誕生日





その日は何時もと何も変わらない日だった。
神楽はやはり何時もの通り、定春を連れて町をぶらぶらと歩いていた。
駄菓子屋を覗いて公園で一頻り遊び、そろそろ帰ろうかと思った時、彼に会った。
「出たな、税金どろぼー」
この暑さの中でもかっちりと黒い制服を身につけた武装警察真撰組の土方は、神楽をじろりと見た。
「お前等が税金払ってるとも思えねぇがな」
七月の日差しは強く、夕方になっても汗は引かない。
麦藁帽子から目を覗かせた神楽は、その土方の様子が何時もと違う事に気が付いた。
「どうした?事件アルか?」
神楽に顔色を読み取られてしまった事に舌打ちをし、土方は苦々しく口を開いた。
「・・・事件、なんてもんじゃねぇが・・・」
しばらく考えて、土方は神楽を見た。
「お前、総悟見なかったか?」
思ってもいなかった名前が出てきて、神楽は首を傾げた。
「わたしが知るワケないアル。何時も金魚のなんちゃらみたいにくっついてるのはお前等だろ?」
「何時もくっついてねぇよ」
「くっついてるアル」
嫌にはっきりと言い切られて、土方は眉を顰めた。
「沖田がいなくなったアルか?それは家出アル。ガキが良くやるやつヨ」
「ちげーよ。・・・って、違わなくもねぇか・・・。毎年、この日、あいつは消えるんだ」
「この日?今日何の日アルか?七夕の後夜祭か?」
「誕生日だよ」
神楽は目を見開いた。
「今日は沖田総悟の生まれた日だ」
「さっぱわからんネ。他によっぽど大事な用があるか、よっぽどお前等に会いたくないアルヨ」
「たまにはまともな事言うじゃねぇか」
土方は諦めたように息を吐き出すと、口元に笑みを浮かべた。
「・・・毎年近藤さんが祝いを用意してるんだが、あいつ何が気に食わねぇんだか、一度もまともに祝わせた事がねぇ」
「祝いアルか。・・・ステーキとか食うのか?ケーキはあるか?わたし前にケーキ食べたの何時か忘れたネ。まあ、そんなチャラついた食べ物に興味はないアルけどな」
明らかに強がりを言う神楽を見ながら、土方は思い付いたように言った。
「チャイナ、総悟見つけて屯所まで連れて来たらケーキ食わせてや・・・」
最後まで言い終わるのを聞かず、粉塵と共に神楽は土方の前から姿を消していた。
「・・・万が一って事もあるしな・・・。あんなんでも人手にゃあ違いねぇだろ」
土方は呟いた。








