恐怖という名の恋







「どうして銀さんに付きまとうの?」
その日、万事屋に訪れた沖田は家の前でお妙に阻まれた。
「付きまとってなんかねぇよ。・・・何だ、アンタ。近藤さん相手にしねぇのは旦那に惚れてるからかィ?」
「それ以前の問題でしょう、あのゴリラは」
「違ぇねェ」
笑う沖田に、お妙は近付いた。
「あなたこそ、銀さんを好きなんじゃないの?」
「―――はァ?」
思い切り首を傾げ、しかし沖田は動揺したように視線を彷徨わせた。
「―――んなワケ、ねぇだろ・・・」
「あの人はあなたみたいな子供の手に負える人じゃないわ」
「余計なお世話でィ。・・・何だよ、あんた」
「私にしておきなさい」
沖田は目を見開いてお妙を見つめた。
「何言ってんの?」
お妙はにこやかに微笑むと、沖田の胸倉に手を伸ばした。
「私を好きになれって言っているのよ」
その迫力に思わず沖田は頷いた。
すぐさま後悔したが、後の祭りだった。
「可愛い子って好きよ。公務員は特に」
お妙は満足そうに笑うと沖田のスカーフから手を離した。
そして、何処まで本気かは分からないが、お妙は沖田の腕に自分のそれを絡ませてくる。
―――もしも、本気だったら・・・。
二人の関わるほぼ全員の不機嫌そうな顔が頭に浮かぶ。
無下に断ればこの綺麗な顔が鬼の如き形相に変わる。
沖田は生まれて初めて恐怖と云うものを知った気がした。



