恋愛のススメ 26
「―――――土方さん!!」
乱暴に襖を開けて入ってきた沖田に、土方はただ事ではないものを感じた。
「どうしよう・・・!どうしよう・・・!姉さんが病院からいなくなったって、今・・・、電話が・・・!」
涙を浮かべて動揺するその姿に目を瞠り、土方は「大丈夫だ」と声を掛けた。
“どうして俺を頼るんだ?”などという小さな疑問は胸に仕舞う。
突き放されたのは沖田だって承知の筈だ。それでも、形振り構わない程彼女は助けを求めているのだ。
「とりあえず病院へ行こう」
促す土方に、沖田は頷いた。
「――――だから、何でお前が居るんだよ?」
病院に着いた土方は、ミツバの主治医と一緒に居る銀時を見て顔を顰めた。
そんな二人には構わず、沖田は真っ直ぐに医師を見つめる。
医師は沖田の顔を見ると、口を開いた。
「二日前です。彼女が急に地球を出たいと言い出したのは」
「―――――え?・・・姉さんが?どうして?」
「宇宙はここよりも医学の発達している惑星が幾らでもある。彼女はそれに縋りたいと、そう言い出したんです。勿論、私は反対しました。幾ら技術が優れていようと、安全を保障出来るものは何もない。それに、あの身体で宇宙旅行なんて・・・」
「――――じゃあ、姉さんはもしかしたら一人で・・・」
沖田の目の前がぐらりと揺れる。
「落ち着け、沖田。つか、大体なんでミツバさんはそんな事思い付いたんだ?―――――吹き込んだのはお前じゃねぇのか?坂田」
土方の言葉に弾かれたように、沖田は銀時を見上げた。
「アンタなの!?何を姉さんに言ったの!?まさか、全部話したの!?」
沖田と土方の顔を交互に眺め、銀時はゆっくりと口を開いた。
「俺ぁ、幸せは自分の意志で選択するモンだと思ってんだよ」
「―――――アンタなんか・・・!最低・・・っ!」
叫び、沖田は走り出した。目的地はターミナル。
「追い駆けないの?」
走り去る沖田の後ろ姿を見ながら言う銀時を、土方は睨み付けた。
「それよりもお前にゃあ、聞きてぇ事があんだよ」
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恋愛のススメ 27
「―――――姉さん・・・!姉さん・・・!」
ごった返すターミナル。人込みの中。
こんな中で一人の人間を見つけ出せるのだろうか。いや、それよりも間に合うのだろうか?
―――――もしも、土方と自分の事を姉が知ったら・・・。
彼女はもしかしたら、“自分さえいなければ”と考えるかもしれない。それで、無茶な行動を起こしたのかもしれない。
その想像は沖田をこれ以上ないほど不安にさせた。
埒が明かないと判断した沖田は、階上の展望台を目指した。
「―――――姉さん・・・・・!」
辿り着いたその場所の一番端に、ぽつんと立つ見慣れた後ろ姿を見つけた時、沖田の全身から力が抜けた。
ふらりと近付き、その肩に手を掛けると、ミツバは驚いた表情で振り向いた。
「―――――あ・・・っ、総ちゃん、来てくれたの?」
「――――・・・・・、・・・“来てくれた”?」
言いたいことはたくさんあったが、沖田はミツバの言葉を疑問に思った。
「坂田さんに聞かなかった?私、宇宙で療養するの」
先程までの沖田の心中などまるで知らない様子で、ミツバは明るくそう言った。
混乱が頭を占める。
――――では、銀時は何を?何をどれだけミツバに話したのか。
「・・・・それは、先生に聞いたわ。でも、姉さんの身体じゃ無理だって言われたんでしょ?」
「地球じゃ、宇宙に対する理解がまだされていないから、らしいのよ。完全看護の整った、空気の綺麗な医療星を、坂田さんのお友達の坂本さんが紹介して下さったの。一刻も早いほうがいいって言われて、何も説明せずに来てしまってごめんなさい。坂田さんに“伝えて”とお願いしたのだけれど・・・。でも、会えて良かった」
ミツバはゆっくりと説明しながら、笑みを浮かべている。
それはとても、死を覚悟している様子には見えない。
「私、坂田さんを信じたの。私、生きたい。もっと長く生きたいの。そして、もっとあなた達と一緒に居たいの」
希望の光をその目に乗せてミツバが語る言葉は、沖田の願いそのものだった。
こんなに自信を持った姉を見たのは始めてかもしれない。
余程、坂田銀時を信用しているのだ。
「一生に一度の我侭よ。お願い、総ちゃん、行かせて」
「―――――・・・・」
沖田は躊躇いながらこくりと頷き、震える唇を開いた。
「―――――私も言わなきゃならない事がある。姉さん・・・、私・・・、好きな人がいるの・・・」
ミツバがどこまで知っているか分からない。けれど、これ以上隠すなんて出来なかった。
「本当!?」
ぱっと顔を輝かせたミツバに、沖田は緊張が解けていくのを感じた。
銀時は彼女に何も話していないのだ。その権利は沖田にしかないと、こうして告白の場を設けてくれたのではないかと、沖田はそう思った。
「分かったわ、坂田さんね?」
「・・・ちが・・・っ、・・・違う・・・。もっと、意外な人、かも・・・」
「―――――もしかして・・・、十四郎・・・・、さん・・・・?」
ミツバの表情が驚きのそれに変わり、そして次の瞬間、それは安心したものに変わった。
「だから、なのね・・・。二人がおかしかった理由がようやく解った」
「―――――私は、姉さんが大事なの。世界で一番大事なの。だから、絶対一生、土方さんは二番目なの」
「――――私もよ」
微笑んだミツバに、沖田は思わず項垂れた。
何故、疑ってしまったのだろう。土方との関係を知ったミツバが、どう変わると思ったのだろう。
