恋慕
目が離せない。
アンタはすごい男だ。
一人の少女を救う為に誰も手が出せない相手に一人、立ち向かったその後姿。
死んだかもしれないと思った時、胸に鋭い痛みが走った。
「射殺しそうな目だな」
そんな俺を見ていた土方さんが、隣で言った。
会いたい、その姿をもっと見ていたい、その目に映るものを知りたい。
それは、恋しい気持ちと良く似ている。
「沖田さん、飲みすぎですよ」
その夜、何時もは誘わない沖田が声を掛けると、山崎を筆頭に2、3人の隊士が付いてきた。
酒の肴にするには重すぎたのかもしれない。一人もくもくと杯を空け、気付くと、その場にいるのは山崎一人だった。
「このくらいで酔いやしねぇよ」
「十分酔ってますよ。いつもの沖田さんじゃないでしょう」
「お前ももう帰れよ。付き合ってたらキリねェぜ」
そうはいかないでしょう、と山崎は情けない顔をした。その顔を見ると吹き出しそうになり、沖田は
「仕方ねぇな」
言って、席を立とうとした。
その肩を男が掴んだ。見たこともない顔だ。
「兄ちゃん、強いねぇ。何処まで飲めるか試してみようや」
「飲み比べかィ?面白いじゃねぇか」
「沖田さん!!」
山崎は必死に沖田の着物の裾を掴んだ。無駄と知りながら。
焼酎を注文し始めた二人に、山崎はとりあえず誰かを呼んで来よう、と思いながら店を飛び出した。
記憶が無くなったのは何処からか覚えていない。
飲み比べを持ち掛けた男に不信も抱かなかったのは、山崎の言う通り何時もの自分ではなかったという事なのだろうか。
沖田が目を覚ました時、見慣れない天井が目に映った。
ふと横を見ると、白髪が。
「・・・夢かィ?何で旦那が?」
呟いた途端、その白髪はすごい勢いで隣から飛び出し、いきなり土下座した。
「すんまっせん!」
初めは放っておこうと思っていた。
随分前から真撰組の見慣れた顔が同じ店にいるのは知っていたが、親しくもないし、馴れ合うつもりもない。幸い銀時は柱の陰になって、向こうからは見えない場所に居た。
大柄な、目付きの悪い男に絡まれていたのも知っていたが、関係ないと思っていた。
しかし、見てしまったものを見なかった事には出来ないタチなのはいい加減自分でも分かっている。
沖田の様子がおかしいのに気付き、銀時は溜息を吐くと、静かに席を立った。
完全に意識をなくし、ぐったりとした沖田を男は軽々と担ぎ、店の支払いを済ませると店を出た。案の定、外には男の仲間らしき影が数人分。
しばらく歩いて、男は沖田を放り出した。やはり、ぴくりとも動かない。どこで登場しようかと考えながら、銀時は物陰に身を潜めていた。
「?」
銀時は首を傾げて沖田を見た。
それにしても、あの様子はおかしい。
「本物か?」
男の一人が声を出した。
「ああ、この顔は間違いない。真撰組一番隊長、沖田総悟だ」
「・・・こんな小さいヤツが・・・」
「真撰組に復讐できる滅多にない機会だ。楽しませてもらおうぜ」
攘夷志士にしては下品だが。警察ともなれば、恨みを買う相手は後万といるのだろう。
男の一人が沖田の着物に手を掛けた所で、銀時は姿を見せた。
「おにーさん達、喧嘩は堂々としようや。こんな真似は汚ねーんじゃねぇ?」
「・・・誰だ!?仲間か!?」
「違う、違う」
銀時は手を振りながら、一番近くにいた男を木刀で殴り倒した。
「あまりの汚さに見てられなかった通行人」
言いながら、二人、三人目に膝を付かせる。
「畜生っ!こいつにパクられた時から目ぇ付けてたんだ!手前なんかにヤられるかよっ!」
本当に悔しそうな顔をして大柄の男が向かって来た。
しかし、同情する気にもならない。手加減など全くなしで、銀時はその頭を打ち付けた。
「恨み買ってんだか、ストーカーされてんだか良くわかんねぇな」
銀時は沖田を見下ろした。
「おい。敵多いの分かってんだろ?ちょっと無防備すぎんじゃねぇ?」
ぴたぴたとその頬を叩いてみるが、沖田の瞼は開かない。
「・・・クスリか」
