恋愛のススメ 6
はぐらかされている、と思うのは気のせいだろうか。
はっきりと彼女を女性として意識したあの時から、土方はもどかしい想いを味わっていた。
相変わらず、彼女は男を寄せ付けない。
道場で竹刀を振るう沖田を眺めながら、土方は思った。
「綺麗ですね〜」
「・・・・・へっ!?」
心の中で思った事をそのまま言葉にされて、土方は驚いて隣を見た。
山崎がうっとりと沖田に見惚れている。
「・・・どうかしました?」
「・・・いや」
土方は慌てて取り繕った。
なんて恥ずかしい言葉をさらりと口にするのだ。ジミーのくせに。
――――でも、本当に綺麗になったと思う。
「・・・恋でもしているのでしょうか?」
「――――はぁっ!?」
再び驚いて山崎を見ると、彼はきょとん、と土方を見上げた。
「副長はそう思いませんか?最近一段と可愛くなったって皆騒いでますよ?」
「――――何?」
土方は沖田を見た。
恋だと!?
何処の誰に!?
土方と目が合った沖田はにっこりと微笑み、口を開いた。
「土方さん――――」
え?
次の瞬間、土方目掛けて竹刀が飛んできていた。
「あら、避けちゃった」
「・・・っ、手前〜っ!」
「危ないって教えてあげようとしたんだけど」
「遅ぇよ!!」
そんな二人を見ながら、山崎は呟いた。
「相手が副長じゃない事は確かだな・・・」
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恋愛のススメ 7
「まだ怒ってるの?」
「当たり前だ」
稽古を終えた二人は見回りに出ていた。
「手前は一体俺を何だと・・・」
眉を吊り上げ、土方は沖田を振り返った。
色素の薄い瞳が見つめ返してくる。
「――――何だと、思ってるんだ・・・?」
沖田はくすり、と笑った。
「土方さんだと思ってますよ?」
どうにも、告白した時から立場が弱いと感じる。
小生意気そうなその瞳が、「私を好きなんでしょう?」と言っている様に見える。
土方は黙って彼女から視線を逸らした。
「・・・土方さん?」
けれど、悔しいがそれは事実だ。
「――――お前、本気でこの前の男に惚れたのか?」
「え?」
「銀髪の、だるそうなあの男だ」
「――――・・・ああ・・・」
沖田は呟いた。
本当はすっかりその男のこと等頭から消えていた。
けれど、土方には今まで振り回された分、今度は振り回してやろうとの悪戯心が湧き上がる。
「そうだって言ったら、土方さんはどうする?」
「・・・俺ぁ、二度と同じ事は言わねぇ」
土方は背を向けたまま、言った。
「お前が俺を選ばねぇなら、終いだ」
「――――・・・」
かっこつけちゃって。
思えば、昔から彼は自分に背ばかり見せていた。
だからこの前の土方の言葉はまるで奇跡の様だった。
言葉くらい、出し惜しみしなくてもいいじゃない。
「男なんて、馬鹿ばっかり」
土方に向かって毒づいた沖田は、唇を噛み締めた。
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恋愛のススメ 8
好きだって言うのは悔しい。
だって、私はあなたの何倍も何倍もそう思っているのだから。
今度はあなたが同じだけ思ってくなきゃズルイじゃない?