沖田の知っている姉はこういう人だった筈だ。
「実はね、私もずっとあの人を見てた。だから解るの。あの人は半端な気持ちで相手を選んだりしないわ。・・・ようやく、あの人に心に入り込める相手が現われたのね」
「・・・姉さん」
「おめでとう」
――――――ごめんなさい。
心の中で呟いた。
ミツバに、土方に近藤に。そして銀時に、沖田は心から頭を下げた。
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恋愛のススメ 28
「今更」と言って笑われるかもしれない。
いや、笑ってくれればまだいい。再び背を向けられたら、立ち直れるだろうか。
坂本という男の飛行船に乗り込むミツバを見送った後、沖田は夕焼けに染まった江戸の町をとぼとぼと歩いていた。
出来るなら、ミツバに付いて行きたかった。
心配で仕方ないが、ミツバが心からの笑みを見せてくれたから・・・。
信じて、待つ事にした。
未来を信じるのではなく、ミツバを信じる。彼女の進む道がどんな道であっても、信じて、見守って、必要な時に手を差し伸べる。
姉がそうしてくれたように。
この後どうしようか悩んだ沖田は、万事屋へと足を向けた。
「―――――お、会えたか?」
扉を叩くのを躊躇う沖田の背後から声を掛けたのは、坂田銀時その人だった。
「・・・知ってたくせに。知ってて私をターミナルに行かせたんでしょ?会えた事も坂本って男から聞いてるんでしょ?」
「うん」
悪びれもせず、銀時は頷いた。
「でも、お前が何を話したかまでは知らねぇよ?」
―――――知らなくても、予想はついてる筈。
全て見透かしているような銀時の瞳を、沖田は上目遣いに見つめた。
あなどれない男だ。
「全部、アンタの思惑通りよ。私は姉さんに全部話した。姉さんは―――――微笑ってくれた・・・・」
言った途端、沖田の瞳から涙が溢れた。
――――そしてきっと、元気になって戻って来る。
「約束を果たしてくれて・・・、ありがとう。・・・酷い事言って、ごめんなさい・・・」
銀時は頬をぽりぽりと掻くと、「依頼だから」と呟いて口元に笑みを浮かべた。
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恋愛のススメ 29
「・・・ガキがよぉ、泣くんだわ」
襟元を掴む土方に、銀時は眠そうな目でそう言った。
「犬が見つからないって、泣き止まねーんだよ」
「・・・・・・」
土方は銀時の服から手を離すと、目の前の男を見つめた。
沖田がターミナルへ向かって病院を飛び出した後、土方は銀時に問い掛けた。
「手前がアイツに関わる理由を教えろ」
「・・・何で?“かわいいから”とか、“好きだから”とか言ったらどーすんの?」
「殺す」
「お前なんかにやられるかよ」
「――――そりゃあ、どういう意味だ!?」
土方は銀時の襟元を捻り上げた。
「沖田が見つけた、あの犬か?」
どんな時でもテンションの変わらない銀時に、土方は熱くなった自分を気恥ずかしく感じた。
「ほんっと、あん時困ってたんだよ、俺」
たったそれだけで?
しかし、不思議と納得出来た。
たったそれだけの恩を、彼は返そうとしただけなのだ。それが出来る人間なのだ。
「追い駆けないの?」
問い掛ける銀時に、土方は口の端を上げた。
「大丈夫なんだろ?」
沖田が何故この男に話したのか解る。
――――――まだ、もう少し位、待てる。
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恋愛のススメ 30
「何?その顔」
屯所で出迎えた土方を見た沖田は、開口一番そう言った。
「いや・・・、元気か?」
「見ての通り」
何時も通りのしれっとした表情、口調。
しおらしい彼女が見れると思っていた土方は、少々面食らった。
「近藤さんに報告して来る。どいて」
「――――俺への報告はねぇのか?」
「どうせ、万事屋の旦那に聞いてんでしょう?どいて」
「―――――沖田!お前、どうにかならねぇのか!?その態度!?」
業を煮やした土方が声を荒げると、沖田もきっと顔を上げた。
「もう私は“いらない”んでしょう!?今後一切巻き込まないから安心して!!」
――――――怒るか?
普通、怒るのは俺だろう?
お前は「ごめんなさい」だろう?
「沖田―――――、」
土方を素通りして行こうとする沖田の腕を掴んだ。
・・・あれ?掴めた?こんなに簡単に?
内心首を傾げながら、土方は口を開いた。
「――――――あれは、嘘だ。お前が聞き分けねぇから嘘吐いた」
「・・・・・」
俯いたままの沖田に、土方は焦りを感じる。
「・・・何度も言わせるな。俺が欲しいのはお前だけだ・・・!」
「知ってる」
沖田は顔を上げると、笑みを浮かべた。
「・・・・え?」
「そんなこと、知ってる」
沖田は堪えきれないように、くすくすと笑い出した。
「ごめんね、土方さん。私ドSなの」
・・・・・そこ?そこでごめん?
―――――まあ、何でもいいか・・・。
掴んでいた腕をそのまま引き寄せて、沖田を胸の中に閉じ込めた。
彼女の手がそっと背中に触れる。
ようやく、ようやく抱き合う事が出来た。
喜びなのか安堵なのか、もしくは疲れなのか。
長い息を吐き出した土方の唇に、甘い吐息と共に沖田のそれがそっと、触れた。
終
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は〜い!終了です〜!
ここまでお付き合い下さりありがとうございました!