春
銀ちゃんが好き。新八が好き。定春が好き。
それのどれとも違う、この“好き”は何なのだろう?
どきどき云う心臓が痛くて、苦しい・・・。
久し振りの来客だった。
動こうとしない銀時と新八に蹴りを一発ずつ入れて、神楽は万事屋の扉を開けた。
「こんにちは、女王さん」
そう言って笑ったのは、地球で出来た初めての女の子の友達、そよ姫だった。
「・・・そよちゃん・・・」
駆け寄った神楽の目に飛び込んだのは、そよの後ろに立つ憎いあの顔だった。
「お前は何しに来たアルか!?」
「女王さん、彼は私の護衛です。護衛なしでは外に出してもらえないので」
慌ててそよは沖田に掴みかかろうとする神楽を止めた。
「この前はありがとう。本当に嬉しかったです」
「うん・・・。私も、あれから気になってたんだけど、会えないし・・・」
二人はソファに身を落ち着けた。沖田はそよの言い付けで、外で待機している。
「結婚することに決まったの。でも、今すぐではなくて、私がもう少し大人になってからという事になったの。だから、今は少し自由にさせてもらえる」
「・・・・・」
神楽は何と言っていいのか分からなかった。
「それで、私の唯一のお友達の女王さんに、相談したくて・・・」
「そーだんアルか?まかせるネ!そういうの得意よ!」
どん、と胸を叩く神楽の耳に、銀時と新八の忍び笑いが聞こえるが、無視する。
「私、結婚するのに、恋というものをまだした事がなくて・・・」
「そ、そうなの!?あれは、酢こんぶ並に酸っぱいものアルよ!噛めば噛むほど味があるアルよ!」
忍び笑いが爆笑に変わり、神楽はとりあえず二人をシバこうと立ち上がった。
「それで、これがそうなのかと、確かめてみようと思って・・・、でも一人じゃ怖くて・・・」
神楽の足が止まった。
「・・・好き、かもしれないの?」
そよはこくりと頷いた。
相手が誰かも聞いていないのに、何故か神楽には分かった。それは、部屋の外にいる彼女の護衛・・・。
「違うの、結婚はするつもり。ただ、短い時間でもあの方の近くに居れたら幸せだと思うの」
「―――任せるアル」
その声は震えていただろうか?
神楽は強張らないように必死で笑顔を作った。
「そよちゃん、私の名前、神楽いうのヨ」
「お姫さんも大変だねぇ」
まるっきり他人事の様に銀時は呟いた。
「神楽ちゃんと大して年変わらないんだよね?」
新八もしみじみと頷く。が、この二人がどこまでこの乙女心を理解しているかは怪しい、と神楽は思った。
しかし、他に聞ける相手がいなかった。
「私、何すればいいのか分かんないヨ」
「じゃ、とりあえずそよ姫の好きな相手とのデートをお膳立てして、神楽ちゃんも付き合って、二人がいいカンジになったらこっそり離れる、ってのがいいんじゃない?」
そよ姫の想い人が誰かは、二人は知らない。
神楽は頷いた。
「でも、そよちゃんは好きかどうか確かめたいって言ってたネ」
「それは二人を見てればなんとなく分かるんじゃないかなあ?」
「ばか、新八。こいつに普通の恋心が分かるなんて本気で思ってんのか?」
「じゃあ、銀ちゃんは分かるアルか!?」
ったりめーだよ、と鼻の穴を広げて銀時は語り始めた。こんな時の銀時は信用に値しないが、神楽は真剣に聞いた。
「恋する女ってのはな、アレだ。顔赤くして、胸をどきどきいわせたりだな、キュンとか、アレ?えーっと・・・。飯が食えなくなったり、ぼーっとしたりだな」
「分かったアル」
「えっ?ホントに分かったの??」
銀時は自分で言っておいて驚いている。
「今のでっ!?」
新八も訝しげに神楽を見た。
神楽は勇んで立ち上がると、外で待っているそよの元へと走った。
「お待たせアル。そよちゃん、どこ行きたい?」
なるべく沖田と目を合わせないようにして、神楽はそよの手を引っ張った。
「私はどこでも・・・。沖田様は、どのような所がお好きですか?」
不意に話題を振られて、沖田は少し驚いたように目を瞠った。