簡単に手に入る女だと思わないで。
「あ、こないだのじゃじゃ馬」
「なんですってっ!?」
背に声を掛けられて、沖田は振り向いた。
「――――あ、アンタ・・・、坂田、銀時・・・」
「そうそう、覚えててくれた?」
「忘れてた」
沖田は苛々と銀時を睨んだ。
完全に逆恨みだが、たった今彼のせいで不快な思いをしたのだ。
「あのさぁ、実は仕事の依頼で・・・、」
懐からがさがさと紙を取り出すと、銀時はそれを広げて沖田に見せる。
「この犬、見つけたら万事屋銀ちゃんまでご一報下さい」
彼は沖田の態度など全く気にしないでのんびりと言った。
「・・・こんな仕事してんの」
「馬鹿にすんなよ。税金泥棒よりゃ真っ当な仕事だよ?」
「あっそ」
見つけたらご一報するわよ。
そう言って沖田は冷たく銀時に背を向け、どきりとした。
土方がじっと此方を見ている。
冷たい感情が伝わって来て冷やりとした。
「何してんだ、さっさと歩け」
「歩くのが仕事じゃないでしょう?民間人の役に立ってなんぼでしょう?」
「あいつの役に立つのか?」
「迷い犬。見つけたら教えてくれって頼まれただけ」
沖田は土方と視線も合わせず口早にそう言った。
そんなのは嫉妬の内に入らない。
土方の肩に、腕に、髪に触れる女達に自分が感じたものと比較になどならない。
やっぱり、土方など嫌いだ。
昔からこんな嫌な気持ちにさせるのは彼だ。
そして、こんな態度しか取れない自分が一番嫌いだ。
沖田はひたすら前を見て歌舞伎町を歩き続けた。
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恋愛のススメ 9
ふと、目に付いたのは何処かで見た犬。
しばらくその犬を眺めて思い当たった。
銀時が見せた紙に描かれた犬だった。
土方と二人だけの見廻りを苦痛に感じていた沖田は、救われたような気分になった。
「土方さん、ここで分かれましょう。私あの犬万事屋に届けてくるわ」
「――――沖田・・・」
土方から逃げるように、沖田はその犬に向かって走り出した。
両想いになったのに、何時までこんな想いを味わうのだろう。
「素直になりゃ、いいのにね・・・」
呟いて、沖田は大人しい犬を抱え上げた。
ふと気付くと、土方がまだ道で待っている。
「・・・どうしたの?」
「俺も行く」
「・・・・・・」
沖田は溜息を吐いた。
全く、素直なんだか、そうじゃないのか。
「その犬、雄じゃねぇのか?」
「何言ってんの?」
「・・・犬にまで、嫉妬してるって言ってんだよ」
「―――何・・・、言ってんの・・・?」
土方は仏頂面を崩さず、沖田を見た。
「はっきり言って、むかつく。俺は気が長くねぇんだ。こんなにむかつく相手は初めてだ」
「―――じゃあ、止めたら?何でも思い通りになると思ってる男って最低」
「最低で結構だ。振るならさっさと振ってくれ」
「振らない!」
土方は目を見開いた。
「私を諦めるなんて許さない。絶対忘れさせない。土方さんは私のものなんだから」
「――――――・・・」
何だ、そりゃ。
土方は呟いた。
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恋愛のススメ 10
生まれついての女王様気質?
俺は奴隷?
そんな疑問が土方の頭の中を巡った。
「私は絶対、土方さんの思い通りになんてならないから!」
「・・・それはつまり、お前も俺を・・・?え・・・?」
いや、違うのか?え?
「絶対に土方さんが喜ぶ事は言わない!」
じゃー、俺はどうしたらいいワケだ?
朝から、いや、ずっと苛立ちを押さえていた。
沖田に向けられる様々な視線にさえ嫉妬していた。
楽になれるものなら、なりたい。恋というものは厄介だ。
けれど今土方は、怒りなど忘れて困惑していた。
簡単に抱き締める事が出来る相手ならばまだ救われるのに。
無駄だと知りつつ沖田に向かって腕を伸ばすが、彼女は頑なにそれを避ける。
「嫌!他の女が触った身体になんて触られたくない!」
土方はがりがりと頭を掻くと、降参、という風に両手を上げた。
「・・・じゃあ何だ?一生触れずに精神愛だけで我慢すればいいのか?」
「・・・・・」
「じゃあいいよ。それで我慢するし、返事もいらねぇから、一度だけ――――」
土方は手を差し出した。沖田はその手を見つめながら口を開く。
「無理。犬抱いてるから」
「―――じゃあ!髪でいい!すげぇ妥協だぞ!?それでこの俺が奴隷扱いだぞ!?」
しぶしぶ頷く沖田に土方は息を吐き出した。
まさか本当にこれで一生過ごすワケにはいかない。が、これを逃すと何時また沖田に触れるか分からない。
ゆっくり手を伸ばして、彼女の揺れる髪に触れた。
さらり、と指の間を滑るその感触に、不思議と満たされる己を感じる。
こんなのも、いいかもしれない。
そう思いながらふと気付くと、沖田が首を竦めて犬を抱き締めている。その顔は赤い。
「・・・沖田・・・?」
「はい!もうお終い!言っとくけど、土方さんも二度と他の女に指一本触らせないで!触らないで!」
先程からずっと怒ってばかりいる沖田の顔が、今まで以上に可愛く見えた。
困った様に寄せられた眉、染まる頬。
自惚れが胸を過ぎる。
―――――恋を、している・・・?
「――――そうなのか・・・・?」
誰にともなしに土方は呟いた。
何しろ彼女は育ち方からして普通ではないのだから、恋愛も一筋縄ではいかない。
髪を触るだけでこの反応では、抱き締めて口付ける事が出来るのは何時になるのか。
――――それでも、
それでも、自惚れてもいいのなら、本当に我慢できるかもしれない。
しばらくの間は。
終
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う〜ん。ちゅーまで行きたかったけど、無理だった〜。
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