追う男
桂小太郎を追っている最中だった。
晴れ渡った空を、爆音と共に煙がそれを覆い尽くす。
「事故ですね」
隊士の言葉に頷いて、沖田総悟はパトカーに乗り込んだ。
「やれやれ。こっちゃそれどころじゃないってのに」
呟いたが、恐らく副長が桂を追い詰めるであろうと思い、沖田は事故現場の方へと向かった。
「こりゃひでぇ」
現場は滅茶苦茶だった。
幸い使われていない倉庫に突っ込んだらしく、怪我人はいないが、飛行船の運転手は無事ではないだろう。
沖田がそう判断した時、瓦礫の中から一人の男が顔を出した。
「いやあ、こりゃ参ったぜよ」
土佐訛りで大きな声を張り上げるその男は、グラサンに黒服、激しい天然パーマだ。この状況であっはっはと笑っている。
「はいはい。怪しいおじさん。なんで無事かは知らねぇが、署まで付き合ってもらうよ」
「なんじゃ、おんし」
「警察だよ」
見るからに怪しい男の手首をがっしと捕まえて、沖田はさっさと車に乗り込もうとした。
「警察・・・。真撰組か」
「そういうことだねィ」
「若いのに大変じゃのぉ。・・・おんし、沖田総悟か?」
「俺も有名になったもんだ。そういうあんたは坂本辰馬だな」
「わしゃ、警察に睨まれるような事しちょらんが?」
とぼけた顔をしている坂本という男に、沖田は微笑んだ。
「今はね。その内尻尾を出すと俺ぁ、思ってやすが」
昔、攘夷戦争に加わっていたというだけでも十分だ。坂田銀時にしてもそうだが、今でもテロを画策している志士との関わりは否めないだろう。もしかしたら、桂の潜伏場所を聞き出せるかもしれない。
「・・・おまん。若いのに勿体ない。わしと一緒にこんか?」
突然の坂本の言葉に、沖田は眉を顰めた。
「はあ?」
「あんな人斬り集団にいてもろくな事ないぜよ。わしと一緒に宇宙ば行こう」
「そりゃ楽しそうだ。でも俺ァ、その人斬り集団が性に合ってるんでねぇ」
「嘘ば言っちゃいかん。おんしの目はそんな小ちゃなモン見とらん。わしらと同類の匂いばしちょる」
「匂い?」
「昔は昔、今は今じゃ。ヅラもわしもおまんらも、やりたい事は一緒じゃろ?この国を守りたい。それだけじゃ。やり方が違うだけなんじゃ」
「・・・・・・」
この男のどこに、そんな力があるかは分からない。しかし、彼には坂田銀時同様、人を惹き付ける何かがある。沖田はそれを認めざるを得ない自分に舌打ちした。自分が真撰組にいる理由。それは偏にあそこが好きだから。近藤と土方という男が好きだからだ。恩もある。やり方は・・・、頭の悪い自分にはよく分からなかった。
「わしは、戦いは好かんき」
「・・・そうだな。今のあんたからはキナ臭い匂いはしねぇな」
沖田はそう言うと、掴んでいた手を離した。土方がこの場にいたら殴り飛ばされるかもしれない。
「当たり前じゃ。今のわしは宇宙しか見えとらんきに。じゃ、行こうか、沖田君」
今度は反対に坂本が沖田の手首を掴んだ。見ると、別の宇宙船が空から降りて来た。
「悪ィけど、脱退は切腹なんでね」
「このまま消えれば誰も後なんか追って来れん。大丈夫じゃ、責任は取る。わしの妻ちゅう事にすりゃ、バレん」
「そんなワケねぇだろ」
「大丈夫、大丈夫。おまんなら騙せる」
「向こうで女の人が睨んでますぜ」
「ありゃ陸奥いうての、ちっともわしになびかんクセにヤキモチだけは焼く、厄介な女なんじゃ。おりょうちゃんも攣れなくての〜」
知るかィ。呟き、沖田はため息を吐いた。
こういう人間は自分以上に何を考えているか分からなくて疲れる。いつもは他人を振り回す分、立場が変わるとどうしていいのか分からなくなる。
「代わりなんかご免ですぜ」
「誤解じゃ、誤解じゃ。わしゃ、おまんの目と腕と顔に惚れた。おまんに宇宙を見せちゃりたいがよ」
それは見てみたいが・・・。