「俺は関係ねぇでしょう。危険なとこじゃなきゃどこでも好きな所へ行けばいい」
沖田の言葉に、そよは傷付いたように顔を伏せた。神楽は慌てて沖田を睨んだ。
「コラ!この野暮男!聞いてるんだからちゃんと答えてやるのが男ネ!そよちゃん、この男格闘技とか好きな野蛮でサディスティック趣味な最低野郎ヨ。公園行こう、公園!」
「・・・・神楽ちゃん、沖田様の事良く知っているのね・・・。私、そのかくとうぎ、行ってみたいです」
「―――マジかィ?」
沖田は溜息を吐いた。そんな所へ姫を案内したと知れたら土方に何と言われるか。
名指しで呼び出されなければ、護衛の仕事などしたくはなかった。後を付いて行けばいい簡単な仕事だと土方に説得されてしぶしぶ頷いたが、これでは話が違う。
「姫、公園がいいですよ。きっと今は桜が綺麗だ」
沖田が営業用の笑顔で囁くように言うと、そよは顔を真っ赤に染めてこくりと頷いた。
「・・・・顔が、赤い」
神楽は呟いた。
「銀ちゃん、心臓はどうやって確かめればいいアルか?」
神楽は公園のベンチに座って、ぼんやりと二人を見ていた。
―――あれは、恋してる女の顔ネ。
キュンだとかぼーっとだとか、食欲は確かめようもなかったが、神楽の中では既に確信に近い。
桜を見たり、噴水にはしゃいだ声を上げるそよ。それを優しく見つめる沖田。
神楽の知っている二人じゃない。
―――そういえばあのサド男が、そよちゃんを見る時だけあの、別人のような目をするネ。
また、胸が痛んだ。
―――そういえば私も、赤くなったりどきどきしたり、したっけ・・・。あれは、何だったんだろう?
ふとその時を思い出して、神楽は再び頬を僅かに染めた。間近に迫ったあの瞳を思い浮かべただけで心臓が音を立てるようだ。
―――これは、何だろう・・・?
「どうしたんでィ?ぼーっとして」
神楽がはっと顔を上げると、すぐ隣に沖田が立っていた。
「お姫さんってのは気まぐれでいけねェ。勝手がわかんねぇよなァ?」
少し首を傾げて、同意を求めるように神楽を覗き込む沖田に、神楽は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「・・・オカシイ」
「何?」
「私、胸苦しいネ」
ぎょっとする沖田の背後で、そよが神楽の様子に気付いて駆け寄って来るのが見えた。
「神楽ちゃん、どうしました?」
「腹でも減ったんじゃねぇかィ?」
「そうかもしれないヨ・・・」
神楽は胸を押さえながら言った。こんなのは初めてで、本気で病気かと思う。
ところが、入ったレストランでは注文した料理に一口、口を付けただけで神楽は気持ちが悪くなった。
ぐらりと目の前が揺らいで、神楽は気を失った。
ふと気が付いたとき、目の前に沖田の横顔があった。
身体がふわふわとする感覚が心地良い。ふと温もりに気付き、神楽は自分が沖田に抱えられているのだと知った。
すーっと、気分の悪さが抜けていくのを感じて、神楽は目を瞑った。
―――分かったよ。これが、恋ネ。銀ちゃんの言った通りだったヨ・・・。
ごめんね、そよちゃん。
神楽は呟いた。
「医者は何だって?」
「極度の緊張状態にあったショックじゃないかって。ストレスみたいなのだから、リラックスすれば治るって言ってたけど」
「誰の診断だよ?神楽のだよ?」
「だから神楽ちゃんのだよ」
再び覚醒した神楽の耳に飛び込んで来たのは二人の会話。
「・・・緊張だなんて・・・、どうしたのかしら?」
それはすぐ近くで聞こえた。枕元にいるのだろう、そよの声。
「とりあえず姫、時間だから送りまさァ」
沖田の声も近い。
「嫌です。こんな状態の神楽ちゃん置いて帰れません」
「ゴネねぇでくだせェ。また来たいんでしょう?」
「・・・・ええ。・・・沖田様、また、護衛お願いしてもよろしいですか?」
「―――まァ・・・、仕事だからねィ」
沖田の反応が、神楽は嬉しかった。きっとそよは悲しい思いをしているのだろう。
自分が嫌な人間に思えてくる。
これが、嫉妬というものなのだ。
神楽はそう思った。
