ささやかな復讐








慕ってくる子供というのは本当に可愛い。
けれどそれは単に可愛い、というのではなく、その子は本当に顔も可愛い。
俺は何度も理性と戦った。けれど、
「俺ァ、近藤さんがいなかったら生きていけねェ」
誰に対しても生意気な態度しか取らないのに、俺に対してはこうだ。
そんな事を言う子にどうして邪な想いを見せれるというのだろう。
俺はただ黙って、必要な時に手を差し伸べてやる彼の保護者的存在。
その位置が一番彼にとっても、俺にとっても合っているのだ。





俺がそう思ってから幾年が過ぎた。
俺は一人の女性に恋をしていた。
「・・・近藤さん、またあの女の所に行くのかィ?」
少年の面影を残した顔で、総悟はつまらなそうに口を尖らせた。
「彼女はお妙さん。“あの女”なんて言うな」
「いっつも振られてばっかりじゃねぇか。・・・たまには手合わせしてくだせェ」
俺は笑った。
「お前は何時までたっても子供みてぇだな。道場にトシがいるだろ?」
「俺は、アンタがいい」
「いいか、総悟。何時までも俺やトシが傍に居てくれると思ったら大間違いだぞ。お前にゃお前のやらなきゃいけない事があるし、俺にだってある。お前もそろそろ自分だけの大切なモンを見つけてもいい頃だぞ」
「・・・俺の大切なモンは、近藤さんだ」
「総悟・・・」
可愛くて、大切な総悟。その言葉に俺は感動した。
けれど、やはりそれとこれとは別なのだ。
その時カラリと襖が開いて、トシが顔を出した。
「―――――総悟、何時まで待たせるんだ?近藤さんは来るのか?」
「近藤さんはまた女に振られに行くってよ。稽古なんかしてる暇ねぇってよ」
「・・・悪いな、トシ」
「・・・・・いいよ、別に俺は」
俺を慕う総悟。それを羨望の眼差しで見るトシに気付いたのは、最近だった。



何時もの如く恋する女性にぼこぼこにされ、心身ともにへこんで帰った俺を部屋で待っていたのは、総悟だった。
「お帰りなせェ」
「おう」
殴られて腫れた頬を擦りながら、俺はどっかりと座り込んだ。
この状況を予測していたのか、総悟は用意していたらしい濡れた手拭を俺に差し出す。
多少の気恥ずかしさを感じながら、それを受け取り頬に当てた。
「諦めねぇんで?」
そんな俺を見ながら、総悟は静かに問い掛けた。その目には呆れも侮蔑もない。
「はは。こんなの、何時もの事じゃねぇか。俺ぁ、女好きだが一途でな、こんなの屁でもねぇよ」
「・・・でも俺ァ、アンタがヘコむ姿見るの、好きじゃねェ」
「悪ぃなぁ、かっこ悪くてよ」
苦笑いする俺に、総悟は首を振った。
「かっこ悪いなんて思ってねェ。・・・ただ・・・、近藤さんには幸せになってもらいたいだけだ」
「総悟――――」
「・・・俺が、女だったら良かったのに」
「・・・・・」
「・・・俺じゃ、駄目なんだろ・・・?」
総悟・・・・・。
俺は目を閉じた。
勘違いしてはいけない。彼はまだ子供だ。愛情を取り違えているのだ。
「お妙さんの代わりは・・・、いねぇ」
「――――――」
俺がそう言った途端総悟は立ち上がり、部屋を飛び出して行った。
これでいいのだ。
俺たちの関係は崩れたりしない。
それが、彼にできる精一杯の告白だったと気付いたのは、ずっと後だった。








俺は、自分のこの選択は正しいと信じていた。
どんな事があっても、総悟が俺から離れることなど有り得ないと思っていた。
調子に乗っていた。
少しずつ、総悟が俺よりトシと一緒に居る事が多くなり始めたのに気付いた時も、俺はただ仕方ないと思っただけだった。
彼に付けた傷がどれほど深いかなど、知りもしなかった。
失った者の存在は、大きかったのに。
何時の間にか、すっかり俺の傍に居なくなった総悟に、初めて衝撃を受けた。
「トシ、総悟を返してくれねぇか?」
もともとプライドのない俺は、すぐさま身を翻してそう頼んだ。
「そりゃ、アンタの頼みでも聞けねぇな」
ニヤリ、と口の端を上げる目の前の男を睨んだ。
「だってお前、モテるからいいじゃん。俺に取っちゃ唯一だよ、あんなにカワイイの」
「馬鹿か、近藤さん。アンタの頼みでも聞けねぇっつったんだよ。唯一なのはこっちもだ」
アレ?
どうやら、俺が考えていたよりもっと、これは根の深い問題らしい。
というか、多分トシのそれはきっと、俺よりもっともっと強い、大きい、深いものみたいだ。
「・・・・ていうか、お前まさか・・・、総悟に手ぇ出したんじゃねぇだろうな?」
「手ぇ?何の事だかわかんねぇな」
その目が、笑みを含んで俺を見返す。
「とぼけんじゃねぇよ!!あいつを・・・っ、」
「抱いたよ」
「―――――トシっ!!」
俺は思わずトシに掴みかかった。
「ちげーだろ!?お前分かってるのか!?俺が折角守ってきたモンを手前は踏み躙ったんだぞ!?あいつにゃ、可愛い嫁さんと幸せになってもらいたかった。俺がどんだけ我慢してきたと思ってんだ!?」
「・・・それこそちげーだろ、近藤さん」
落ち着けよ、とトシは言って、胸倉を掴んだ俺の手を外した。
「総悟が欲しがったのは、父性愛じゃねぇ。そういう愛情だって、本当に気付かなかったのか?」
「―――――・・・」
――――俺じゃ、駄目なんだろ?
以前そう言った総悟の瞳。
あれが、そうだったと言うのか?
「・・・でも、あいつは子供だ。恋愛もした事ねぇガキの戯言に付け込んだら鬼だろ?」
「付け込むさ。アンタのはただの欲望だからそう思うんじゃねぇのか?」
「・・・・・・っ」
かぁぁ、と頭に血が上った。
けれど、本当にトシの言う事は正しいのかもしれない。
一生のパートナーとしては、どうしても見れない。
そしてトシはその相手にあの子を選んだのだ。
だから、総悟は簡単にそっちへ行ったんだ。
振られた、という気すらしないのは、俺のそれはきっとそういうものじゃないから。
でも、長い間ずっとずっと総悟の幸せを願い、見守って来たのは本当だ。
俺はずっと総悟の事を想ってていい存在で。トシとの事を反対する権利もあるワケで。
俺は胸を張ってトシに言った。
「お父さんはこの交際を認めません!!!」
俺の言う事に逆らえない総悟を知っているトシは、悔しそうに俺を睨んだ。
けれど、親の言う事に素直に従うかどうかは子供の心一つ。
それを止める権利は流石に俺にも、誰にだってない。


だからこれは、ささやかな復讐。




























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近沖やってないのに気付いて書いてみたけど、ダメだ・・・!やっぱり近藤さんは無理・・・!
恋にならない・・・!ある意味聖域・・・?
さて、そろそろタイムリミットです。連休の更新は最後になりそうです(涙)




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