たまには素直に
夢を見た。
目覚めた後妙に悲しくて、俺はあの人の姿を探した。
「土方さん・・・」
見回りの途中、俺は朝の余韻が抜けなくて前を歩く土方さんの服の裾を掴んだ。
「―――何っ!?ちょ、おま、今度は何するつもり!?」
慌ててその手を振り払うという、大変失礼な土方さんの態度に、何時もの自分の行動等綺麗に棚に放り上げて俺は彼を睨んだ。
「死ね、土方」
「聞き飽きたよ。つか、何?今日は特に脈絡ねぇな」
そうか。
俺は呟いた。あまり気にした事はなかったが、聞き飽きるほど俺はこの人にこのセリフを言っているのか。
それなら今の態度も仕方のない事なのではないか。などとは微塵も思わない。
俺は傷付いていた。
この人は何時もこうだ。伸ばした手を振り払われた事は一度や二度じゃない。
その度傷付いて、涙の代わりに毒舌を吐く。
俺が素直じゃないのは俺のせいじゃない。
俺に命を狙われるのも、全部土方さん自身が招いた事なのだ。
「ばーか」
俺は彼の背に呟くと、その後はひたすらに口を閉じて歩き続けた。
放った大砲の先に土方さんがいて、それは確かに俺が彼に向けて放ったものなのだけれど、その時に限って彼は避けず、そのまま彼は倒れてしまった。
俺は冗談だと思った。
笑いながら彼に近寄り、その頬を軽く叩いた。けれど、その目は開かない。
「土方さん?」
俺は何かに憑かれた様に彼の頬を何度も打った。
あれ?おかしいな?
そう思った時、彼からおびただしい量の血が流れ出ているのに気が付いた。
冗談ではない。経験から分かった。
これは、致死量の血だ。
「土方さん―――!」
叫んだ自分の声で目が覚めた。
いやにリアルなその夢を、その日俺は何度も繰り返し思い出した。
それは夜自分の部屋に戻ってからも続いて、俺は何度もその時の辛さを味わった。
眠れず、膝を抱えて障子の隙間から月を覗いていると、不意に部屋の外から土方さんの声が聞こえた。
「―――総悟、寝たか?」
それは何とも言えないタイミングで、俺は思わず声を上げた。
「寝てない・・・!」
襖を開けて入って来た土方さんは、俺の顔を見ると眉を顰めた。
「・・・やっぱりお前、今日変だったよな。何かあったのか?」
「分かるんですかィ?」
「何があったんだ?」
土方さんは俺に詰め寄るように問い掛けた。
「怖い夢、見たんでさァ」
「――――は?」
胸の奥がざわざわとして、不安で仕方なくて、落ち着かない。
そんな思いを朝から持て余していた俺は、素直に告白するのを恥ずかしいとも思わなかった。
土方さんは気が抜けたように溜息を吐いて、呆れた目を俺に向けた。
「マジでか?それとも新しい苛めか?」
―――もう、何でもいいよ。
どう思われてもいい。
精神的に限界だった俺は土方さんの胸に抱き付いた。
「総悟?」
ぎゅうっと抱き締めた彼の着物からは煙草の匂いがした。温もりと心臓の音に癒される。
俺はようやく、安心した。
「何だ、そんなに怖かったのか?もしかして・・・、ゆ、ゆうれ・・・」
「アンタの夢だよ」
言った途端、土方さんは俺の身体を引き剥がした。
「―――てめっ!やっぱオチあったんじゃねーか。騙されるとこだったぜ」
彼の俺に対する不信感は相当なものらしい。
ちょっとやそっとでは塞がらないだろう溝を感じた俺は、朝より辛い気持ちになった。
「・・・土方さんが、死ぬ夢だよ」
必死で彼を見上げると、驚いた目が俺を見返した。
「自分でも良く分かんねぇけど、すごく嫌な気持ちなんだ。頼むから、もう少し此処にいてくだせェ」
「総悟・・・」
土方さんは戸惑いを見せながらも、不器用に俺を引き寄せた。
父親にあやされる子供のように俺は彼の胸で目を閉じた。
「・・・俺が死ぬの、怖かったのか?」
こくりと頷き、俺は落ち着きなく視線を彷徨わせる土方さんを見上げた。
「大丈夫でさァ。明日になったら忘れます。もう少しだけ、我慢してくだせェ」
「・・・我慢って・・・、お前・・・」
土方さんは大きく息を吐き出した。
「これに懲りたらよぉ、俺の事もっと大事にしたら?」
「それはこっちのセリフでさァ」
「は?何?大事にしてんじゃん。何言ってんだ、お前」
「大事にしてたら俺が“死ね”なんていう筈ないでしょう?」
「え?原因俺?つか、お前だろ?」
卵が先か鶏が先か的水掛け論になりつつある。
「・・・何でもいいから、早く元に戻れよ」
不意に土方さんが言って、俺の身体を強く抱き締めてきた。
「調子狂うだろ」
「死ねって言って欲しいんですかィ?」
「ああ」
俺は彼の温もりの中、瞼を閉じた。あまりにも居心地が良くて、眠気が襲う。
何時もの自分に戻ったら、きっとこの人も元に戻ってしまうのだろう。
「言えねぇや・・・、・・・今日は」
もう少しだけこのままでいたくて、俺は呟いた。
終
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たまには・・・ね(笑)
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