眩暈
「総悟」
呼ぶ声がほんの少し、優しい。
「終わった」
書類の山を抱え部屋から出てきた土方は、沖田を見てそう言った。
“今夜は大丈夫”
目がそう言っている。
何時もの自分ならば、
「一生終わらなくても良かったのに。書類に埋もれて死ね」
などと言いながら、それでも夜はそわそわと土方の気配を待つ。
それが変化したのは最近。
この人の目をまともに見返せない。
何時もの憎まれ口が出てこない。
「・・・待ってる」
思わず零した、自分でも驚いたその科白に、土方は少し目を瞠った後照れた様に背を向けた。
その背が廊下の向こうに消えるのを見計らい、沖田は大きく息を吐き出した。
「ばっかじゃねぇの。何らしくねぇこと言ってんだ」
顔が熱い。
どくどくと、心臓が脈打つ。
思わず口から出た言葉は本音。
自分の中を土方で一杯に満たしたい。
早く、早く。一刻も早く。
心も身体も。他の事を考えられないくらい。
こんな事を思う、その理由。
それは解っている。
今、沖田の頭を占めているのは土方ではない。
それ故の、焦燥感。
「お前ってさぁ、土方とできてんの?」
唐突に聞かれたその内容に、思わず飲みかけのクリームソーダを吹き出した。
ファミレスで沖田の目の前に座る銀時は、髪から甘い雫を滴らせながらにやりと笑った。
「あ、やっぱりそうなんだ」
そう言って、顔にかかった雫をぺろりと舐める。
「ちげーって。びっくりしただけでさァ」
沖田は慌てて平静を装った。
「いやいや、ちょっとびっくりしただけでそんなに吹きださないって」
「ちげーって。よりによって何で土方さん?ぜってーないでしょう。つか、アンタ汚ねーよ。拭けよ」
「ぜってーアイツしかないってのが、俺の推理」
「そんな無能な頭は取っちまった方がいいんじゃねぇかィ?いいから拭けって」
「何回シた?」
沖田は手元のおしぼりを思い切り銀時に投げ付けた。
「帰りやす」
一言、店を後にする。
偶然あの店の前で会った銀時に、「話あんだけど」と誘われた。
話の内容があんなものだとは思いもしないで、呑気に付いて行った事を後悔する。
でも、どうして銀時が知っているのだろう?
傍から見て分かるのだろうか。
その事が信じられなくて、恥ずかしくて、沖田は早足で屯所に向かった。
とにかく帰って落ち着こう。
その一心でひたすら歩く沖田を、後ろから追い駆けてきた銀時が引き止めた。
肩を掴まれ、驚いて振り向く。
「あー。わり。聞き方拙かった?」
「・・・っ、拙いも何もそんな勘違いされて気分悪ぃよ!」
「何で隠すの?」
「しつけー。大体それがアンタに何の関係があんだよ!?」
「アリアリ」
「はぁ?」
首を傾げた沖田に、銀時は口の端を上げた。
「沖田君がかけたクリームソーダ、べっとべとで気持ち悪いんだけど」
「だから拭いとけって何度も・・・」
「拭いたくらいじゃ取れないから、シャワーとか使いたいんだけど」
「帰って風呂入れよ」
「いや、でもこれやっぱ加害者の君が責任とか取るもんじゃない?」
「・・・・・・」
沖田は眉を寄せた。
今度は遠回しに何かを言おうとしているのだろうが、これは・・・。
「ああ、やっぱ回りくどいの性に合わねー」
銀時は降参したように両手を上げた。
そして、おどけた色を消して沖田を見つめる。
何故か、とくん、と心臓が鳴った。
「誘ってんだよ」
「―――――」
「俺と寝ない?浮気でいいから」
今度は壊れるかと思うくらい、心臓が音を立てた。
「・・・っざけんな!一辺死ね!!」
銀時は笑っている。
「うん、そういうトコとか、お気に入り」
「キモい事言ってんじゃねェ!」
怒鳴りながら、ふと思った。
―――――この人は誰だろう?
この人は本当に自分の知っている坂田銀時だろうか?
「ムキになるとこカワイイねぇ」
何だろう。この違和感は。
「実はね、ずっといいなと思ってたんだ」
信じるな。
騙されるな。
振り回されるな。
沖田は大きく息を吸い込んだ。
平常心。
「・・・旦那ァ、悪いけど俺、アンタの遊び相手になるほど暇じゃねぇし、そんな言葉に乗るほど馬鹿じゃねぇんでさァ」
―――――つか、どうしたんだよ?目が怖ぇよ。
笑っているのにその瞳だけがそうじゃない。
そう、まるで本当に―――――
“誘っている”
そんな風に見える。
「・・・そ。残念」
銀時は不意に沖田から目を逸らすと、また人の悪い笑みを浮かべた。
「気が変わったら何時でもお相手するからね」
「ねーし」
沖田の冷たい返答に首を竦め、来た道を戻っていく銀時の背を見詰めた。
瞬間、どっと、身体中の力が抜けた。
「・・・なんなんだ・・・?」
装っていた平常心が虚しく何処かへ消える。
信じた訳じゃない。あんな軽い口説き文句など、冗談でも聞く価値もない。
なのに。
あの瞳だけが、何時までも沖田の脳裏にこびり付いていた。
この時感じたのは、心がほんの少し揺れたくらいの。
微かな眩暈。
続く(多分)
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今度は浮気もんが書きたくなった。
ふふ。またおんなじヤツっすよ。
もう開き直るっすよ。そう、私はこの三人が好き!!
あ、つか・・・、悪い男な銀さんが書きたくなっただけ・・・。
気が向いたら続き書きます。
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