煙草とアイマスク
土方が煙草に火を点けようとした時、
「山崎ィ、銃」
そう言って手を出す沖田に、山崎は無言で銃を手渡した。
微塵の躊躇いもなく、沖田はそれを土方に向けて放つ。
それは正確に土方ではなく煙草に向けて放たれ、見事に煙草は根元から消えた。
「何の真似だ、総悟」
「火ィ、点けて差し上げようと思ったんでさァ」
「じゃあ、ライター持って跪いてみろやぁぁぁ!謙譲語がムカツクっ!!」
叫んで、再び煙草を取り出す土方に、沖田も山崎に向かって手を出す。
今度は水の張ったバケツを手渡した。
「総悟ぉ〜・・・」
次の瞬間に水浸しになった土方は、青筋を浮かべて水を滴らせている。
「火の用心」
しれっと言う沖田に、土方は刀を抜いて走り出した。
「殺すっ!!」
そんな二人を他人事のように眺めながら、山崎は溜息を吐いた。
こんな事は日常茶飯事だが、今日は何故だか攻撃が煙草に集中していた。
誰の目から見ても明らかに、土方は今日煙草を吸えていない。
ニコチン不足の苛々は全て他の隊士達にぶつけられ、その被害は尋常じゃない。
「頼むから、沖田さんを止めてくれ」
山崎は何度も頼まれ、その度
「俺にあの人が止められる筈ないでしょう?」
と答えてきた。
沖田の影に隠れている山崎には何故かお咎めがなく、その位置に安心して、山崎は沖田の手助けをしていた。
見つかったらタダでは済まないだろうが、その時はその時だ。
土方の攻撃を交わして、沖田は山崎の隣に並んだ。
「よし、次は煙草屋回って買い占めに行くぜィ、山崎」
「ちょ、それは大変な事ですよ!?」
さすがに、山崎は声を尖らせた。
「煙草の次はマヨでィ。キュー○ーをこの世から抹殺してやるぜィ」
どS全開の表情で、沖田は悪魔のようににやりと微笑む。
「無理ですって。抹殺はできないですって。犯罪に手を出すつもりっスか!?」
山崎は慌てて沖田に詰め寄った。
「今度は何ですか?心理攻撃なら得意じゃないですか!?兵糧攻めは限界ありますよ?」
「ニコチンとコレステロール不足で悶え死ね、土方」
「いや、逆に健康になりますよ。100歳くらいまで生きますよ」
沖田はぎろりと、山崎を睨んだ。
「口出しすんな、お前も死ぬか?コラ」
「―――や・・・、・・・とりあえず、原因教えて下さいよ・・・」
山崎は後退りながら、必死に食いつく。本当は放っておきたいのだが、民間人を平気で巻き込みそうな沖田を野放しには出来ない。損な性分だ。
「原因は煙草でィ」
「タバコ・・・?ッスか・・・?」
「分かった。近藤さんに煙草吸ったら切腹っての、隊規に入れてもらおう」
分かった、じゃねーよ!
山崎は心の中で突っ込みながら、それで切腹になるのは土方だけか、と思い直す。
「あ!あいつ、性懲りもなく!!」
遠くで煙草に火を点ける土方を見て、沖田は叫ぶと剣を抜いて走り出した。
「・・・沖田さんの標的にだけはなりたくないなぁ・・・」
山崎は呟いた。
騒がしい見廻りを終えた山崎達は屯所へと戻って来た。
やれやれ、と部屋で寛ごうとした山崎の元へ、今度は土方がげっそりとした様子で表れた。
「・・・カンベンして下さいよ、俺関係ないっスから」
「カンベンして欲しいのは俺だ。何?アイツ?今度は何?」
「・・・俺に聞かれても・・・」
土方はきょろきょろと周りを見ると、煙草を取り出した。
山崎は慌ててそれを取り上げた。
「懲りない人ですね。俺の部屋で止めて下さいよ!この部屋で沖田さんが暴れたら俺何処で寝るんですか!?」
「・・・安心しろ、もう寝る必要はねえ。山崎、お前今切腹」
「えええええっ!?」
叫びながら、慌てて土方に返そうとした煙草を、横から出てきた手が奪った。
沖田だ。
「俺の目の黒い内は口から煙出す事ァねぇと思いなァ」
そう言って、手の中の煙草をぼきりと折る。
「―――総悟・・・」
土方は冷や汗を浮かべ、沖田を見上げた。
「分かった。俺が悪かった。カンベンしてくれ」
土方は目と手で山崎に「邪魔だ」と合図する。
けれど、山崎はその場を動かなかった。こんなに下手の土方を見るのは初めてで、思わず見入ってしまった。
「へェ。煙草、止めるのかィ?」
「止めたらお前の怒りは治まるのかよ?」
「治まるワケねーだろィ」
「じゃー止めね―よ!!」
怒鳴りながら、土方は沖田の肩を掴んで強く抱き寄せた。
山崎は驚きのあまり、開いた口が塞がらない。
「・・・いいから、教えろ。お前はいっつも言葉が足りなさ過ぎるんだよ」
「・・・・・・・・・寝煙草」
沖田は土方の腕の中で、面白くなさそうにぼそりと、呟いた。
「ん?」
「土方さんの寝煙草のせいで、俺の大事な・・・っ!」
大声で言いながら、沖田は懐から愛用のアイマスクを取り出した。
それに、見事な焦げ目が付いている。
「・・・ありゃ」
「ありゃ、じゃねェェェッ!!」
沖田は思い切り土方を拳で殴った。
吹っ飛ばされて、山崎の部屋の襖を破った土方は、
「わ、悪かったって・・・」
低姿勢に沖田に謝る。
「明日、修理に出すから。新しいの買ってやろうか?」
「コレがいいんでさァ」
「分かった、裁縫の得意なマサさんに頼んでみてやるよ」
「女かィ?」
「ババァだ、ババァ」
ようやく納得したのか、沖田は小さく頷いて土方が立ち上がるのに手を貸した。
そして、そのまま二人は山崎に目もくれず部屋を出て行った。
「・・・え?何?何?今の何??」
破れた襖を見つめながら、山崎は呟く。
「寝煙草?土方さんが沖田さんのアイマスクがある所で寝煙草??」
どういう事???
って、ゆーか目の前で抱き合ってたし。
って、ゆーか、今日のは・・・、いや、今までのは全部・・・
「痴話喧嘩ぁ〜!?」
激しすぎるそれに、山崎は恐怖した。
あれだけ徹底的だから、恐らく自分以外誰一人その事実を知るものはいないだろう。
「しかも原因小さ過ぎっ!!!」
誰もいない部屋で一人、山崎は突っ込んでいた。
終
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ずっと構想あったからすぐ出来てしまった。
山崎の登場は予想外(笑)
久し振りの土沖ですね。
珍しい二本同日あっぷだぁっ!
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