それからお妙は、差し入れと称して真っ黒焦げの妖しげな物体を重箱に詰め込んでは真撰組屯所を訪れるようになった。
沖田はそれにほとほと困り果てていた。
その物体を胃に入れる事も勿論だが、近藤さんの恨めしげな視線が、最も耐えられない。
「頼みまさァ。・・・此処にはもう来ないで下せェ」
今まで一度も味わった事のない胃の痛みが限界に来て、ようやく沖田はお妙に頭を下げた。
お妙は笑みを湛えたまま、首を傾げる。
「どうして?」
「どうしても何も・・・、分かってるんでしょう?俺がアンタと付き合えるワケがないって」
「どうして?」
「だから・・・」
沖田は溜息を吐いた。
「俺はアンタを好きじゃない」
「・・・・・・」
言って、沖田は覚悟を決めた。こうなったら半殺しでも何でも好きにしろと。
初めからそう言っていれば良かった。自分でもらしくないと思う。女に恐怖を感じるなんて。
「女に恥をかかせるつもり?」
「じゃあ、反対でいい。振ってくれィ。出来れば近藤さんの前でこっ酷く」
「振るなんて出来ないわ」
沖田は眉を寄せて微笑んだままのお妙の顔を見た。
「好きな人に“嫌い”だなんて・・・、自分に嘘を吐くような事、言えないでしょう?」
「――――どうして・・・」
てっきり、すぐさま切れる彼女を予想していただけに、その言葉は沖田を驚かせた。
「どうして?愚問じゃない?人を好きになるのに理由なんているかしら?好みなんだもの、仕方ないわ」
それとも、と彼女は続けた。
「あなたにはやっぱり他に好きな人がいるのかしら?」
「―――いねェよ」
「やっぱり、銀さん?」
「ちげーよ。それは全くの誤解でィ」
「そう・・・」
お妙は重い息を吐き出して、その綺麗な顔を曇らせた。
「じゃあ、やっぱり諦められないわ」
ひどく寂しそうなその表情に、僅かに沖田の胸が痛む。
けれど、と沖田は頭を振った。情けをかける相手じゃない。
「俺が好きなのは近藤さんでィ。あの人を裏切る真似だけは絶対にしねェ」
「忠誠と恋は全くの別物よ」
「そんなんじゃない。あの人は今の俺の全てなんだ。あんないい男いねぇよ」
あの人に大切にされる女はきっと、絶対に幸福になれるに決まっている。
自分には他人を幸福にすることなど出来ないのも分かり切っている。
そして出来れば、目の前のこの女性に、そうなってもらいたい。
彼女ならば近藤さんを想うのと同じく、付いて行ける。これだけの器の女はそうそういないというのも、認めていた。
そう思い、自分の言葉でそれをたどたどしく告げる沖田に、お妙は瞳を伏せた。
そして、呟いた。
「・・・酷いのね・・・」
沈黙が痛かった。
二人でこうして膝を付き合わせていると、彼女は普通の、傷付きやすいただの女だった。
告白された時、怖いから、という理由だけで頷いてしまった自分が嫌になる。
「・・・解ったわ」
その言葉に沖田は顔を上げた。
「青褪めちゃって・・・。可愛い顔、台無しにしちゃってごめんなさいね。でも、思った通り沖田君が真面目ないい子だって確認出来たし、卵焼きも食べてもらえたし、私はもう満足よ」
「・・・・・・・」
「あなたが望むなら、私は近藤さんを受け入れるわ。あなたに“姐さん”って呼んで貰う事にするわ」
「―――――・・・・」
こんな胸の痛みは初めてだった。
今までどれだけ自分がいい加減に生きてきたかを唐突に思い知る。
沖田の知っている異性とというのは姉のミツバだけだったが、年も顔も違うのに彼女と何故か重なる。
姉の悲しむ顔を見ているようで居た堪れなかった。
健気に一人の男を想い慕っていたミツバ。お妙もそんな風に自分を想ってくれているのだろうか。
たった一人の為に、己を犠牲にしてまで貫く想いというものは崇高で気高い。
そして、そんな女の人を悲しませるというのは、こんなに苦しい事なのだ。
「お妙・・・、さん・・・・。すまねぇ・・・」
胸元を押さえて沖田は呟いた。
「―――初めて名前、呼んでくれた・・・」
そう言ってお妙は微笑んだ。その瞳に涙が光り、そして一筋流れ落ちる。
「お妙さん――――」
どうしようもない衝動に駆られ、沖田はお妙に手を伸ばした。
慰めたくて、謝りたくて、そして抱き締めたいと思ってしまった。
それが近藤を裏切る行為だと分かっていても、止められない。
細い身体を抱き締め、沖田はその髪に顔を埋めた。
「あんたが嫌なら、いいんだ。俺の為に無理して他の男の所に行かなくていい」
「―――私、沖田君の事好きでいていい?」
沖田の胸に顔を埋め、涙を流すお妙に、沖田は頷いた。
「いいよ・・・。いいから、泣かないで・・・」
その時、カチリ、という機械音が胸元から聞こえ、沖田はお妙を見た。
「・・・沖田君て、女に慣れていないのね。思った通り」
泣いていた筈の彼女の声がいやにしっかりと耳に聞こえる。
「・・・・・」
「今の会話は録音させてもらったわ」
沖田は無言で彼女の手にあるレコーダーに手を伸ばした。
が、ひらりとかわされる。
「うふふ。駄目よ、女の涙に簡単に騙されちゃ。勿論、私以外のね」
「――――待て。一体今の何処から何処までが演技だったんでィ!?」
「演技だなんて・・・、全部本当よ?」
そう言って、にっこりと微笑むお妙を、沖田は改めて恐ろしいと思った。
「女の顔は一つじゃないの。それを全て受け止める男がいい男っていうのよ。・・・あなたにはまだ必要ないけどね」
「・・・絶対仕返ししてやる」
「楽しみにしてるわ」
悔しさで、自分でも顔が赤いと分かっていた。
本気でこの人が愛しいと思い、近藤を裏切る決意までしたのに。
女に関してはまだまだ未熟で素人だったのだ。けれど、姉まで幾つも顔があるとは思いたくない。
沖田が頭を抱えたその時、お妙の手が優しく頬に触れた。
「・・・・誤解しないでね、私が言った事は全て本当の気持ちなのよ」
「――――」
触れた手の柔らかさ、その声の優しさ、そして綺麗な微笑にまた、騙されている自分を沖田は自覚した。
それが何処まで嘘なのかも結局は見抜けてはいないのだ。
そしてこれからも、彼女から離れて行かない限り、一緒にいるのだろうという予感。
「・・・近藤さんに彼女、紹介してやってくだせェ」
力なく懇願する沖田に、お妙はしっかりと頷いた。
それは幸せそうな笑顔だった。












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ずるっこ更新第一号。
私の沖田は騙されやすく押しに弱いねぇ。やっぱりニセモノ・・・(がく→)

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