SとMの定義。
振り向くと、先日将軍のお供で行ったキャバクラにいた、メス豚が立っていた。
「・・・何の用でィ?」
「人には浮気心っていうものがあるのね・・・。あの人は意識せずに私を苛める天性のS。でもあなたは意識的に徹底的に苛めてくれる真性のSな気がするの」
「・・・そりゃ、どうも」
「さあ、思い切りやって!指よりすごいもの、突っ込んで!鼻の穴に!!」
真昼間からこういう事を往来で叫べる神経こそ、俺は持ち合わせてはいない。
どうやら次元が違うらしい。
「今仕事中でさァ」
くるりと背を向けると、女が背後で甘い声を上げた。
「スルー?放置?いいわ、熱くなった身体を持て余してる私を置いて行くがいいわ!」
こういうタイプは永遠に放置したくなる。これは旦那でもドン引きだろう。
――――あ、旦那か・・・。
俺は不意に思いついて、万事屋へと向かった。
目当ての人は、そこに居た。
「なぁに?俺今忙しいんだけど」
その人が抱えているのは週刊ジャンプ。
けれど、俺の顔を見てすぐに部屋に通してくれた。
「・・・旦那ァ、叩いてつねってジャンケンポン大会しやせんかィ?縛り、ローソク有りの」
「どんなん?」
「いやあああぁぁっ!そんなの、そんなの、私も入れてぇぇぇぇっ!」
思った通り俺について来た女は、叫びながら天井から飛び降りて来た。
「ウザいから、こいつ返しに来やした。旦那のですよね?」
「・・・や、俺のじゃないし。こんな変態」
「いやぁ、二人で言葉攻め?」
「アンタらお似合いだよ。女、俺に苛めて欲しかったらマヨラーのヘビースモーカーになって出直して来な」
「・・・言うわね」
捨て台詞も吐いた事だし、もう用はないと思った時だった。
急に腕を掴まれ、俺は驚いた。その手の強さに。
「・・・旦那?」
「お前、苛めたいヤツは限定なワケ?俺やってもいーよ、縛ってムチってつねりっこ大会。それとも俺が相手じゃ面白くない?」
「―――別に・・・」
驚いたまま見上げた旦那の顔はサディスティックに歪んでいた。
途端、掴んでいた手が離れ、俺の頬を思い切りつねってきた。
「っいってェ!!!」
「それそれ。つねって喜んでる顔見ても面白くねーのよ。その心底嫌そうな顔がそそるのよ」
旦那はにやりと笑うと、そう言った。
「・・・その気持ちは分かるけどよ・・・。俺ァ、旦那を苛めたいとは思いやせん」
「ほら見ろ。限定だ」
「・・・・・」
俺は痛む頬を擦りながら、旦那を見上げる。
限定だからなんなのか。
「つまり、お前はドSの仮面を被った隠れMなのだっ!!!」
そんな馬鹿な!!!
「Sと周りに言われ、何時の間にか調子に乗ってS王子気取りでいるけれども!実はM!」
いやいや、それだけは断じてないから!!!
思わず柄にもなく突っ込みを心の中で入れつつ。
「言ってる事おかしいぜィ、旦那。俺ァ、今つねられて、旦那に殺意さえ持ちやした。カケラも嬉しくねぇよ」
「そんな君が俺のS心を刺激するのだ!それは正しく・・・アレ?同属愛?」
「そうよ、銀さん。彼はこの私が反応するほどのSだもの。半端なSじゃないわ」
「おめーは黙ってろ」
その時俺は急に解った。理解した。
「隠れMは、旦那だ!!」
俺が指差して言ったその言葉は、稲妻が走ったような衝撃だったのだろう。
女と旦那は真っ白になっている。・・・ように見えた。
俺はにやりと笑うと、固まっている旦那の頬を思い切り抓ってやった。
旦那は目を見開いた。
「――――はっ・・・!何だ・・・?痛い、痛い筈なのに・・・っ!この快感・・・っv」
もしかしたらこの人は暗示にかかりやすいだけかもしれない。キャラが違う。
でも、本当に面白い人だ。
そんな彼を見て、女は目を潤ませた。
「――――酷い、銀さん・・・。私を裏切っていたのね・・・っ!私にはもうこのドS王子しかいないの・・・!?ああ、でも、でも・・・・っ銀さん・・・・っ」
「俺の事は諦めてくれ。つかもう、余所見してる時点で範囲外だから、お前。俺にももう、俺のMを目覚めさせたドS王子しかいないんだ。沖田君・・・、もっとやって」
こうなってはもう、何が何やら。
とりあえず逃げよう、と俺は思った。
「・・・あのー。とりあえず用は済んだし、俺ァこれで・・・」
「マジで用ってこんだけなの?」
女を指差して言う旦那に、俺はこくりと頷いた。
「勿論でさァ」
旦那はこれ以上はないというほど顔を顰めた。
「お似合いとか言ってたよなぁ、さっき。あれマジで言ったの?」
その不穏な様子に、俺は頷くのを躊躇った。
何か拙い事を言ってしまったのだろうか・・・。
「この俺がさぁ、忙しいのにわざわざ玄関まで出て迎え入れたのは何でだと思ってるワケ?」
「・・・・え?」
「沖田君だから、居れてあげたんでしょ?」
「・・・・そうなんですかィ?」
「そうなんだよ」
「・・・・・・・」
突然の事にどう反応していいのか分からず、俺は旦那の目を見つめ返したまま黙り込んだ。
「・・・そういうワケね。あなたの目的はこれね。私から全てを奪うつもりだったのね。これこそ究極の苛めだわ」
訳の分からない事を言う女に、俺は混乱した。
「・・・ちげーよ。旦那は隠れMなんかじゃねぇよ。・・・だから、違うから・・・」
自分でも良く分からない、いい訳めいた言葉を並べてしまう。
「当たり前だ。そんな事で好きな相手が決められるか」
「そうよ。私が好きなのは銀さんだけよ」
「おめーは黙ってろって。つか、嘘だろ?それ嘘だろ?Sなら何でもいいんだろ?」
女は黙って首を振った。
「好きになったらSもMも関係ないって事。あ、私今いいこと言った?」
言ったかもしれないけど、言動と行動が一致していない。
「とりあえずさぁ、限定じゃなくって、これからは俺も苛めてみろや」
苛めてみろ、と言う割りには、旦那のその顔はどうやって仕返ししてやろうかと目論んでいる様に見える。
「か、考えてみまさァ」
何時ものペースをすっかり乱されて動揺した俺は、ことの元凶である女を睨んだ。
それに気付いた彼女は、旦那の後ろで頬を染めて俯く。
悔しいが、たじろいだ。
「・・・じゃあ、・・・これで・・・」
今度こそ本当に立ち去ろうと思った俺に、旦那は満面の笑みを見せた。
「またね、沖田君」
「またね」
“また”を強調して言う二人に、正直背筋が寒くなった。
もしかしたらこの二人はSとMの中でも最強かもしれない。
そして、やっぱり旦那には敵わない、と俺は思った。
終
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逃避で以前のWEB拍手お礼書き足し、ずるっこ更新第4・・・?弾?だっけ・・・?
おほほ。誰も食いつかない、マイナーにも程があるだろう!?的マニアなCP?(汗)
つか、銀沖だけど。
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