俺の突きをかわした旦那は、痛めた脇腹に拳を叩き付けてきた。
全く手加減がない。
俺は呻き声を上げてその場に崩れ落ちた。
旦那はすかさず馬乗りになって俺の手を捻り上げる。
「・・・・で?何?何で俺殺されなきゃなんないの?」
「殺られたくなきゃ・・・、殺れよ」
「だから、何で?」
「・・・・じゃなきゃ、あの女だ。あの女、殺りやすぜ」
「――――――」
「死ぬほど大事な女なんでしょう?」
「―――――――お前・・・・」
旦那の手が伸びて、俺の頬に触れる。
「・・・それ、どういう意味?」
「俺を、殺しとけって事」
言い終わるや否や、俺は乱暴に草叢まで引き摺られた。
「―――イッ」
「何誤解してんだか知らないけど、つまりは物騒な告白って事か」
言いながら、俺の衣服に手を掛ける。
何をされているのか判らなかった。
「・・・何・・・、」
「俺が欲しいんだろ?」
「―――――」
そういう、事なのか?
しばし呆然と旦那を見上げた。
その顔が間近に迫り、唇を塞がれる。
「んっ―――、」
しばらくして、素肌に風が草が当たる感触で、唇が指が触れる感触で、自分が何をされているか理解した。
こういう、事なのか?
俺がこの人に求めたのは、これだったのか?
「―――――違うっ、」
胸の上を這う手にぞくりとしながら、俺は声を上げた。
「バカ。見られてぇのか」
「違、違う・・・っ!こんなんじゃ・・・っ、あ・・・っ」
足の間に指を突っ込まれ、身体が強張った。
「・・・違わねぇだろうがよ。命はやらねぇけど、俺をやるっつってんだよ」
「・・・・・」
――――――それは、自分が求めたもの・・・・?
身体の奥を掻き乱す動きに何も言えなくて、そのおぞましい感覚に耐える事だけに頭が一杯になる。
「―――――や、だ・・・。旦那・・・、無理・・・」
「――――俺も・・・、無理」
え?と思う間もなく、先程とは違うものが体内に侵入してくる。
「―――――――っ、」
身体が裂かれるような痛みに、全身に汗が滲んだ。
旦那が腰を動かす度、擦れ、引き攣る。
声を上げる事も出来ず、荒い息を吐き続けた。
そうして気が遠くなってきた頃、ようやく身体が軽くなった。
瞼を開けると、旦那が覗き込んでいた。
情けなくて涙が出そうになった。
こうする事で旦那が守ったのは、結局あの女の命だ。
俺の物になると言って、俺を縛って、本当に大事なものを守った。
だから、違うと言ったんだ。
俺が欲しいのはその心だから。
手に入らないなら、消えてしまえばいいと思ったんだ。
「・・・お前、殺すとか殺せとか簡単に言うなよ」
「・・・・簡単じゃ、ねぇよ」
痛みを堪えて起き上がった俺を、旦那は抱き締めた。
頭は否定するのに、この温もりに抗えない。
「ずるいや・・・、旦那・・・」
動けなくなくなるのを見透かされている。
それでも、いつかは心も付いてくるのではないかと期待する自分がいる。
抱き締め返す自分が、泥沼に足を踏み入れた自覚はあった。
けれど、この時は何も考えられなかった。
旦那の肩に、髪に降る花弁を、ただ眺めていた。
終
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がーっ。やっぱり地下は苦手だぁっ!!!
表に置いてもいいくらいだけどやっぱりアンダーだ!隠せ、隠せっ。
久し振りに4時間パソ向かったよぉ。疲れた・・・。