恋愛のススメ 21
「沖田」
擦れ違いざま声を掛けた。
こうして廊下で擦れ違うのも久し振りだった。故意に避けられているのは知っていた。
「何?」
彼女は振り向きもせずに訊ねる。
土方はその小さな背中を見つめながら口を開いた。
「・・・俺にはやっぱ、無理だ。降りる」
「―――――っ、」
沖田は目を見開いて土方を振り返った。
「ミツバさんは嫌いじゃねぇ。・・・だから余計に、無理だ」
「――――でも・・・!だって、姉さんはあんなに元気になったじゃない!土方さんのお陰だって思ってる!」
お願い、見捨てないで!
叫ぶように沖田は言った。
「・・・お前の言う通り、彼女を守ろうと思った。でも、違うんだよ。こんなのは誰を守る事にもならねぇ」
「分からず屋!!頑固!!ヒゲジジィ!!!死ね!!!」
沖田はきっ、と土方を睨み付けると、雑言を吐き出して走り出した。
「分からず屋はどっちだよ・・・」
大きく息を吐き出し、土方は仕方なく沖田の背を追い駆けた。
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恋愛のススメ 22
病室の扉を開け、沖田は目を見張った。
「・・・何してんの、アンタ?」
ミツバのベッドの横に腰を掛けて、バナナを頬張っているのは坂田銀時。
「総ちゃんのお友達ですって?楽しい方ね」
そう言って、ミツバは口元を押さえた。
「友達ィ?」
沖田は思い切り眉を寄せ、胡散臭いものを見るように銀時を見た。
「友達だもんね?沖田君?」
にんまりと笑い、銀時は沖田を見返す。
「あ、お姉さん、その煎餅ももらっていい?」
「どうぞ」
煎餅をかじり、悶えだした銀時の襟首を捕まえ、沖田は彼を廊下に連れ出した。
「余計な事、言ってないでしょうね!?」
「ちょ、待って、待って、水・・・」
「どうしてこの病院が分かったの!?」
「ちょ、待ってって、水下さい、お願いします!!何あの煎餅!?辛っ!!超辛っ!!!」
「質問に答えるのが先!!」
「この状態で答えられるかっ!!」
言い合う二人を、土方は少し離れた所で眺めていた。
「・・・なんであいつがここに居るんだ?」
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恋愛のススメ 23
「金、貰った分の働きをしようと思っただけだって」
水を飲み干し、銀時は大きく息を吐き出すと、そう言った。
「何その無駄な働き?アンタは黙って依頼人の言う事だけ聞いてりゃいいの。余計な事ばっかして」
「いやいやいや、お前の本音をちゃんと聞いてねーから」
「知る必要なし。今すぐ帰れ」
「ミもフタもねーな」
沖田は何とか彼を追い返そうと思考を巡らせたが、彼は余裕の表情を崩そうとはせず、帰る素振りも見せない。
思わず、溜息が洩れた。
「・・・土方さんも、言う事聞いてくれないし。これ以上、滅茶苦茶にしないで」
「・・・つかさぁ、結局お前は何が望みなの?土方とおねーさんが上手くいくこと?土方がお前を忘れる事?」
「両方よ」
「嘘吐くな」
嘘じゃない、と言おうとして、沖田は言葉を詰らせた。
「――――だって・・・、他にどうしたらいいの?どうすれば、姉さんは心から笑ってくれるの?」
「それだ」
銀時は沖田の肩を両手で掴んだ。
「―――――」
身構える事も出来ず、沖田は驚いて銀時を見つめる。
「それをちゃんと、言葉にしてみろ。願え」
頭の中が真っ白になった。
「――――姉さんの、笑顔が見たいの。・・・姉さんを、幸せにして」
「了解だ」
沖田が我に返った時、銀時は背を向けて歩き出していた。
何故か、彼に任せれば全てが上手く行くような気がした。
背後の土方の気配には全く気付かなかった。
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恋愛のススメ 24
「どうしてあいつはお前に構うんだ?」
沖田は驚いて振り向いた。
「――――土方さん・・・、何時から居たの?」
「最初からだ。お前の後追ってきた」
「・・・・・」
気付かなかった自分に舌打ちしたい気分だ。
と、言うよりも全てに憤りを感じる。
何もかも、誰も彼もが思い通りにならない。
「お前はあいつに何を依頼したんだ?」
「―――――土方さんには、関係ない!」
沖田は思わず苛立ちを土方にぶつけた。
土方はそんな沖田を静かな眼差しで見つめる。
「―――――そうか」
呟いて俯く彼に、沖田の良心が僅かに疼いた。
「さっきも言ったが、俺は降りる。もう一切俺を巻き込むな」
「――――・・・土方・・・、さん・・・?」
「お前も、もういらねぇ」
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恋愛のススメ 25
“いらねぇ”
その言葉が沖田の頭の中を巡っていた。
――――――当たり前だ。
彼が怒るのは、当たり前だ。
冷たく向けられた背中に、沖田は自分の心臓が悲鳴を上げるのを聞いた気がした。
立っていられないほど痛んで、このまま止まってしまうのではないかと思った。
初めに彼を突き放したのは自分。
そして、理不尽な行動を押し付けた。彼の気持ちを利用して。
考えれば、こうなるのは当たり前だ。
思い上がった自分が情けなくて悔しくて、どうしようもない。
そして、もう泣く場所もない。
壊したのは全て、自分。
ただ一つのものを守る為に。
「――――後悔なんて、しない」
沖田は顔を上げると、病室の扉を開けた。
ミツバは何時もと変わらぬ微笑で沖田を見た。
彼女が病院から姿を消したのは、それから二日後の事だった。
終
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何時も以上の駄文にお付き合い下さりありがとうございました!!