年上の人









「なんなんですか、沖田さん〜」
買い物帰りの志村新八は、うんざりと後ろを振り返った。
柳生との戦いで勝利してからというもの、真撰組沖田総悟は新八を敵と認めたらしく、暇を見つけては勝負を挑んでいた。
「無理無理無理。僕の負け。ごめんなさい」
そう言って断り続けているのに、意外としつこい。
「アンタが本気になりゃあ、ツッコミだけが取り得のワキじゃねぇって分かってるんでィ。ダンナが傍に置くワケだよなァ」
「イヤイヤイヤ、違うから。それ違うから。メガネ君でいいですよ、僕はもう」
本気で冗談ではない。道場の跡取とはいえ、実力は真剣にカメ以下だと自覚している。柳生でのあれは、守るものがあったからだ。
「俺も暇じゃねぇんでさァ。・・・問答無用っ!」
叫ぶなり、木刀を持って突っ込んで来た沖田に、新八は慌てて身を伏せた。
その時落としたトイレットペーパーを沖田は踏ん付け、新八の前で見事に前のめりにすっ転んだ。
「ティッシュがぁぁぁぁぁっ!じゃなくて、沖田さん大丈夫ですか!?」
自分で転んで気を失っている沖田の傍に駆け寄る。
「・・・そういえば、この人馬鹿だったんだ」
溜息を吐いて沖田の顔を覗き込んだ新八は、思わず口を押さえた。
「うわ・・・、かわい・・・」
今まで全く気が付かなかったが、沖田総悟という人はとても綺麗な顔立ちをしていた。
「これで中身がアレとは思いたくないなぁ〜」
新八は沖田の頭を膝に乗せ、彼が目を覚ますまで見惚れていた。
しばらくしてようやく気が付いた沖田は、「借りは必ず返すぜィ」と、捨て台詞を残して帰って行った。
「また、来るのか・・・」
うんざりとしつつ、新八は沖田の寝顔を思い出すだけでときめく胸を自覚した。
早くまた、彼に会いたい。
そしてまた寝顔を見たい。
危険な恋の始まりの予感だった。





「み〜つけたァ」
最早振り向かなくても分かる。新八は溜息を吐き出して空を仰いだ。
彼は余程暇なのか。と、ゆーか、またばりばり仕事さぼって来ているのだろう。
「隠れてるつもりないですよ」
新八は振り返り、沖田を見た。
途端、騒ぎ出す心臓。やっぱりこの人が好き・・・、なのだろうか。
「・・・分かりました。相手しましょう。・・・でも一つ、条件があります」
「条件?」
「キス、して下さい」
言って、赤面した。沖田がそんな条件を飲む筈ないのに。
「・・・キス?・・・キスってあれかィ?ちゅーの事かィ?」
大きな目を更に大きくして、沖田は首を傾げた。
「そうです、それです!」
居た堪れなくなって、新八は目を閉じた。
そんな新八に沖田は大股で近付くと、その腰を引き寄せた。
新八が、え?と思う間もなく彼の唇が自分のそれに被さる。
想像以上に柔らかいその感触に、新八は目を見開いた。
沖田の舌が侵入して来る。新八は何も出来ずにされるがままだった。
――――つか、良く考えたらコレ、ファースト・・・キス・・・、じゃないか?
姉上、僕は男相手に初めてをあげてしまいました。しかもすごく濃厚なのを。
心の中にお妙を思い浮かべた時、沖田は新八から離れた。
「続きもしてやろうか?」
新八を見て、にやりと沖田は笑った。
「はい!是非!!つか、違う!されるんじゃなくて僕がするの!!」
「そりゃあ、高いぜ?」
「じゃあ、僕が勝ったらやらせて下さい!」
「・・・・・」
極度の興奮状態に陥った新八は恥も外聞もなく、今なら勝てる!と心の中で思った。
姉上、僕は男相手に男になります!!
確かお妙は今日は友人と出掛けると言っていた筈だ。
「沖田さん、家の道場で勝負しましょう」
「・・・いいけどよ・・・」
新八の迫力に押されたのか、沖田の方は先程の威勢の良さが半減している。
数歩前を歩く沖田の後ろ姿を見ながら、新八は動悸を静められずにいた。
触りたい。
もっと、もっとさっきの接吻を味わいたい。
彼は新八よりも年齢も身長も僅かに勝っている。
ずっと好きだったアイドルとは全く違う。可愛くて小さい女の子が好きだった。
でも、目の前のこの誘惑には勝てそうになかった。