しばらくして近くに居た二人の気配が消えると、神楽はぱっちりと目を開けた。
押入れでは診察に差し支えるからだろうか、神楽は銀時の部屋にいた。
スパン、と勢い良く襖を開けると、銀時と新八はびくりとこちらを見た。
「銀ちゃん、好きになったらどうすればいいのっ!?」
「・・・ほら見ろ、誤診じゃねぇか」
「ああ、僕も実はそうじゃないかと思ってたんだよね」
「答えるアル!!!」
睨みつける神楽に、銀時はにやりと口元を歪めて口を開いた。
「それはなぁ――――」
「沖田ぁぁぁぁぁぁっ!」
神楽は真撰組屯所へ駆け込んだ。隊士に無理矢理沖田の部屋を聞き出し、教えられた方向へ走る。
部屋に辿り付くと、沖田はいた。やれやれ、という風に神楽を振り返る。
「今度はなんでィ?お前身体は・・・」
神楽は沖田の両肩に手を掛け、そのまま押し倒した。
ゴン、と派手な音を立てて、沖田は畳に頭をしたたかに打ち付けた。
「いてーな、おい!一応今日俺はお前助けたんだけど!?」
「ありがとうアル!!」
沖田に馬乗りになったまま、神楽は叫ぶように言った。見上げる瞳が見開かれる。
「お前が私助けたのは今日だけじゃないネ。・・・ありがと、言いに来たヨ」
「・・・・どう、いたし・・・まして・・・。・・・んで、どうして俺ァ押し倒されてるんでィ?」
「好きになったら押し倒す、銀ちゃん言ってたネ!」
「・・・・・・」
沖田は意外そうに神楽を見た。特に嫌がる様子もなく、神楽を振り払う素振りも見せない。
「・・・・で?」
聞かれ、神楽は首を傾げた。
「その先は、聞き忘れたアル」
「ふぅん」
神楽が退くと、沖田はゆっくりと身体を起こした。
「あんま、旦那の言う事間に受けねぇ方がいいぜ?」
「でも、当たったアルよ。好きになったらどきどきしてキュンってして、えと、後何だったかな?」
「へぇ・・・。そりゃあ、俺にも経験ねぇな。お前、俺にどきどきってのしたのかィ?」
神楽はこくりと頷いた。
「男は味があってなんぼネ。お前が馬鹿なのは知ってるけど、味あるのか?」
「俺に聞くなよ。・・・てか、何でいきなりなんでィ」
「そんなのわかんないヨ。でも、多分、私はお前を好きなんだと思う。私男の趣味悪かったアルよ」
「だねィ」
傍にいるのが旦那だからねィ、と呟いた沖田に神楽も頷く。
「私一人が好きなのは悔しいから、お前も私好きになるアル」
沖田は笑った。だが、何時もの馬鹿にしたような笑いではなかった。
急にそよの顔が頭を過ぎり、神楽は小さな声で言った。
「・・・もし、他に好きな人がいなかったら・・・、だけど」
「随分しおらしいじゃねぇかィ?でもなぁ、残念ながら俺ァそういう感情持ち合わせてねぇらしいや。悪ィが、お前の気持ち全然わかんねェ」
「そうか・・・。お前血の色緑っぽいもんネ。仕方ないヨ」
沖田はそんな神楽の頭をぽんぽんと、優しく叩いた。その細められた、自分だけに向けられる眼差し。それだけで、神楽は充分な気がした。そよを見る他人行儀な眼差しとそれは、明らかに違った。
「男は皆馬鹿だ、いうアル。・・・私好きにならなかったら、お前きっと後悔するネ」
「かもな。・・・まァ、頑張れよ」
沖田の笑顔につられて、神楽も笑った。
ようやく、春が来た。
神楽の戦いは今、始まったばかり。
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きっとこの二人は仲良しになります。書かないけど(笑)戦う男の背中は美しいってヤツデス。仕事してる時の男の人ってカッコ良く見えるから不思議ですよね〜(おっと、話ズレた)
・・・と、申しますかですね、私、受けは女にもちゃんとモテるカッコいい受けが好きなもので、ついノーマルCPもやっちゃいたくなるんです。でも、沖田君の基本は受けだから!(←ポリシー)
てか、季節外れネタ続いてますネ。
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