そう思った時、突然強い力で引っ張られ、沖田は驚いた。
「止してくだせぇ、坂本さん。マジで困るって・・・」
押しが強い分、押されるのに弱いのだ。
沖田は船の上で、しみじみと自分の性分を呪った。
「綺麗じゃろ?」
それには答えず、目の前に広がる宇宙を、そして、つい先程まで自分がいた地球を見下ろした。
綺麗だった。
ここからこうして、坂本はいつもあの国を見ているのだ。そしてそれを守ろうとしているのだ。視野が違って当然かもしれない。
不意にその景色が影に遮られ、温かいものが沖田の口に触れた。
坂本にキスされたのだ。
認識するまで数秒掛かった。
「女は皆これで落ちる。雰囲気に酔うってやつじゃな」
男なんだけど・・・。と、訂正するのも面倒臭くなって、沖田は苦笑を浮かべた。
「どうじゃ?帰りたくなくなったじゃろ?違う可能性が見えて来たじゃろ?」
「・・・確かにね。でも、今考えていることは真撰組の事だけだ」
坂本は悲しそうに眉を歪ませた。
「ハマっとるのぅ」
「坂本さん、俺等は間違った事してんのかィ?」
「信じたいものを信じるのに、合ってるも間違ってるもない。ただ、考える事は必要じゃ」
「天人があそこでのさばるのは許せねぇ。でも、今戦争を起こしてどうなるって言うんですかぃ?」
「その通りじゃ!!」
坂本の叫びに、沖田は目を見開いた。
「幕府のように天人のいいなりになるのは違う!じゃが、幕府が天人を迎えなかったらあそこはどうなった?人間なんて一人だって残っちゃいなかったかもしれん。今の裕福な生活があるのは誰のお陰じゃ?皆それを考えなきゃいかんのじゃ!」
ただ・・・、と坂本は声を低くした。
「殺生だけは、恨みを生むだけじゃ」
「・・・・・・・・・」
思わず沖田は坂本から目を逸らした。
何人斬っただろう。
そしてこれから、以前と同じように真撰組で攘夷志士を斬れるだろうか。
坂本はどちらの味方でもない。激しく心が揺れ、沖田は戸惑った。
土方さんや近藤さんがこの男と話したら、どう思うのだろう。あの人達は強い意思と考えがあるから、こんな風に惑わされたりはしないかもしれない。
「ここに残れ、沖田君」
「・・・・でも・・・、でも、俺は・・・・・」
あそこに、帰りたい。
空からではなく、地に足を着けて、そこで出来ることをしたい。
そう告げると、坂本はようやく諦めたように笑った。
「気が変わったらいつでも来るがええよ。いつでも両手広げて待っちゅうきに」
「うん」
「おまんは素直じゃのう」
「そんな事産まれてから一度も言われた事ねぇや」
沖田は笑った。
飛び立った場所に戻ると、土方が腕を組んで待っていた。
「事故現場そのまんまにして何処行ってやがった!?」
「すいません」
謝ると、土方は驚いたように後退りした。
「どうした、総悟?熱でもあんのか?」
「・・・桂の奴は?」
「どうもこうも。まだ攘夷に荷担する輩は大勢いるらしいな。町人に匿われちゃ手が出せねぇ」
「カッコ悪ィな」
「なんだと!?遊んでた奴に言われたくねぇよ!何してたんだ、お前は!?」
馬鹿が付くほど誠実で真面目な局長の変わりに、悪に徹してきた土方も、最近変わりつつある。局長に感化されたのか、坂田銀時の影響なのかは知らないけれど。変わっても、昔も今も、やはり自分はこの男が好きだ。
「変な男に会ってました」
「変な男?」
「夢を追う男」
土方はワケが分からない、という表情を浮かべる。
沖田は彼にも宇宙を見せてやりたいと、そう思った。
終
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次はシリアスチックに高×沖でも。
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