ようやく納得した。早々につぶれたのも、そのせいなのだ。
に、しても世間知らずの女が引っ掛かるような手に。
銀時は息を吐き出した。
背負った沖田が思ったよりも軽く、銀時は驚いた。同じ男とは思えない。
「これだから、あんなのに狙われちゃうんだなぁ」
そのまま、万事屋に戻った。多分、それがマズかった。店に戻れば沖田を捜しに来た真撰組の誰かがいたかもしれなかったのに。
押入れからは神楽の鼾が聞こえる。新八の姿はない。
とりあえず自分の布団に沖田を下ろし、銀時はぎょっとした。
はずみで肌蹴た着物の袷から、沖田の白い肌があられもなく見えている。
「おいおい。なんでそんな白いんですか?」
ヤバイでしょ、と呟いて、銀時は沖田を起こそうとした。
「ちょお、いい加減起きてくんないとマズいから」
動揺しながら銀時は声を掛け、瞼を開けようと沖田に馬乗りになり、その瞼に手を掛け、そのまま・・・、唇を合わせてしまった。
目を覚ます様子の少しもない相手に、やましい欲望が頭を擡げた。
バレないかもしれない。
そう思ったのも確かだ。
銀時は眠ったままの彼の着物を脱がし、袴に手を掛けた。
全てを告白する銀時に、沖田は、はあ、と呟いただけで、ぼんやりとしている。
「謝んないでくだせぇ。旦那、助けてくれたんでしょう?」
「いや、でも汚ねぇ事するなっつって同じコトしちゃったら・・・」
「ヤったの?覚えてねぇし」
「頂いてしまいました。最後まで」
沖田は布団を捲り、何も着ていない自分の姿を見て真実なのだと納得した。
「薬かぁ、どうりで。俺が負ける筈ねぇや」
「言ってる場合かよ。あんな手に引っ掛かっちゃうワケ?天下の鬼隊長さんが」
「ちょっと、ぼーっとしてた・・・」
言って、沖田は枕に顔を埋めた。
その様子を見る銀時の心中は穏やかではない。淫行罪で逮捕されるかもしれないのだ。
「旦那、聞いていいですかィ?」
「ななななな何?」
どきりと、銀時の心臓が音を立てる。
「なんで、勝てない相手に突っ込んで行けるんですか?そんなにあの娘が大事なんですかィ?」
「おま、何の・・・。・・・エイリアンの話かぁ?」
銀時は気の抜けた声を出した。
「・・・・大事・・・、大事っちゅーか・・・。勝てねぇ相手にゃツッコまねぇよ、俺ぁ」
「でも、あれはマジでヤバかっただろ」
「んー・・・。かなぁ。でも、生きてるし。性分だし」
「俺ぁ、怖かった」
銀時は沖田の小さな頭を見つめた。枕に遮られてよく聞こえないが・・・、
「アンタが死ぬかもしれないと思ったら、怖かった」
銀時は言葉を失った。
聞き間違いかと疑う。
何も言えずに座り込む銀時に、沖田は顔を上げて語り掛けた。
「俺はこの状況、むしろ嬉しいかもしれねぇ」
「・・・・マジ?」
沖田は頷いて見せる。
「でもマジで覚えてねぇから。旦那がまだ俺に欲情できんなら・・・・」
言い掛けた沖田は頬を赤く染めた。
「ヤなら、いいよ」
銀時は意外すぎる沖田に、本気で何と言っていいのか分からなかった。
「ヤっ、てか、手ぇ出したの俺だし。鬼畜だし。てか、お前ほんとにあの沖田?」
可愛い・・・。
銀時は口に手を当てた。
「どーゆう意味でィ。本物だよ」
沖田は口を尖らせ、ふと視線を落とした。
「・・・わかんねぇんでさァ。これがどういった感情なのか。でも俺嫌じゃなくて、きちんと旦那と・・・、その・・・」
銀時はそっと沖田の傍へ寄って、その耳に語り掛けた。
「真撰組には内緒?」
沖田は即座に頷いた。
「出来たら、二人だけの秘密に」
「そりゃ、ソソる」
銀時は沖田と唇を合わせた。
恋しい、恋しい気持ちが相手に届いたら、それが初まり。
きっと、俺は離さない。
俺はアンタが好きなんだ。
終
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えへへ〜、愛人さんになっちゃった〜。
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