長くなった日が、夕方になってもまだ影を長く残している。
それでも、夜の闇は近くまで迫っていた。
定春ともはぐれてしまった神楽は、焦っていた。
町外れの寂しい田んぼ道。こんなに遠出した事は初めてだった。ビルの陰が遠く霞んで見える。
薄い月と一番星しか見えなかった空に、少しずつ星が増えてきた。
神楽は不意に不安に駆られ、大声を出した。
「いい加減にしろ〜〜っ!沖田〜〜っ!!どこだ〜〜っ!?」
「―――チャイナかィ?」
その時聞こえた声に、神楽は辺りを見渡した。そして、声がした方に顔を向ける。
小川の傍にある、一際大きな木の上に、沖田は居た。
「そんなトコで何してるアルか?」
「そりゃ、こっちのセリフでィ」
「何でもいいアル!早くそこから降りるヨロシ!」
「何でだよ?」
急かす神楽に、沖田はむっとしたように問い掛けた。
「何でもいいヨ!さっさと私と一緒に帰るアル!」
「やだ」
きっぱりと断り、沖田は木の上で目を閉じた。
「今夜はここで野宿だからほっといてくれ」
「わたしだってほっときたいヨ!でもお前がいないとケーキが・・・!」
神楽の言葉に、沖田の眉がぴくりと動いた。
「真撰組の誰かに俺を探せって頼まれたのかィ?」
神楽はしまった、と呟き、少しだけ考えた後しぶしぶ頷いた。
「・・・その通りアルけど・・・。ケーキに釣られたワケじゃないヨ。ケーキなんて味も覚えてないけどあの生クリームはしつこくてイヤネ。イチゴが曲者アルけどな」
「諦めな。俺ァ、帰るつもりねぇから」
「スポンジは嫌いじゃないヨ。あのふわふわはクセになるアル」
「帰れよ。旦那が心配するぜィ?」
「噂ではチョコ味とかチーズ味とかもあるらしいヨ。お前食った事あるアルか?」
「―――帰れ!」
怒鳴られるのを予想していたように、神楽は真っ直ぐ木の上の沖田を睨みつけた。
「ご馳走あるのに家に帰りたくないなんて変ヨ!!お前あそこ大事思ってる違うか!?」
言葉に詰まった沖田を見て、神楽は木を登り始めた。
あっという間に沖田の近くまで上り、神楽は枝の間にしがみついた。
「何で、帰りたくない?興味ないけど聞いてやるヨ。納得したら帰ってもいいアル」
「お前なァ・・・」
沖田は溜息を吐き、観念したように口を開いた。
「――――どんな顔していいか分からなくなるからでィ」
神楽は首を傾げた。
「意味が分かんないヨ」
「・・・ちゃんと両親がいるお前にゃ分からねぇかもな」
「お前、親いないのか?」
「そりゃ、どっかには居るだろうけど、顔も覚えてねぇんじゃいないも同じかもな。死んでるかもしれねぇし」
「単に親に祝ってもらいたいだけアルか?」
「ちげーよ!俺を祝ってもらってるのに居心地悪ぃなんて、今までそういう経験がねぇからじゃねぇかって自己分析したんでィ」
神楽は捲くし立てるように話す沖田に呆れ、同時に笑いが込み上げてきた。
「・・・バカか、お前」
「はァっ!?」
思えば、沖田とこうして話す事など今までなかった。自分の事を語る彼が妙に可愛く見える。
「それは、照れ、言うアル」
「―――照れてなんかねェ」
「嬉しいのに、そういう顔が出来ないのを悪い思てる。違うか?」
「・・・・・・」
それは、真撰組の人間をとても好きだから。幸福とは言えない自分の境遇さえ理由にして逃げ出す沖田に、同情に似た感情を神楽は覚えた。それは確かに、理解出来ない感情だった。色々あったが、離れていても神楽にはちゃんと両親がいて、うざいながらも愛情を感じ取る事ができる。地球には銀時も新八も定春もお妙もいる。
でも、沖田にだって今居る場所で愛してくれる人達がいるのだ。その愛情を上手く受け取れないのはとても悲しい事じゃないかと、神楽は思う。
「どんな顔しててもお前はお前ヨ。皆分かってるヨ。じゃなきゃ、お前となんて付き合えないアル」
誉めてるのか貶してるのか分からない神楽の言葉だったが、沖田の何かを動かしたらしかった。
「・・・そんなに、ケーキ食いてぇのか?」
「誤解するな。わたしはドライな女ヨ。これは仕事アル」
「報酬がケーキってことか」
「・・・まぁ、そうとも言うかな」
その時、沖田は笑った。
そっと、花が開くように。
「―――そういう顔すればいいアル・・・」
「そういう?どういう?」
一瞬後には元に戻った沖田に、神楽は溜息を吐いた。
何にしても、ようやく帰る気になったらしい沖田が木から下りるのに、神楽も従った。
辺りはすっかり暗くなっていた。



屯所に戻った二人を迎えたのは、満面の笑みを浮かべた近藤だった。
土方は少しだけ驚いた表情を浮かべた後、神楽を見た。それは神楽が始めて見る、ほっとしたような、優しい顔だった。
こんなに大事に思われている当の沖田はやはり無表情で、祝いの言葉を述べる真撰組の面々に「うざっ」だの、「離れてくだせェ」だの言っている。
「年取って何が嬉しいんでィ。男所帯で気色悪ィ」
と、捨てゼリフを残してさっさと部屋へ戻った沖田の代わりに、神楽が蝋燭の炎を吹き消した。
「気にすることないネ」
ケーキを頬張りながら慰めに土方に声を掛けると、土方はああ、と頷いた。
「あいつがこの日、一緒にいるってだけでいいんだ。・・・ご苦労だったな」
神楽はケーキのせいだけではなく、胸が温かくなるのを感じた。
こんな空気は嫌いじゃない。
そして、思ったよりこいつらも嫌いではない、と思う。
また沖田と話せればいいな、と胸の中だけで呟いて、神楽は笑った。












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・・・誕生日だったのですね・・・。
某サイト様お邪魔して気付きました。こういうことに本当、疎いのですよ・・・。
(銀チャンネル全然見てないし(失格))
慌てて妄想した神沖(神&沖?)でございます。
某さいゆーきの時も、誕生日とか38の日とか、スルーしてましたよ・・・。



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