竹刀を放り投げると、沖田はそれをしっかりと受け取った。
でも、その顔は浮かない。
「どうしたんですか?」
「いや・・・、その、さっきのマジかィ?」
「冗談であんな事言えませんよ」
「そっか・・・」
沖田の表情は明らかに先程の、恐らく悪ふざけでしたキスを後悔している風だった。
でも、もう遅い。
「自信ないなら、止めてもいいですよ?」
新八は優位に立った気になって、意地悪く笑ってみせた。
「――――んなワケ、ねぇだろィ!?」
案の定、簡単に挑発に乗って来る。
悪いけれど、沖田の弱点である頭の弱い所を突かせてもらう。
新八はそう決めると、自分から沖田に向かって行った。
数度、竹刀を交える事が出来たのが奇跡としか言い様もない。
あっという間に追い詰められ、新八は道場の壁に背を預けていた。
その時、
「あー―――――っ!!!」
新八は沖田の後ろを指差して叫んだ。
普通の相手では通用しなかっただろう。でも、沖田は馬鹿だった。完全に後ろを向いている。
何でこんな手に簡単に騙されるのか、真撰組に同情して涙が出そうだ。
新八は竹刀を放り投げると、沖田の右手を押さえ込み、体重を掛けて彼を床に押し倒した。
「―――――痛ェ!!」
沖田は目を吊り上げ、新八を睨み付けた。
「ルールなし、何でも有りで良かったですよね?」
「そんな事言ったかィ?つか、何が“あー!”なんでィ?何もねぇじゃねぇか」
まだ騙されている。
「・・・沖田さん、アンタどうして今まで生き残れたんですか?」
呆れ混じりに呟き、新八は改めて沖田を見下ろした。
絶好の体勢。
ごくり、と喉が鳴った。
「・・・約束は、約束ですよね・・・?」
そう言うと、新八は今度は自分から沖田に口付けた。
先程の彼を見習い、同じ様に舌を絡める。
スカーフに手を掛けると、沖田は慌てて身を捩った。
「ちょ、マジでここですんの?つかメガネ君、アンタキャラ変わってねぇかィ?」
「いいんですよ!自慢じゃないけど、僕はチェリー君なんです!!ヤりたい盛りの思春期の少年を止めれるものは何もない!!」
沖田は口を開けて、そんな新八を見上げた。
「・・・や、まぁ、それで犯罪犯すよりゃマシか・・・。でもよりによって何で俺・・・」
ぶつぶつと言いながら、沖田は自分の服に手を掛け、脱ぎ始めた。
最初のキスもそうだが、彼は潔く、慣れたカンジがする。
年は二つしか違わないけれど、経験はあるのだろうか・・・?
「・・・沖田さんは、その、経験豊富なんですか?・・・もしかして、男同士の事も知ってるとか・・・?」
「そりゃあ、秘密事項だ。知りたいならもっと強くなってみな」
上半身裸になり、ズボンのボタンまで外した状態で、沖田は新八の着物も脱がせようとする。
「――――や、ちょ、自分で脱ぎます!!」
でも実はちょっと、かなり恥ずかしい。
「で、電気消して下さい」
「昼だよ」
「・・・・・」
ここまで来ていながら、相手は準備オッケーだというのに、尻込みしてしまう自分はやはりメガネ君だと思い知る。
ちらり、と沖田を見ると、彼は顔を伏せて頭を抱えていた。
その白い肌を見ていると、むらむらと欲望が頭を擡げる。
「―――――沖田さん・・・っ!」
「―――――うわっ!?」
服を着たまま、飛び掛るように彼に覆い被さった。
肌に手を這わせ、胸の突起に吸い付くと沖田の身体が小さく跳ねた。
どうしよう、やっぱりすごくいい・・・。
夢中で、貪るように身体に舌を這わせる。
が、下半身に手を伸ばそうとした所で、沖田の様子がおかしい事に気が付いた。
深く眉間に皺を寄せ、青褪めている。
「―――――・・・沖田・・・、さん?」
「・・・何でィ」
「いや・・・」
新八は全ての動きを止めて沖田を眺めた。
やっぱり綺麗だと、そう思う。
そして、実は彼も経験などないのではないかと思った。少なくとも、今の彼は慣れているようには見えない。
でも・・・。
「ここで止めたら、僕がすごく沖田さんの事好きだって事になりませんか?」
「―――――?」
「あなたは僕よりずっと強い男なのに、守りたいと思っちゃうなんて変じゃないですか?」
「・・・変だな。つか、初体験の相手に俺を選ぶ時点で充分変でィ」
「・・・そっか」
新八は笑った。
「・・・じゃあ、変でいいからやっぱり止めます。僕がもっと強くなって、沖田さんもちゃんと僕の事を見てくれるようになるまで、お預けにします」
「永遠にねぇかもな」
「・・・・努力します」
項垂れた新八を見て、沖田は大きく息を吐き出した。
「――――借りは返すよ」
「え・・・?」
顔を上げた新八の股間に、沖田の手が伸びた。
「流石にこのままじゃ可哀想だからなァ」
形を保った新八自身に沖田の指が絡みつく。
「―――――あ、」
「これで満足しといてくれィ」
「あっ、あぁ・・・」
長い指に絶妙な力加減で快感を与えられ、新八は思わず甘い声を洩らした。






息も絶え絶えになった新八の頬に、沖田はそっと口付けた。
「やっぱり新八君は只者じゃねぇな」
名前を呼ぶその声が、視線が、先程よりもずっと優しい。
「・・・僕、絶対強くなります」
「ああ」
「そして、次は本当に貴方を抱く」
沖田は返事をせず、苦笑すると新八に背を向けた。
ひらひらと手を振って出て行く沖田を、新八はうっとりと見送った。
今日一日にあった出来事が夢のように新八の頭を駆け巡る。


―――――姉上、僕は今日少し大人になりました。


恋は本物になってしまった。















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す、寸止め(笑)何ておバカな話・・・。ばかすぎて思わず地下に隠してしまいました(汗)
攻め風味の沖田君でした。