月の影







あまりに傍に来るから。
ほんの少し、牽制してみた。
その意図は遠ざけるとかそんなものではなく、自分のテリトリーを守るとか、多分そんな感じで。
それも深くは考えないで発した言葉だった。
「さぼりと称してウチ来んの止めてよ」
入り浸る沖田にそう言った。
「・・・だって、行くトコねぇもん」
「何時もの団子屋はどうした?」
「・・・だって、アソコは土方さんに直ぐ見つかる」
“土方”と彼が口にした時違和感を感じたのを、今ならその理由も解る。
沖田は顔を上げて、頼りなく銀時を見た。
「・・・どうしたら、ここに居ていい?」
捨て犬みたいな顔をする。と、思った。
たまに沖田はこんな表情をする。
ずうずうしく人の家に上がり込んで、寝放題、食い放題する図太い神経も持っているくせに。
「それ相応のお返しくれればどんだけでも居ていーよ」
万年金欠病の銀時はそう言うとにやりと笑った。
昼の少しの時間部屋を提供して金をもらえれば美味しい。
ちらりと頭を過ぎったそんな考えを口にしてみた。
これも、そんな本気で言った訳ではない。
が、次の瞬間銀時は目を見開き、目の前の沖田を凝視した。
躊躇いもなく、彼は銀時の目の前で服を脱ぎ始め上半身裸になると、首に腕を絡ませてきた。
「――――――何・・・、してんの・・・?」
問い掛けると、沖田は不思議そうに首を傾げた。
「あれ・・・?コレじゃねぇの?」
「ちげーよ!金だよ、金!決まってんだろ!?」
そっか、と、沖田は小さく呟いた。
「旦那はそういうんじゃねぇんだよな」
ほっと、息を吐き出し嬉しそうに笑った。
嫌な予感を感じながら、その表情に正直見惚れた。
嫌な予感。
沖田の影の部分を見てしまった気がした。
「・・・でも俺、仕送りで金ほとんどねぇから」
え?と眉を寄せた銀時の唇に、沖田は自分のそれを合わせてきた。
唇に丹念に這わせて、口内に滑り込んで絡まる、熱い舌。
あっという間に銀時の身体が熱く、反応する。
後ほんの数秒長くそうしていたら、理性など吹き飛んでいたと思う。
「やっぱ、ダメか」
唇を離し、沖田はもう一度笑った。
「次は金作ってきまさァ」
どうやって?
その問い掛けは口に出来なかった。
リアルな答えが返ってきそうで怖かった。
今の沖田の一連の行動は、自分に価値があると知っている故だ。
自分の身体に、相応の価値があり、そうした経験があるから。
先程まで年下の同性としか見えなかった彼の身体が、性の対象として映る。
シャツを羽織る仕種にまで色気を感じ、銀時は思わず自分の口元を押さえた。
衝撃だった。
「もう来るんじゃねぇ」
混乱した頭は、今度ははっきりと彼を突き放す為にその言葉を導いた。
自分がどうなるかが解らなくて恐怖したからだ。
「―――――何で?」
見開いた瞳に銀時が映る。
「悪かったよ、二度とこんな事しねぇよ。金持ってくるよ」
そんな風に言われては、銀時がすごい悪人に思える。
「や、金とか別にいいって。冗談、冗談。はっきり言ってメーワクなだけ」
そんな風に傷付くとは思っていなかった。
こんな科白、今まで誰にだって幾度となく吐いてきた。勿論、沖田にだって。
けれど目の前の彼は今にも泣き出しそうに、その綺麗な顔を歪ませた。
何時ものようにずうずうしく、それでも気にせず押し掛けるような人間ではないのか?
「・・・迷惑でも、此処に来たいんでさァ。・・・どうしたら許してくれる・・・?」
居場所を守るのに必死なその様子。
彼の居場所は此処ではないだろう?
「え・・・?つか、こっちが何で?このこ汚い部屋の何がそんなにお気に入り?」
「―――――・・・旦那が・・・」
泣き落としは女しか通用しないだろ?
けれど、沖田の目から溢れる雫に動揺する。
「アンタの傍が一番落ち着くんだよ・・・」
「――――――・・・」
何故、誰に、彼はこんなに追い詰められているのだろう?
銀時の目にはそう見えた。
不本意ながら、この状態の彼をこれ以上突き放す事は出来ない。
「・・・分かった。でももう、こーゆーのはナシな?」
報酬などと言い出したのは自分なのだが、まさかそれでこんな事になるとは想像もしていなかったのだから仕方ない。
それよりも。
受け入れて、背負えるのか?
自分の手に負える話なのか?
傍に居るだけでどうにかなる問題なのか?
沖田の肩に触れようと伸ばした手を空で止め、そのまま自分の頭に持っていった。
何一つ、沖田に聞く事は出来なかった。
真実を知るのが怖かった。

















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一時間書き。
前から考えてたからさくっと書けた。短いけど。
オフで詰った時に更新していきますー。




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