月の影
白く細い足が揺れていた。
あの日、まだ幼い沖田は道場で男達に陵辱されていた。
出稽古で留守にしていた近藤とその師範。
まだ門弟になっていなかった土方は一人で稽古をすべく、その留守を見計らって入り込んだ。
そこで目にした光景。
ぐったりとした小さな身体に圧し掛かる男を引き剥がし、夢中で竹刀を振り下ろした。
悲鳴を上げる男達。
竹刀が折れ、血が飛び散る。男の骨が折れる鈍い音がする。
彼等が泣いて逃げ出すまで、凶器と化した竹刀で打ち続けた。
「――――――」
しん、と道場が静まり返った時、ようやく土方は我に返った。
「―――――おい、」
ぴくりとも動かない少年に声を掛ける。
細い身体には痛々しい打撲の跡。
土方はその軽い身体を抱き上げると、近藤の自室へ運んだ。
彼の手当てをして、道場に飛び散った血の跡を片付けてからもう一度戻ると、沖田は目を覚ましていた。
ぼんやりと天井を見つめている彼に、声を掛ける事が出来ない。
しばらくして、襖の前に立ち尽くす土方に沖田は顔を向けた。
「・・・・お前、土方・・・、だっけ?」
「・・・・・」
黙って頷いた土方に、沖田は鋭い視線を投げ付けた。
「この事ぁ、近藤さんには言うなよ」
幼い彼に全く似合わない発言に、土方は更に言葉を失う。
「―――――・・・弱い俺が悪いんでさァ」
「・・・あいつら、ここの門弟か?よくあるって事か?」
「・・・・・・」
「しばらく竹刀なんか持てねぇくらい痛めつけた。もう来ねぇかもしれねぇ」
「――――――・・・」
土方の言葉にほっとした表情を浮かべた後、沖田は大きな瞳から涙を零した。
「・・・悔しい」
ぽつりと洩らした弱音が、ようやく彼の大人びた仮面を外した。
土方はゆっくりと沖田に近付くと、その頭に手を乗せた。
「・・・悔しかったら強くなれ。ああいう大人は世に後万と居る。俺ぁ、手前より大きかったから股間蹴飛ばして逃げてやったけどな」
「・・・・アンタも?」
「餓鬼の時行った奉公先の糞旦那にな。・・・思い出したくもねぇ」
そんな自分の経験が、先程の我を忘れる怒りを引き出した。
けれど、実際何度も虐待されてる彼の傷は自分のよりもずっと酷い筈だ。
「まぁ、これからは二度とねぇと思え」
この時の浅はかな自分の科白を、後に後悔するなどこの時は全く思いもしなかった。
この小さな子供一人くらい、本気で守れると思っていた。
成長すればあんな奴等に目を付けられることもなくなるし、彼自身自分の身を守れるようにもなる。
単純にそう思った。
「―――――・・・アンタ、だったのかな・・・」
沖田はそう呟くと、土方にそっと抱き付いてきた。
「何?」
「・・・何でもねェ」
心を開き掛けた彼を裏切るのが、他ならぬ自分自身だとは思いもしなかった。
強く、逞しく成長するのを心待ちにしていた。
その成長がこんなにも心を揺さ振るとは。あの場面を目撃した事がこんなにも目を眩ませるとは。
この時は何一つ気付かなかった。
それから数ヶ月経ち、土方は正式に道場の門弟となり、我武者羅に稽古に励んでいた沖田の剣の腕は目を瞠るほどになる。
そして、その風貌は引き締まり、以前よりも綺麗になった・・・、と、土方にはそう見えた。
沖田の性の経験を知る故か、胴衣から伸びる手足に色気すら感じる程に。
素直な態度すら取らないものの、沖田は土方に懐いていた。
この時はまだ、偶に笑顔を見せる事もあった。
あの夜までは。
「・・・あれ、誰もいねぇのか?」
その日沖田の家を訪ねた土方は、彼の姉の姿がない事に気が付いた。
「町でさァ。友人の店手伝うって。・・・短期の奉公だって。だから俺ァ今日は稽古休みやす」
洗濯物を干しながら、沖田はその顔を曇らせた。
「ただでさえ身体弱いってのに・・・、俺がいるから姉さんは働かなきゃなんねぇ」
「・・・・・」
どうしてやることも出来ず、土方はそのまま道場へと行った。
が、稽古を終えてからも沖田の寂しそうな様子が気になり、夕方再び沖田の家へ足を向けた。
がらりと縁側から扉を開け、土方は部屋に上がり込んだ。
「何でィ。また来やがったのか」
どこか嬉しそうに、沖田は寝転んだ状態で土方を見た。
「飯でも一緒に食ってやろうかと思ってよ」
「見かけに寄らずお節介ヤローだよなァ、テメー」
嬉しい、と素直に口に出さない彼が、精一杯背伸びして大人になろうとしている彼が。
―――――愛しい、
と思ったのは、夕食を済ませて彼がうとうととし始めた時。
隙を見せない沖田が、ふとした時土方にだけ見せる隙。
そこに付け入った。
「―――――・・・総悟、」
「ん―――?」
「寝るなら布団入れ。風邪引くぞ」
「・・・帰るのか?」
眠そうな目で、沖田はそう問い掛けてきた。
帰らないで、と沈んだ声の裏に本音があるのが分かる。
「・・・そりゃあ、帰るよ」
いくら彼が綺麗に見えようと。
色気を感じることがあろうと。
沖田は子供で、男だ。
そう言い聞かせている時点で、失格だったのかもしれない。
「寝ないから、も少し居てもいいよ」
ふて腐れた様に引き止める沖田に、気付いた時には口付けていた。
驚いた目が忘れられない。
ずっと重なっていた。
隣で笑う彼と、あの日揺れていた白い身体と。
あの日からずっと、彼に欲情を感じていた。
「―――――土方、さん・・・?」
「もう、誰にも抱かせない。だから俺を―――――」
受け入れてくれ。
そう言った土方に沖田は抵抗した。
それを捻じ伏せ、手に入れた。
土方はあの時の男達と同じ行為を沖田にした。
理性がある分、獣にも劣る行いだった。
「行きやす」
そう言い出したのは沖田だった。
真撰組を作る時、幕府の重鎮に頭を下げた。
相変わらず女のような容姿は、土方の意に反して益々人の目を惹き付ける。
その時目を付けられた沖田は、その身を差し出すように秘密裏に言われた。
あれから何度も身体を重ねていた土方にそれを話すと、沖田は皮肉に顔を歪めた。
引き止める土方の手を振り払い、沖田は自ら汚い役人の元に行った。
「近藤さんを守るのは俺でさァ」
土方には何一つ守る事など出来ないと。
土方に守られるつもりは毛頭ないと。
非道な振る舞いを繰り返す土方への充て付けだった。
続
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捏造!!
本編には一切関係ありませんので!!(念押し)
あんまり酷い話だもんで、今まで書けなかったんですね・・・。
地下に置いた方が良かったか・・・(ぶつぶつ)
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