天敵
どうやってあの男と決着を付けようか。
神楽はここ数日考えていた。
発端は町を歩いていた時、かじっていた酢こんぶを落としてしまった。三秒ルールどころか、神楽の中ではお腹壊してでも落ちているものは拾って食う、が普通なので、勿論拾って口に入れた。
それをあの男が見ていたのだ。
いかにも馬鹿にしたように、“ふっ”と目だけで笑って、何も言わずに背を向けたあの顔が憎らしくて頭から離れない。
「必ずあいつの恥ずかしいトコ見て“ふっ”って笑ってやるっっっ!!!馬鹿にし返してやるアル!!!」
「朝からうるせーよ!!」
叫んだ神楽は、銀時に殴られた。
そんなワケで、神楽は真撰組沖田総悟の尾行をする事に決めた。実行中である。こっそりと真撰組屯所内に入り込んだ。
我ながら辛抱強く草陰に座っていたと思う。いい加減腰が痛くなってきて、神楽は苛々した。
「うがあ〜っ!何時までじっとしてる気ね!?いい加減動きやがれっ!!」
がさっと草陰から飛び出した神楽は、じ〜っとこちらを見ていた沖田と視線を合わせた。
「あ」
「で、お前は朝から何してんでィ?」
「バレてたアルか。おかしーな」
「バレバレだよ。はは〜ん、お前、俺に惚れたな?悪ィが俺ァ仕事一筋なもんでね」
「お前が何時仕事してた!?寝てただけアル!!」
「俺の事ァ忘れてくんな」
「人の話を聞け!」
神楽は地団駄を踏んだ。
「探しても無駄でィ。俺にゃ弱点なんざねぇからな」
「・・・何でそこまでバレてるアルか?」
お前の考えるのはやっぱその程度だよな、と笑う沖田に神楽は更に頭に血が上る。
「腕相撲なら何時でも勝負すんぜ?」
「馬鹿か、お前は。互角の相手と力勝負しても楽しくないネ」
「オセロならいい勝負じゃねぇか?・・・いや、永遠に勝負つかねーか」
二人が振り向くと、土方が立っていた。
「総悟、時間だ」
「へい」
土方は神楽に視線を向けると、
「おい。言っとくがお前が居たの真撰組全員知ってたからな。そのほっかむり、目立つぜ」
「お子様は家帰んな」
二人が出て行くのを見送りながら、神楽は「き〜っ!」と叫んだ。
「こんなことで諦める私じゃないヨ」
パトカーの後を尾けるという荒業は、神楽だからできる。
着いた先は、城だった。
「・・・そよちゃん・・・」
神楽は呟いた。
以前、城から抜け出したそよ姫と、神楽は友達になった。
本日の真撰組の仕事はどうやら護衛らしい。
城から出てくるそよ姫とその父親らしい、エラそうなごてごてと着飾った殿様。かしずく真撰組の面々。
こうして見ると、やはり彼女は別世界の人間なのだ。神楽は膝を抱えた。
姫の手を取り、車へとエスコートする沖田を見て、神楽はむっとした。
あんな優しそうな顔は始めて見る。
「玉の輿でも狙ってるのか、あの男」
苛々と見ると、そよの表情も何故か嬉しそうに見える。
「そよちゃん、騙されちゃダメね。その男腹の中真っ黒ヨ」
パトカーではなく、専用車に乗り込むその姿を見て、神楽は立ち上がった。
「・・・帰ろう」
サミシイ。
何故こんな事でそんな気持ちになるのか分からなかった。
―――帰れば、銀ちゃんがいる。新八がいる。定春がいる。寂しい筈がない。
でも、帰ってもこの気持ちが収まるかどうかは分からなかった。
その時、どおん、という爆音と共に連なる車の前方が吹き飛んだ。
「!?」
神楽は振り向いた。
専用車を取り囲むパトカーから、ばらばらと黒い隊服が降りてくる。
「来やがった」
「思ったより早かったですねィ」
沖田はそう言うと、予め用意していた大砲を用意した。
神楽は思わずそよの乗る車へと走った。
「チャイナ?」
驚く沖田を無視して、そよの元へ駆け寄る。そよは目を見開いて神楽を見た。
「・・・女王サン・・・?どうして・・・?」
「そよちゃん、危ないアル!私守ってあげるから!!」
「ありがとう。・・・私ね、今日お見合いなんです。だから、本当はどうなってもいいの・・・」
「そよちゃん!」
悲しそうに目を伏せるそよに、神楽は必死で呼び掛けた。
「おう、どいてな、チャイナ。今日は大事な日だ。ぱぱっと片付けるからよ」
「サド男、あいつらは何?」
「そよ姫は天人との見合いなもんでね。邪魔したい輩だろう」
沖田はそう言って、そよを見た。
