恋愛のススメ 1
真撰組唯一の女隊士、沖田は皆のアイドルだった。
女というだけで特別なのに、その容姿はまた殊更に可愛い。
しかし、やたらと強かった。
幼い頃から近藤の道場で男同然に扱われ、戦いの術を学んでいた。
18年の人生の中で、男に、ただの一人にも身体に指一本触らせた事がないというのが、彼女の自慢だった。
今日も沖田はトレードマークの傘を肩に担ぎ、江戸の町を闊歩する。
そんな彼女の後ろを、土方は歩いていた。
「・・・おい、沖田。ちょっと待て・・・」
通りの向こう側の騒ぎに気付いて、土方は沖田の肩を掴んでその足を止めようとした。
指先が肩に触れる瞬間、沖田の持つ傘の先端から銃弾が飛び出す。
「――――ぅおっ!?」
すれすれでそれを避けた土方に舌打ちをして、沖田は口を開いた。
「私に触らないで」
「・・・・・」
土方は大袈裟に溜息を吐いて見せた。
何時も言い聞かせているのに、偶に忘れてしまう。
ずっと同じ道場で腕を競い合った仲間が女だったこと。
沖田は土方よりも年下で、しかし、道場では先輩だった。
クソ生意気なガキだと思っていたその子供が何時しか少年になり、そして、ある日突然女になった。
男の割に綺麗な顔をしているとは思っていたが、まさか、と土方は近藤を見た。
近藤は全て承知していた。
沖田の姉の言い付けで、そう育てたのだと。強い、強い女になって、伴侶となる強い男を見つけるのだと。
全ては沖田の幸せを願う故、らしい。
短かった髪を伸ばし始め、自分を「俺」と呼んでいたのに「私」に変えた。
沖田は自分を女だと最初から承知で、自分の身を守り、言い付けを守るためだけに強くなったのだ。
土方はそんな沖田に、江戸に出て来た今でもどう接していいのか分からないでいた。
しかも、どうやら彼女は土方の“真撰組副長”の座が欲しいらしく、冗談抜きで命を狙われる事もしばしばだった。
「―――とにかく、アレ見ろ。喧嘩じゃねぇか?」
土方の指差す方向を沖田は見た。
人だかりの中、尋常ではない怒声が聞こえる。
「出番ねェ」
にやりと笑う彼女を見て、土方は思った。
―――そんな予感はしてたが、こいつもしかしてSなんじゃねぇか・・・?
恋愛のススメ 2
「は〜い、ソコソコ!喧嘩は江戸の花だけど周りに迷惑だから止めてくださ〜い!」
人込みを掻き分ける土方の後ろで、沖田は叫んだ。
(俺はアイドルの警備員かよ・・・)
心の中で土方は呟いた。
しかし、静止の声などまるで耳に入らない様子で、当事者達は言い争いを続けていた。
「家賃がナンボのモンじゃ〜い!」
酔っ払いのようにガラの悪い銀髪天パー男が絡むのは、どうやら家主らしい婆さん。
「ふざけんじゃないよ!この万年金欠男がぁぁぁっ!!」
そう叫ぶと、婆さんとは思えない勢いで男に蹴りを入れる。
「お〜い。しょっ引くぞ、そこの二人〜・・・って、聞いちゃいねぇな」
明らかに聞こえるように言っていないのが分かる声量で土方は言うと、沖田を振り返った。
「やれ」
それを合図に、沖田は取り出したバズーカを二人に向けた。
そのまま、何の躊躇いもなしに打ち込む。
「―――――うおっ!?」
男の叫びが聞こえ、辺りは一気に白い煙に満ちた。
「・・・死んだか?」
呟いた土方に沖田は首を振った。そして、
「―――――――来る・・・!」
鋭く言って天を仰いだ。
太陽の光が影に遮られ、男が落ちて来る。
沖田が咄嗟に打ち込んだ銃撃を避け、男はトン、と軽快な音を立てて沖田の後ろに立った。
その手は沖田の肩に置かれていた。
「――――――」
言葉を失う沖田に、男は視線を向けた。
「随分物騒じゃねーか?警察呼ぶぞ、コラ」
土方は男と沖田の間に割り込む。
「俺達がその警察だよ」
「死んだらどうすんだ?年寄りは労われよ、コラ」
「おめーが言うなぁぁぁぁっ!!!!」
男の言葉に婆さんが叫ぶ。どうやらあちらも無事らしい。と言うか、彼が庇ったのかもしれない。
死んだ魚のような目をした男を、沖田は目を見開いて見つめた。
「あなた・・・、名前は?」
「万事屋、坂田銀時」
眠そうに答える彼から、沖田は目を離そうとしなかった。
土方は嫌な予感に捕らわれた。
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恋愛のススメ 3
「――――私のコト、どう思う?」
「物騒なガキ」
そんな会話を交わす、銀時と名乗った男と沖田。
嫌な予感は当たったのだ。
土方は頭を抱えたくなった。
「沖田、見廻りの途中だ。行くぞ」
「土方さんは先行ってて。私はもう少しこの男と話したいから」
「―――いいから!来い!」
そう言って彼女の腕に手を伸ばし掛けてはっとする。
傘の先が額に当たっていた。
「・・・まさか、その男と結婚でもするつもりじゃねぇだろうな」
できるだけ平静を装い、土方は傘をそっと手でどかす。
「そんなの分かんない。でも、この人は強い」
「・・・俺無視して何の話してんの?つか、俺はロリコンじゃねーぞ」
