無防備
何時だって殺気立って。鋭い目を光らせて。
抜き身の刀のように、誰も近くに寄せ付けない。
容赦のない冷たい言葉を放つ。
だけどアンタは無防備だ。
――――苛々する。
「蛇の皮を被ったウサギでさァ」
例によって例の如く、沖田は真撰組副長の私室でごろりと横になりながらそう言った。
「うさぎ。・・・一応聞いとくが俺の事じゃねぇよな?」
土方は先程から机に向かって書類と格闘中だ。
見せつけるように休憩を取る沖田をじろりと睨んだ。
「へェ。めずらしく察しがいいじゃねェか」
「うさぎ・・・。うさぎ?へび・・・。へび?その例えはちげーよ。俺じゃねーよ。俺はあれだ、狼だ」
途端、ぶっと噴出す沖田に、土方は顔を上げた。
「笑うとこじゃねぇ!つか、手前何時まで休憩してんだ!?」
「今日はオフでさァ」
「昨日もオフだとか言ってなかったか?」
「日本人は働きすぎなんでさァ」
「永久に休むか、コラ」
土方が刀を掴んだ所で沖田は黙った。
数秒の沈黙の後、ぽつりと呟く。
「・・・狼かよ」
「ただの狼じゃねぇぞ。日本狼だぞ。孤高の狼だぞ」
「百歩譲って犬だと俺ァ思いやす。いや、マジで」
「・・・・・・」
土方は無視して手元の書類に視線を向けた。
沖田も同様に口を閉じ、目を閉じる。
「・・・どの辺がだ?」
「へ?」
数刻後、不意に土方が訊ねた。
半分本気で眠りかけていた沖田はその質問の意図がわからず顔を上げた。
「俺のどの辺が犬だ?」
「・・・・・さっきからずっと考えてたんですかィ?」
どの辺か、と問われたらその辺がと答えるしかない。
しかも、小型犬だと沖田は思う。虚勢を張る辺りなどはそっくりだ。
本当は弱いくせに。
何故、こんなに苛つくのだろう。
沖田はむくりと起き上がると土方を眺めた。
全く隙だらけだ。
けれど、今沖田が攻撃を仕掛けても彼は避けるのだろう。
近寄らせないくせに無防備で、無防備なのに近付くと避ける。
何時か誰かにあっさりと持って行かれそうで。
なんだ、俺焦ってるのか?
「・・・馬鹿みてェ・・・」
気付いて呟いてみると、自分の言葉が嫌に胸に突き刺さった。
煙草の煙の向こうで、机に視線を落とす土方は遠く見えた。
眉間の皺や、通った鼻筋。煙草を咥える唇、首筋からシャツの皺まで。
“男の色気”ってこれなのかなァ。
土方を見つめながらぼんやりとそう思った時、彼と目が合った。
沖田があれ、と思う間もなく、土方は立ち上がり机を跨ぐと、目の前に来た。
なんだ、こんなに近くだったのか、と驚く。
「・・・何です?」
「そりゃ、俺のセリフだ。お前は無防備なんだよ!」
吐き捨てるように言い、土方は唐突に沖田に唇を合わせた。
言ってやろうと思っていた事を先に言われてしまった事に呆然としつつ、沖田は何の抵抗も出来なかった自分に、土方の言う通りなのだろうか、と考えた。
「何時も無表情のくせに、二人きりの時に毒舌吐きながら感情垂れ流すんじゃねぇよ!」
「・・・感情?俺が?何の・・・」
「誤解だっつっても遅ぇからな」
言うなり、土方は沖田の肩を畳に押し付けた。
何が起こっているのか分からない頭に反論の言葉だけが次々と浮かぶが、どれも言葉にならない。
土方は小さく舌打ちすると、再び顔を近付けて来た。
沖田は慌てて顔を逸らし、土方の手を払った。
「―――っ、不意打ちは卑怯だろ!俺が近付くのは許さねぇくせに勝手に俺に触るな!」
「・・・触って欲しいんだろ?“寂しい”って、俺にゃ聞こえるぜ」
その低い声に、ぞくりと背筋が震える。
「―――誰が・・・!いいから死ねよ、今すぐ死ね土方」
「そうやって腹黒な事ばっか言ってっから分かりにくいんだよ、手前は」
土方の手がゆっくりと沖田の腹を服の上から撫でた。
「―――黒くねぇよな。小動物みてぇに震えてるのは、お前だろ」
「震えてなんかねぇよ」
いや、確かに震えている。
沖田は自分の指先を見つめながらそう思った。
“こっちを見ろ。俺に気付け”
そう思いながら土方を見つめていた。けれど、こうして近くで真っ直ぐに見返されるとどうしていいのか分からなくなる。
近過ぎる。
「・・・お前が無防備なのは、俺と居る時だけだ」
土方の言葉に、沖田は目を見開いた。
「自覚ねぇのか?」
「―――土方さんはいつも無防備だよ。苛々すんだよ!俺以外のヤツにやられたら殺してやるからな!」
沖田が叫ぶように言った途端、土方は大きく息を吐き出した。
沖田を押さえ付けていた手から力が抜け、彼は瞼を閉じた。
「・・・土方さん・・・?」
「・・・ようやく本音言いやがったな」
「え・・・?」
「待った甲斐あったじゃねぇか。すげぇ口説き文句だ」
「・・・・はい?」
沖田はのろのろと身体を起こして土方を見た。そして、先程の自分の科白を思い出すと、一気に赤面した。
「訂正も言い訳も却下だからな。安心しろ、俺は誰にもやられたりしねぇよ」
返す言葉もなく、沖田は土方を見つめた。
彼がこんなにも自分を見ていたのかと、それが意外だったが、嬉しかった。
分かってないのは自分だけだった。
同時に、こんなにも弱い自分に始めて気が付いた。虚勢を張っているのは彼と同じだ。
無防備でもいいのではないか。
ふと、沖田はそんな風に思った。
こうして、二人で居る時だけならば・・・。
「でも、俺以外に隙見せたら殺しやすぜ」
その言葉に土方は眉を顰めたが、その顔は何故か嬉しそうに見えた。
終
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うお〜い。こんなん考えるのに三日もかかっちゃったよ。どゆこと?
つか、こんなんでいいんですか?イヤ、駄目だよ、自分。
お題挑戦は無謀だったか・・・!?
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