「車は危ない。こちらへ」
ドアを開けると、丁寧に手を取って沖田はそよを外へ連れ出した。後方へと下がらせ、沖田は剣を抜いて走り出した。
神楽もその後を追う。
「お前は邪魔だって」
「友達守るのは当然ネ。お前こそ邪魔アル」
向かってくる敵を沖田は容赦なく斬り捨てる。血飛沫が舞う中、神楽は沖田を見た。
―――コワイ。
その沖田の姿に、昔心から恐怖を覚えた父親の姿が重なる。
神楽も人を傷つけたことはある。けれど、それが嫌で逃げ出した。
―――数刻後、
敵の数人は捕らえれ、後は動かなくなって転がっている。その中に神楽は立ち尽くした。
「・・・だから、下がってろって言ったんでィ」
沖田はそんな神楽を見て言った。
「お前は、平気なのか?私はイヤね。こんなのはイヤ。人傷つけてご飯食べても美味しくないアル」
「―――俺ァ、美味いよ。お前の守るってのはどういう事だィ?ままごとじゃお姫様は守れねぇんだよ」
「――――」
神楽はそよを振り返った。心配そうにこちらを伺っているのが見える。
「危ねぇ!」
その時、動かないと思っていた一人が急に身を起こすと神楽に斬りかかって来た。
「馬鹿野郎!相手がちげーよ!」
沖田は言って、その男を袈裟懸けに切り裂いた。
「あ・・・・」
呆然とする神楽を、沖田は睨みつけた。
「戦場でぼーっとしてんな。鈍ったのかィ?夜兎のお嬢さん」
「!」
かっと神楽の頬が朱に染まった。
辺りに立ち込める血の匂いに、頭が朦朧としてくる。腹も立つが、沖田に言い返す言葉が一つも出て来ないのにショックを受けていた。同時に、そよの自分を見る心配そうな目と、沖田を見る心配とは別の感情を乗せた目を直視できず、神楽はふらりとその場を後にした。
沖田はそんな神楽をちらりと見て、そよの方へと歩いて行った。
それに対してもずきりと、胸が痛む。
「おい。チャイナ、車出してやるから待ってろ」
見かねた近藤が土方に指示するのをぼんやりと見た。
万事屋に戻った神楽は数日間、銀時と新八が心配するほど大人しかった。
「神楽ちゃん、定春の散歩でも行って来なよ」
新八がそう言ったので、神楽は定春を連れて久しぶりに外へと出た。余程心配してくれているのか、酢こんぶまで持たせてくれた。
酢こんぶをかじりながら歩いていると、黒い隊服の集団とばったり出くわした。その中には、見たくなかった、でも気になって仕方なかったあの顔がある。
沖田は神楽に気が付くと、例の小馬鹿にしたような目でこちらを見た。
「まだやってたのかィ?意外と執念深いな」
「違うヨ、馬鹿。もうお前なんか知るか!自信過剰なんだヨ!」
「いい加減俺に惚れたって白状しろィ」
「―――っ」
否定しようと口を開けた神楽は、言葉が出ないことに自分で驚いた。
しかも、しかもこれは、赤面している。顔にかーっと血が上って、耳まで熱い。
―――嘘だ、これではまるでこいつのことが本当に好きみたいだ。
「・・・どした?」
そんな理由とは知らずに、沖田は神楽を覗き込んだ。
男のクセにいやに大きな瞳で真っ直ぐに神楽を見つめる。すぐ近くに迫ったそれを、神楽は見る事ができなかった。
「う、うるさいっ!!」
思い切り沖田の顔面を傘で引っ叩き、神楽はだあっと走り出した。ぶつかった物を全て吹っ飛ばす勢いで。
「って〜・・・。なんなんでィ」
殴られた頬を擦りながら、沖田は神楽が走り去った方を見た。その姿は既に見えない。
「あいつは私の敵ネ。顔見るだけでムカつくネ。あんな冷徹な男大嫌いネ」
走りながら、神楽は自分に言い聞かせるように何度も呟いた。
だけど、対等に張り合える唯一の相手。
じわり、と押し寄せる得体の知れない感情に、神楽は戸惑っていた。
―――それはきっと、生まれて初めて胸に抱いた、“愛しい”という想い。
終
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一応終わりという事で・・・。気が向いたらまた続き書くかもしれません。
「恋文」や「罠」も、続き書きたなあ、とは思っているのですが・・・。どうなるか・・・(いい加減)
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