「子供じゃない!」
沖田は銀時を睨んだ。
「私は病弱な姉の代わりに、立派な沖田家の後継ぎを産む義務があるの。出産には適齢期の筈だわ」
土方と銀時はそろって赤面した。
こんな事を堂々と言ってのける所が子供だとしか思えない。
「・・・あの〜、あんたこのコの保護者?頼むからちゃんと教育し直してやってよ」
銀時の言葉に土方は神妙に頷いた。
「手前の言う通りだ。しつけ直してくる」
とにかく、今は来い。
そう言うと、沖田は大人しく土方の後に付いて来た。
「・・・土方さんは、どう思う?」
しばらく歩いた所で、沖田はぽつりと言った。
「あんな得体の知れねぇ男は駄目だ。俺も近藤さんもミツバさんも許さねぇ」
「そうじゃなくて・・・」
めずらしく歯切れの悪い言い方をする彼女を、土方は振り返って見た。
「私、子供だと思う・・・?」
「思う」
きっぱりと頷いた土方を、沖田は恨みがましく見上げる。
「強い男と結婚しちゃ、いけないの?」
「駄目だ。それは、好きな相手とするもんだ。」
尚も強気に言い切る土方に、沖田はそっと顔を上げた。
「―――好きな・・・?」
「お前が今まで自分を守ってきたのは、好きな相手と幸せになる為だ。家の為じゃない。間違えるな」
気恥ずかしさを押さえながら、土方は説教じみた口調で続けた。
ミツバと近藤の教育も分かるが、彼女は常識というものを知らなさ過ぎる。
ここは自分が父親になったつもりで接するしかないと、土方は思った。
土方を見つめながら、考えるように沖田は口を開く。
「私・・・、私は、土方さんだと思った」
「―――・・・ん?」
「私に最初に触るのは、土方さんだと思ってた」
沖田の言葉に、土方は固まった。
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恋愛のススメ 4
父親の仮面はあっけないほど直ぐに剥がれた。
この可愛らしい、黒く濡れる瞳で自分を見つめながら、小さなピンクの唇で、彼女は今何を言った?
薄茶の、艶やかに流れる長い髪が風に吹かれて揺れるのを、土方は呆然と見た。
ごとり、と音を立てて土方の中の何かが動いた。
「沖田―――」
「でもあんた、何時までたっても弱いもん」
「・・・・・」
土方は違う意味で固まる。
「・・・俺は、弱くねぇ」
気を取り直して土方は低く呟いた。が、既に沖田は土方に背を向けて歩き出していた。
「おい、聞けよ」
「幸せ、かぁ・・・」
沖田は呟いた。
「とりあえず、一番候補はあの男。坂田銀時ねー・・・」
「絶対、駄目だ!手前、俺の言った意味本当に解ったのかっ!?」
懲りずに沖田に手を伸ばした。けれど今度は銃弾を恐れない。
「―――え・・・っ?」
沖田の小さな呟きが空に溶ける。
狙った場所にその姿はなく、かつてないほど近くにその気配を感じた。
傘を持つ右手首が、しっかりと土方の手に掴まれている。その大きさと熱さに、沖田は驚いた。
「・・・どうして・・・?」
呆然と見上げる瞳を、土方は見つめ返した。
「もしかして、今まで手加減してたの・・・?」
「んなワケあるかよ。これが俺の底力だよ」
沖田はぷっと吹き出した。
「底って・・・。これが限界だって意味じゃない」
「俺の底は底がねぇんだよ」
「・・・・なにソレ?」
「これで俺も候補だ」
笑みを消すと、沖田はゆっくりと口を開いた。
「―――――そうね・・・」
恋愛のススメ 5
二人は屯所への道を歩いていた。
今度も沖田が前を行く。
その後ろ姿を見つめて土方は考えていた。
何が突き動かしたのか。
そう自身に問い掛けると、沖田への想いが、との答えしか出てこない。
たとえ可愛いとしても子供にしか見えなかったものが、急にたった一人の女に姿を変える。
そんな事が現実にあるのだと、土方は知った。
「選べ」
沖田は振り向いた。
「俺を、選べ」
その言葉に、笑みを返す。
本当は、その言葉をずっとずっと待っていた。
気が遠くなるくらい昔から。
初恋は5歳だってコト。
早く女の姿になってあなたの隣に並びたいって思ってたコト。
早く捕まえて欲しいって思ってたコト。
今、すごく嬉しいと思っているコト。
鈍いあなたにはまだまだ内緒。
終
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ネタが少なすぎるのでこんなんなりました(汗)つか、単行本手元にないのに書いてるし(無謀)
沖田が女ってだけで土方と銀さんは合体(?)じゃありません。思考の限界の為他キャラもそのままです。
つか、沖田の喋り方悩む〜っ!だってね、総悟喋りにしたら総悟にしか思えない。その点は漫画の方がいいかも?
外見お通ちゃんだしな〜(悩)皆さんどうやってこの難問に挑戦を・・・!?
色んなツッコミはこの際胸に仕舞って生温かく見守って下さい・・・。
上げる際に黒髪を薄茶にしました。
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